自宅で愛美利ちゃんの遺影をなでる母・B子さん。

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「あの日、娘は長時間の苦しみを受けながら殺されたのです。生後9カ月だったのに、ほかの子どもたちと同じようにグルグル巻きに縛られて、脱水症状に陥り……。警察の遺体安置所で私たちが見た愛美利の顔には無数のアザが、そして体には縛られたような痕も残っていました」と語るのは、栃木県宇都宮市在住のAさん(53)。

Aさんとその妻・B子さん(41)の長女・愛美利ちゃんは’14年7月26日に、わずか9カ月の人生を閉じた。死因は熱中症だった。当時、愛美利ちゃんは認可外保育施設「託児室トイズ」に預けられていたが、38度を超える発熱があったにもかかわらず、施設の職員らは彼女を放置し、死に至らしめたのだ。

’16年6月に、宇都宮地裁は、託児室の元施設長・木村久美子(62)に懲役10年の判決を下し、その後刑は確定した。だがAさんとB子さんの闘いはいまも続いている。

「私たちは宇都宮市の(保育施設への指導・監督を行っている)保育課が、きちんと立入調査を行っていれば、娘は死なずにすんだと思っています」(Aさん)

実は愛美利ちゃんの亡くなる2カ月前の’14年5月に、宇都宮市は立て続けに託児室トイズで横行している児童虐待にまつわる通報を受けていたのだ。

「1度目は5月27日、トイズに預けられた男児の人差し指の爪が剥がされていたというもの。さらに翌日には職員の関係者を名乗る人物から《職員を減らしているので、子供を毛布でグルグル巻きにして、ひもで縛って動けないようにしている》と、具体的に指摘があったのです」(Aさん)

この2度にわたる虐待通報があったにも関わらず、宇都宮市が行ったのは、わずか30分の立入り調査のみ。それも施設に対して、事前に通告してから実施したものだった。

「そのときに抜き打ちで入念な立入り調査をし、そして継続的な調査が行われ、施設の実態が明らかになっていれば、愛美利を預け続けることはなかったでしょう。娘は市のずさんな対応のために殺されたのです」(Aさん)

「最近も虐待通報がありながら児童相談所が手をこまねいていたり、適切な対応をしなかったりで、犠牲になる子供たちが後を絶ちません。愛美利のケースもその典型例だと思います」(B子さん)

愛美利ちゃんが犠牲になった後も、託児室トイズは自分たちの罪を認めず、その死の真相を隠し続けていた。また保育課もトイズに関する虐待通報があったことを明かそうとはしなかったのだ。結局、AさんとB子さんが、事前に虐待通報があったことを知ったのは愛美利ちゃんの死去から3カ月後。市に対する地道な情報開示請求を続けた結果だった。驚いた2人はすぐさま保育課に抗議をしたという。

そのとき録音されたやり取りはこの今年7月の公判後に初めて開示される予定だったが、それに先んじて、本誌がその概要を公開する。

Aさん「たった30分だけの調査で終わりだと思っているんですか?」

保育課課長(以下課長)「この件については、その後の立入り(調査)などはしておりません」

Aさん「なぜ、しなかったのか? それは放置っていうんですよ。あなたが『徹底的に調査しろ』と、言ってくれていたら、うちの娘は死んでいない」

課長「(調査が)十分じゃなかったことはあるかもしれないですよ」

Aさん「(虐待通報があったのに30分程度の調査でその後)放置していたことについては責任者として、どう考えているのですか?」

課長「十分でなかったことは申し訳ないと思っていますよ」

Aさん夫妻が、施設に対する指導責任を怠ったとして宇都宮市に損害賠償を求める訴訟を起こしたのは、このやり取りから3カ月後の’15年1月のことだった。愛美利ちゃんが亡くなったあとの数年間、母・B子さんは睡眠障害で苦しんだという。

「眠ると娘が苦しんでいる夢を見るのです。そばに駆け寄れば助けられるのに、手が届かない……、そんな夢ばかり見ていました」

AさんとB子さんは、以前『赤ちゃんの急死を考える会』のメンバーとしても活動をし、保育施設に抜き打ちの立入り調査をするなど、行政サイドの指導・監督体制の整備を求めるよう国会議員に陳情したこともある。Aさんは最後にこう語った。

「愛美利の死を無駄にしないためにも、新しく生まれてくる子供たちのためにも、児童虐待や不適切な保育を見逃さない仕組みを作らなければいけません。私たちはこれからも、そのことを訴えていきますが、きっと長い道のりになることでしょう」