混同されるのは良い傾向? ロボットとAIの違いと役割
大まかにいえば、ロボットは動く機械装置です。実体があって、移動したり、形を変えたりできます。一方で、人工知能は、人間の脳の働きをまねた、目に見えない情報処理の一種です。人工知能はコンピュータに宿り、ロボット以外にも、スマホや家電に搭載されることがあります。だから、「ロボット=人工知能」ではないのです。
わたしは、ロボットと人工知能が混同されるのはいい傾向なのだろうと思っています。コンピュータとインターネットが結びついて発展した結果、コンピュータとインターネットのちがいを気にする人が減っているのと同様に、ロボットと人工知能がうまく融合しつつあることの証拠かもしれないからです。
知能とは、人間の知的な能力を包括的に指す言葉です。知能には、新しいことを学ぶ能力や、未知の環境で自ら問題を解決する能力、概念や数を操る能力などたくさんの意味が含まれています。お気づきのように、かなり人間中心的な概念です。言葉の成り立ちとしては、「〜能」ですから「全能」や「放射能」に似ています。全能はなんでもできる能力、放射能は放射線を出す能力のことです。
知能は、無形の知的な機能ですから、本来であれば「人工知能と友だちになる」という言い方はできません。しかし「人工」がつくものは「人工臓器」や「人工衛星」のように大体は有形な人工物です。人工知能がコンピュータやロボットに宿った時、「人工知能と友だちになる」ことは可能でしょう。
知能を備えていることは、黙っていてはわかりません。必ずふるまいを通して現れます。例えばしゃべること。文字や音声で人間と対話できるコンピュータプログラムは、人工知能の一つの例です。言葉や声は、それなりの効果をもつものですが、「虎を捕まえろ」とスマートスピーカーに頼んでも「それでは虎をデジタル化してください」と答えるくらいしかできません。そこでロボットの出番です。ロボットの強みは、実世界を自ら動き回り、実世界に直接干渉できることです。つまり、ロボットなら、リアルで虎をふん縛ることができます。
わたしが思うロボットの魅力も、まさに見て触ることができる実物であることです。目の前で、ロボットが、生き生きと動き、わたしたちの働きかけに反応するのを見るとワクワクします。ロボットを作っていると、この実世界に生きている実感が湧いてきます。
遠い未来、人間が丸ごとデジタル化されてインターネットに溶けこむのなら、ロボットはいらなくなるかもしれません。でも、人間が物理的な身体を手放すのは、数百年か千年か、かなり先になるでしょう。それまでは、人間は寝起きし、食事をし、けがや病気と付き合い、老いるでしょう。全部、物理的な作用です。それを手助けできるのがロボットなのです。(書籍「超ロボット化社会」より)
