「社員と同じはぜいたくですか?」労働契約法20条を武器に闘う非正規の乱
正社員と同じ仕事を担っているのに、賃金は低く退職金もなし。休職制度さえ使えない。労働者の4割を占める非正規雇用が置かれている、厳しい現実だ。
そんななか、格差や差別の解消を求める非正規労働者の裁判が相次いでいる。昨年2月、日本郵便の非正規社員3人が正社員との格差是正を求めた裁判では、扶養手当などの全額支給が命じられた。また、大阪医科大のアルバイト職員による非正規の待遇格差是正裁判でも、大阪高裁が賞与の支給を認めている。
彼らの「武器」は、非正規労働者と正社員との間で、労働条件に不合理な差をつけることを禁じた『労働契約法20条』。格差と闘う当事者に話を聞いた。
正社員と10年間で1200万円の給料格差
地下鉄のホームに電車が滑り込んでくる。ホコリっぽい風とともに乗客が吐き出されると、英語やハングル、中国語など、さまざまな言語が飛び交う。ここが土産物店の販売員・後呂良子さん(65)の職場だ。
東京メトロの子会社『メトロコマース』の契約社員として働き始めて、今年で13年。契約は1年更新だ。時給1100円では、フルタイムで働いても手取りで月13万円ほど。
「お昼はホームのベンチで食べています。外食する余裕はありません。新人もベテランも一律1000円だった時給を10年前に、10円ずつ上がるよう交渉したんですよ。でも、いまのほうが生活は苦しい。物価や交通費、家賃がどんどん上がっていきますから」(後呂さん、以下同)
休憩時間は「早番」と「遅番」が重なる、わずかな時間帯だけ。店舗は1人態勢なので、持ち場を離れるわけにはいかない。
「だから、それまでトイレはガマン。膀胱炎になったことのない販売員はいないんじゃないかしら」
売り場では、電車の模型や一筆箋などの土産物が、ひとつひとつラッピングされ、棚に陳列されている。ホコリがつきやすいので棚は小まめに拭き、在庫を確認して、補充や発注の管理を行う。このホコリにPM2・5が含まれていると知ってから、マスクを欠かさないようになった。
「売店勤務のときは、雑誌や飲み物、たばこの銘柄を全部暗記して、その位置をイラストに描いて頭に叩き込んでいました。そうでなければ、ラッシュの時間帯は間に合わないんです」
こうした仕事は、正社員でも、契約社員であっても変わらない。
「売り上げを作りましたし、それで表彰もされました。この仕事にプライドを持っています。社員と同じ仕事をして、同じ尊厳を持っているんです。
なのに、正社員と契約社員とでは10年間で1200万円も賃金が違う。正社員には住宅手当や家族手当が用意されていますが、私たちにはない。1日でも休んだり遅刻したりすると、契約社員にとって唯一の皆勤手当てがつかない。少しぐらい具合が悪くても、みんな出てきます」
おかしいことはおかしいと言いたい。だから後呂さんら契約社員4人は'14年5月、メトロコマースを訴えた。
今年2月20日、東京高裁で開かれた控訴審判決は、ほぼ全面敗訴だった地裁判決に対し、退職金の一部に加えて住宅手当、褒賞が認められた。労働契約法20条を根拠とする裁判で、非正規労働者に退職金が認められたのは初めてのことだ。一方、基本給や賞与については請求を棄却した。
新聞には一歩前進の見出しが躍ったが、後呂さんは「あたりまえのことがあたりまえに認められるのに、5年もかかった」と憤り、さらにこう続けた。
「基本給と賞与こそ格差が最も大きいのに、認められませんでした。その理由を裁判所は、正社員は企業にとって有為な人材だから、としています。
これは契約社員を劣った仕事のできない人間として、差別しているのと同じ。正社員と同じ仕事をしているんだから、100%もらうのが当たり前。1円でも差別は差別です。尊厳をかけて、格差是正ではなく、私たちは差別解消を求めているのです」
アリが大企業に挑む非正規の闘い
「相手は大企業、相手にしてみれば私はアリのようなもので、いつでもつぶせるでしょう。それでも、理不尽な差別は許せない。同じ人間が使い捨てられていいはずがない」
3月19日、カー用品販売『オートバックス』加平インター店の元アルバイト販売員・田島才史さん(52)は、記者会見で、非正規差別是正裁判に臨む思いをこう語った。非正規雇用への不合理な差別を禁じた労働契約法20条に違反するとして、オートバックスの加盟企業・ファナスを相手に、東京地裁に提訴したのだ。
'06年以来、1年契約の更新を13回繰り返してきた。時給1300円。土日だけ10円、時給が上がる。昇給もなく、諸手当もつかなかった。
「メイン業務は接客です。カーオーディオの販売などを担当していました。物を売ることに、正社員もアルバイトも関係ない。39歳で始めた接客業でしたが、車が好きだったこともあり売り上げは良かったんです」
田島さんは正社員も合わせた個人成績で、月間トップの売り上げを何度も叩き出した。表彰されたことも数知れない。新製品などの研修にあたり、この人なら売ってくれるから、とメーカーから個人指名を受けるほどだった。
しかし、それが昇給や報酬に結びつくことは一切なかった。
「結果を出したから、今度こそ、と昇給の話をしても、会社はのらりくらりとかわすばかりでした」
'13年6月、生活費に困っていた同僚の従業員から相談を受けた田島さんは、当時の店長に打ち明けると「立場上、応じられないが、従業員同士でなんとかしてくれたら最終的に責任をとる」などと言われ、同僚3人で出し合い205万円を従業員に貸し付けた。
しかし、返済しないまま従業員は退職、督促にも応じない。田島さんが会社に相談したところ'14年7月、幹部から事情を聴かれた。
会社は補てんなどの対応はしない一方、「やめるなら50万円払う」と田島さんに退職勧奨をするように。
'15年4月、田島さんは社長から「契約できないから帰ってくれ」と、雇い止めを宣告された。
当時を田島さんの妻、A子さん(30代)が振り返る。
「真っ青な顔で帰宅して、食事もとれないし、眠れない。体重もみるみるやせていく。落ち込んだり怒りっぽくなったり、精神的に不安定になり、甘えたい盛りの娘にもかまってあげられない状態でした」
突然の解雇にあ然
都の労働相談情報センターの介入により、雇い止めは撤回されるが、今度はハラスメントが始まった。田島さんだけ朝礼に参加させない。ほかの従業員には割り当てているロッカーを与えない。クズなどと罵倒される……。
心身に不調をきたすようになり、'18年5月、「不安障害」と診断される。自宅療養中の11月、田島さんは突然、解雇された。正社員には認められた6か月〜24か月の休職制度の適用を、会社は非正規であることを理由に拒否したのだ。
田島さんには、この春に小学校へ入学した娘がいる。生活の安定を求めて、非正規雇用で通算5年を超えて働いた場合、本人が望めば無期雇用(正社員)に転換するルールに基づき、今年4月から正社員となる予定だった。
田島さんは言う。
「娘がすごく応援してくれるんですよ。逃げちゃダメだ、あきらめないでパパ、最後まで頑張って、と。同じように悔しい思いをしている非正規は大勢います。やっぱり、こんな理不尽なことには、誰かが声をあげなければなりません」
アリの一穴がもたらす意義や効果は大きい。田島さんの代理人である、今泉義竜弁護士はこう指摘する。
「これまでは格差を明確に禁じる法律自体がなく、非正規労働者が争いたくても方法がなかった。それができたことは大きい。ただ、抽象的な条文なので抜け穴もある。当事者が立ち上がり、闘いを通じて社会的問題として訴えることで、格差解消につながっていくのではないでしょうか」