日本の牙城「台湾鉄道」で韓国新車落札の真相
台湾鉄路管理局が1990年代に導入した韓国メーカー製のEMU500型電車(写真:ka-chan / PIXTA)
2018年6月、韓国の現代ロテムが台湾鉄路管理局(台鉄)から通勤型電車520両を受注したと発表した。そのニュースは日台双方で衝撃をもって迎えられ、「台鉄はまだ同じ失敗を繰り返すのか」「次の車両も日本製だと思っていたのに」という、失望と落胆の声が聞こえてきた。
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台鉄では伸びゆく需要に応えるため、1990年代に韓国大宇製(当時)のEMU500型通勤電車344両、また韓国現代精工製(当時)のE1000型特急型車両(プッシュプル方式、動力車は南アフリカ製)445両を相次いで導入している。しかしその後、経年劣化による故障が頻発したうえ、製造元が合併されたなどの理由もあり、補修部品供給などのアフターサービスが適切に実施されなかった。そのため、台鉄における韓国メーカーへの信頼は失墜し、車両等の調達に関して、韓国企業は事実上の“出入り禁止”の状態が続いていたと言われている。
しかしながら、公平・公正が原則の国際入札で、このように韓国企業をいつまでも外しておくわけにもいかず、2014年には構内入れ換え用機関車を韓国から導入している。当時、台鉄の担当者が「旅客用ではない機関車のため、お客様には迷惑をかけない」という趣旨の声明を出したことも記憶に新しい。
日本と共通点の多い台鉄
長らく日本統治下におかれていたことに起因し、台湾の鉄道は日本のそれと多くの共通点があるのは周知のとおりだ。特に台鉄の路線規格は日本の旧国鉄のものとまったく同じであり、車両の検査表記などの細かい部分を含め、台湾の在来線を利用すると妙な親近感を抱くのもそのためである。
唯一、日本の鉄道業界にとって不幸とも言えるのは、1972年の日中共同声明に伴い台湾との国交が途絶えたことである。折しも1970年代は台鉄の近代化が進められ電化工事にも着手していたが、これは主にイギリスの手によって行われ、日本の在来線とは異なる交流25000Vでの電化となった。台湾では古くから日本製の気動車が幅を利かせているが、電車に関してはしばらくの間、日本から導入されることはなかった。
とはいえ、政治的見地により中国から車両を導入することは、よほどのことがないかぎりありえない。しかも、近年になって韓国製車両には不具合が頻発した。つまり、日本の鉄道車両メーカーにとって最大のライバルとも言える中韓勢が事実上参入できないという、わが国に極めて有利な状況になりつつあったのが台鉄案件なのである。
台湾各都市のMRT(都市鉄道)やLRTには、欧州系メーカーや地場の台湾車両で製造されたものも多くあるが、台鉄だけを見ると、2005年以降は基本的に日本製の車両が導入されてきた。2002年に設立された台湾車両には日本車輌製造と住友商事が出資するなど日本との関係も深く、日本車輌製造が受注した台鉄の通勤型車両の大半が台湾車両でのノックダウン生産となっているのも特筆される。
そんな中で、現代ロテムは520両という大量の受注を獲得するに至った。いったい、裏で何が起きたのか。関係者への聞き取りの結果、その答えが明らかになった。
入札したのが現代ロテムだけだった
当初は政治的な圧力が働いたのではないか、韓国車ありきで話が進んだのではないか……などさまざまな憶測が飛び交ったが、実態は単純明快であった。すなわち、最終的に入札に参加したのは現代ロテム1社のみだったというのだ。もちろん、台湾側は日系メーカーに対しても応札の打診を行ったが、いずれも規格や価格の折り合いが付かない、国内向け生産で忙しいなどの理由により、入札に至らなかったという。
日本車輌が製造したEMU800型電車(写真:line / PIXTA)
今回の車両導入は、主に老朽した客車列車の置き換え用として計画されており、今後さらに特急型電車などの導入も予定されている。その中で通勤型車両に振り分けられる金額が限られていたという見方もできよう。だが、これはODA案件に見られるような安価な受注争いではない。
現代ロテムの発表によれば、今回の受注額は1兆ウォン(約1000億円)で、1両あたりの金額に換算すると1億9000万円と決して安い金額ではない。たとえば、日本車輌製造が2011年に受注したEMU800型通勤電車は296両で約440億円、ざっと1両あたり1億5000万円ほどである。
海外案件特有の製造段階でのコスト増なども想定されるものの、すでに導入実績も多く、日本の車両規格がほぼそのまま持ち込める台鉄への車両納入は、他国に比べればリスクも少ない。つまり、規格や価格の面から日系メーカーが入札に応じなかったというには疑問が残る。
では、俗に言うオリンピック特需による車両メーカーの生産キャパシティ逼迫というのは本当だろうか?
実はこれも、海外からの受注を断る理由付けとしては甘い。2020年に向けてとは言うものの、特に新線が開業するわけでもなく、例年どおりに首都圏の通勤線区向けを中心として、旧型車両置き換え用の車両製造がコンスタントに続いていくだけである。東京メトロ向けの車両製造がやや集中するかもしれないが、JR東日本向けの通勤型車両の製造は、逆に一時ほどの勢いはなくなっている。
あるメーカー関係者は「実際、生産ラインは空いているが、ライン稼働率向上よりも収益性向上に方針が転換しつつある」と言う。要するに、今後先細りする国内市場と言えども、当面の間は国内事業者からの受注が毎年ある程度見込めるわけで、それならばあえて時間と人材を割いてまで、海外案件にまで手を出したくないというのが本音といえる。これが今回、現代ロテムに520両の車両受注を許した事の顚末である。
鉄道会社系メーカーが「内向き」に
もちろん日立製作所のように、欧州方面を中心として海外戦略に攻めの姿勢を崩さないメーカーがあるのも事実だが、親会社が鉄道会社である車両メーカーがことさら保守的になってきている印象だ。
近年、台鉄に多くの車両納入実績があり、今回の受注も有力視されていた日本車輌製造は、先日アメリカの子会社工場閉鎖を発表したばかりだ。アメリカ向け2階建て車両の設計見直しによる損失発生というやむをえない事情とはいえ、これを契機に海外での事業展開に対して後ろ向きになる可能性は否定できない。
同じく海外案件として進められているジャカルタ都市高速鉄道事業においても、大幅な損失が発生していると公表されている。そのようなリスクを冒して海外案件を受注するよりも、着実に国内向け車両を製造せよというような、親会社の意向が垣間見える。
極端な話、親会社であるJR東海から、在来線に比べ更新サイクルの短い新幹線車両の発注があり、さらに今後の大型案件であるリニア新幹線の開業も控えているわけで、これらだけでも一定の収益は確保できるのである。
総合車両製作所が受注したバンコク・パープルライン向け車両(撮影:尾形文繁)
JR東日本が経営の“第4の柱”として設立し、車両輸出力の強化もうたわれていた総合車両製作所(J-TREC)も、2013年に受注したタイ・バンコクのパープルライン用車両を製造して以来、海外向け車両受注の音さたなしである。やはり、ここでも設計やり直しなどのトラブルが生じたのはすでに知られているところである。
現在、JR東日本も参画し進行中のインド高速鉄道プロジェクトでは、東北新幹線タイプの車両が導入される。そのときには、総合車両製作所が何らかの形で車両製造に加わる可能性はあるが、親会社がかかわらない海外案件に対しては積極さが見られない。
日本勢の存在感を示せるか
台鉄からの大規模受注を逃した今回の一件は、いわば日本の不戦敗である。しかも、他の海外案件に比べれば、日本に有利な状況下にもかかわらず、日系メーカーが入札にすら参加しないというのは、財務的余力、そして人的余力の払底という日本の車両製造業界の現実を物語っている。
しかし、目先の利益だけに注視していては、日本製車両の牙城となりつつあった台鉄という市場も、瞬く間に他国の手に渡るだろう。だからこそ、ある程度国内需要のあるうちに、海外での地場固めをしなければ取り返しが付かなくなるのは想像に難くない。鉄道インフラ輸出戦略を掲げる政府関係者は、はたしてこの状況をどう見ているのだろうか。
車体傾斜(振り子)機能を備えた日立製のTEMU1000型(編集部撮影)
故障が頻発したEMU500型も導入から約25年が経過し、韓国の設計寿命から考えると置き換えられても不思議でない時期に達しているが、こちらはリニューアルが開始され、現役続投となる。つまり、今回の新車520両投入で台鉄の韓国製車両は純増となる。今後予定されている特急型車両の調達では、先例からすると車体傾斜機能を要求されることも予想されるが、そこで日本勢がどこまで存在感を見せられるか。日系メーカーのリベンジマッチに期待したい。