イニエスタはヴィッセル神戸加入後、柏戦で初スタメンを飾った【写真:Getty Images】

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珠玉のボールタッチに柏MFキム・ボギョンも脱帽「次元が違うと感じた」

 前半6分、味方からの浮き球パスを足先でピタリと止めて自らの足元に落とすと、スタンドはざわめきが起こった。

 28日のJ1リーグ第18節のヴィッセル神戸柏レイソル戦で、元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタは移籍後初スタメンを飾った。ピッチを後にするまでの82分間、彼が繰り出す高質な一つひとつのプレーに、この日ノエビアスタジアム神戸に訪れた2万2879人の観衆からはざわめきと歓声、そして大きな拍手が沸き起こる。トリッキーで派手な大技を見せるわけではない。しかしシンプルなプレーだからこそ、対峙する柏の選手たちはレベルの高さを体感した。

「相手がプレスに来た時に、自分たちならばツータッチ、スリータッチでかい潜るところを、彼はワンタッチ、ツータッチで剥がせてしまう。そういうボール扱いは我々とは次元が違うと感じた」

 韓国代表として2度のワールドカップ(W杯)出場経験を持ち、2016年にはアジアチャンピオン全北現代の一員としてFIFAクラブW杯でメキシコのクラブ・アメリカから得点を奪っているMFキム・ボギョンでさえ、イニエスタのプレーには驚嘆を隠さなかった。さらに同様の感覚を、ドイツとトルコで6年間プレーしたMF細貝萌も抱いていた。

「飛び込めない感覚があった。たぶん、飛び込んでいっても抜かれてしまうんだろうなと。彼がボールを保持している1メートルぐらいの距離はすごくやりづらかった」


イニエスタへの警戒を逆手に取る“相乗効果”が具現化

 とはいえ、この試合でイニエスタが放ったシュートは前半のミドル1本のみ。得点を奪われたわけでもなければ、得点に直結するスルーパスを出されたわけでもない。

 ただ、加藤望監督が「イニエスタ選手にボールが入ったから怖いのではなくて、その周りの選手の動きの方が怖かったので、そこをケアするように伝えた」と振り返ったように、柏がより警戒していたのは周囲である。実際に試合前々日の囲み取材でも、加藤監督はイニエスタ加入による相乗効果が働き、「他の選手の力を引き出すのではないか」と周囲への警戒の姿勢を崩さなかった。

 後半21分の神戸の得点シーンを振り返ると、神戸のDF渡部博文がボールを持った瞬間、細貝は「イニエスタにボールが入った時に、中へのスルーパスを防ごうとした」とイニエスタを経由して攻撃を仕掛けてくると予測し、インサイドへ入っていく背番号8の背中を追いかけた。だが結果的に柏は中央のパスコースを開けてしまい、神戸の最終ラインから前線への縦パスを射抜かれる。渡部自身が「左足のスルーパスなんて初めて出した」と照れ笑いを浮かべながら振り返った最高のパスは、イニエスタに釣り出された柏の動きを逆手に取ったものだ。つまり、イニエスタ加入の“相乗効果”が働いたと言っていいだろう。

 細貝は「あそこで縦を切っていれば…」と悔やんだが、もしマークを外して縦パスのコースを切っていたとしたら、おそらく渡部はマークの浮いたイニエスタにパスを入れていたに違いない。そうなれば、柏にとってまた違った形の危険なシーンを作られていた可能性は十分考えられる。

 スーパーな選手をいかに封じるかというテーマだけではない。今後イニエスタがチームにアダプトするに従い、神戸の対戦相手は周囲の選手の力を引き出す“相乗効果”にも苦しめられることになりそうだ。


(鈴木 潤 / Jun Suzuki)