「台湾の旗でiPhoneがクラッシュ──中国政府に譲歩したアップルが生んだバグ」の写真・リンク付きの記事はこちら

セキュリティ研究者のパトリック・ワードルは2017年4月、サンフランシスコで開催されたRSAセキュリティカンファレンスに参加していた。

その会期中、彼はサンフランシスコ在住の台湾人の友人にお茶に誘われ、とある深刻な問題に関してワードルの力を借りたいと言われた。彼女のiPhoneが中国にハッキングされているというのだ。

携帯がクラッシュする「死の絵文字」

元米国安全保障局(NSA)の職員で、アップル専門のハッカーかつ「Digita Security」の創業者であるワードルは、それまでに被害妄想に取り憑かれた友人知人からこうした話を何度も聞いており、本人もだんだんそれを疑うようになっていた。

しかしその友人に直接会ってみると、彼は奇妙な現象を目にした。何かしらの理由で台湾の旗がiPhoneに現れると、それを表示したアプリが直後に落ちるのだ。

つまり、彼女に台湾の旗の絵文字を送りつけることで、誰でも簡単に携帯を意図的にクラッシュさせることできる。「わたしが彼女にこの『死の絵文字』入りのメッセージを送れば、彼女の携帯はすぐにクラッシュするのです」と、ワードルは言う。

それから数カ月、ワードルは絵文字の謎の解明に断続的に取り組んだ。その結果、彼が発見した(そしてアップルの修正の助けになった)のは、あのクラッシュが彼の友人のiPhoneを狙って行われたハッキングではなく、世界中すべてのiPhoneに含まれる検閲機能で起きた意図せぬバグだったということだ。それはまるで中国政府をなだめる試みのようである。

「つまるところ、アップルは中国の携帯に台湾の旗を表示させないためのコードをiOSに書き加えたのです」と、ワードルは言う。「そのコードにバグがあったわけです」

中国政府に譲歩し続けるアップル

iOSに中国の検閲機能が加えられたのは2017年初期以降だ。iPhoneの位置情報が中国になると、台湾の旗の絵文字は実質的にiPhoneから消えることになる。絵文字のライブラリーからも消え、画面でその絵文字があるべき場所は「該当絵文字なし」として扱われる。

件のコードは、中国政府に対するアップルの“好意”を示している可能性が高い。中国政府は過去約70年間にわたって、台湾は中国の一部であり、独立した政府は存在しないとの立場を維持してきた。

中国国内で台湾の旗を消すのは、アップルが中国政府の独裁に対して行ってきた数々の譲歩のほんのひとつである。たとえば、過去にアップルは中国国内のアップルユーザーのデータを中国のサーヴァーに移動させたり、検閲を避けるためのVPNアプリを中国のApp Storeから消したり[日本語版記事]といったこともしている。

ワードルは極端なケースにおいて、「台湾検閲」のコードが台湾の絵文字をライブラリ上から消すだけでなく、それを無効入力と判断することがあることを発見した。携帯がクラッシュしてしまうのはそのせいだ

どのくらいのデヴァイスがこの影響を受けていたのか。そしてなぜ、クラッシュが一部の携帯でのみ現れたのか。その確実な理由をワードルはまだみつけられていない。しかし、彼はそれがiPhoneの位置と言語設定と関係あるのではないかと考えている。「なぜか携帯が自分がいるべき地域や場所を混乱していたみたいなのです」とワードルは言う。

「一言で言うと偽善」

ワードルは今年6月、この件についてアップルに伝えた。アップルは7月9日にパッチを公開したが、書いてあるのは「メモリ処理を強化し、サービス運用妨害の脆弱性に対処しました」という内容のみだ。

台湾の旗を検閲する機能は、もちろん残っている。またアップルは、検閲の性質やワードルが指摘したバグについての『WIRED』US版の質問には応えなかった。「もしアップルが中国政府に譲歩しようとしなければ、このようなバグはそもそも起こらなかったはずなのです」とワードルは言う。

台湾の旗によるクラッシュは、セキュリティに対する大きな脅威ではない。さらに、その影響が多数のiOS機器にあったのかも定かではない。しかし、それはすべてのiOS製品に隠れた検閲機能があること、そしてアップルが弾圧的な政府と交渉するなかで利害の不一致を抱えていることを示しているのだと、ワードルは指摘する。

ワードルはこの検閲への譲歩と、暗号化をめぐる2016年のアップルとFBIの対立を対照的に見ている。当時アップルは政府の要請に反対し、市民の自由を守ろうとする明確なスタンスをもっていた。

「彼らは『自分たちのユーザーをスパイする気はない』と言います。それなのに、中国が頼めばデヴァイスに検閲機能をつけ、それについて口を開こうとしないのです」とワードルは言う。「一言で言えば、偽善ですね」

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