下腹部の断面図。向かって左側が腹、右が背中。内臓脂肪が増えると他の臓器を圧迫し、便秘や頻尿が引き起こされる。(図版提供=幻冬舎)

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高血圧や糖尿病をはじめとする生活習慣病の原因として、問題視されている内臓脂肪。そればかりか、たまった脂肪が「物理的」に内臓を圧迫することで、便秘や頻尿、逆流性食道炎、腰痛といった、さまざまな不具合を引き起こすという。10万部突破のベストセラー『内臓脂肪を最速で落とす』(幻冬舎新書)の著者・奥田昌子医師が解説する――。

■こんな病気も内臓脂肪が原因?

内臓脂肪は意外な病気の原因となっています。よくあるのが便秘や頻尿、逆流性食道炎、腰痛などで、いずれも内臓脂肪が「おなかに付く」ことによるものです。順に見ていきましょう。

口から入った食べものは、胃から小腸、大腸と進むうちに消化液の作用を受けて分解され、栄養を吸収されたのち、残りが体から出て行きます。このとき健康な人であれば、腸まで行ったものが胃に戻ってくることはありませんし、消化管のあちこちによどんで吹きだまりのようになることもありません。整然と、迷うことなく出口に向かって一方通行で進んでいきます。

こんなことができるのは、消化管には逆流を防ぐためのしくみがいくつもあるからです。そのなかで重要なのが蠕動(ぜんどう)運動です。蠕動の蠕は「うごめく」とも読み、ミミズや青虫が筋肉を波のように動かしながら前進する様子をあらわす文字です。人の消化管の壁にも筋肉があって、ミミズの体と同じように動き、中にある食べものを決まった方向に運んでいます。

■腸が自由に動けなくなる

ところが、内臓脂肪が付き過ぎて、臓器と臓器のすきまを固く埋めてしまうと、腸が自由に動くことができません。食べものを消化しながら出口に向かって送り出す機能がさまたげられるため、便秘になったり、無理に食べものを押し込むことでおなかをこわしたりしがちです。

また、女性は下腹部にある子宮や卵巣の周囲に内臓脂肪が付きやすく、これによる便秘が多く見られます。図1の左は女性の体を、おへそを通る線で縦に切って横から見たもので、向かって左がおなか、右が背中です。大腸の中をずっと送られてきた食べものが、いよいよ出口に向かって進もうとして直腸に入る様子を想像してください。下腹部に内臓脂肪が蓄積すると、子宮と直腸を上から圧迫し、直腸の動きが悪くなるのがわかりますか?

図1の右は男性の体です。女性は子宮の下に膀胱(ぼうこう)がありますが、男性は子宮がないので膀胱がもう少し上にあります。40歳を過ぎた男性からよく聞く悩みがこちら。「最近、夜中にトイレに起きるんです。前はそんなことなかったのに。前立腺肥大ってやつですか?」

もちろん、その可能性はあります。前立腺は、男性の膀胱の下にくっつくように存在する、クルミくらいの大きさの臓器で、尿が流れる管が前立腺をつらぬくように通っています。そのため前立腺が腫れると尿の通り道が押しつぶされて、尿の出が悪くなる、出してもすっきりしない、頻繁にトイレに行きたくなるなどの症状があらわれます。

しかし、この前立腺肥大、有名な割に発症率はそれほど高くありません。前立腺肥大ではっきりした症状が出るのは50〜65歳の男性の約15パーセント、65〜80歳の約25パーセントとされています。そのため、トイレに何度も起きることを気にして病院を受診しても、前立腺肥大というほどではありませんよ、と言われて帰されてしまう人が多いのです。

こういう人は内臓脂肪がたまっていないか考えてください。内臓脂肪がぎっしり付いて膀胱を上から圧迫すると、尿をしっかりためられなくなって夜中にトイレに行くはめになります。また、膀胱が押されて尿の通り道がつぶれれば尿の出が悪くなり、前立腺肥大とよく似た症状があらわれます。もちろん内臓脂肪は男性の便秘の原因にもなります。

■胃が脂肪に押されて逆流性食道炎に

いったん胃に入った食べものが、胃酸と一緒に食道に戻りかけるのが逆流性食道炎です。食後しばらくして胃酸だけがこみ上げてくることもあります。

食べたものは食道を通って胃に運ばれます。食道の長さは25センチくらいあり、蠕動運動することで、食べたものを一方通行で胃に送り込んでいます。だから、健康であれば、寝転がったままでもものを飲み込めるわけですね。これに加えて食道と胃の境目には筋肉があり、普段はぎゅっと閉じることで、胃に入ったものが食道に戻らないようにしています。ちょうど巾着袋のような構造になっているのです。

胃は常に胃酸を分泌していて、1日の分泌量は2リットルにおよぶといわれています。胃酸は強烈な酸性物質で、食べものが胃に入ると分泌量が一気に10〜20倍に跳ね上がりますが、胃の組織は胃酸の攻撃に耐えられるようにできているため心配ありません。

しかし、何らかの原因で胃酸が食道に逆流すると大変です。食道は特別な構造になっていないので、胃酸にふれると胸のあたりに焼けるような不快感があらわれ、ゲップが出たり、ひどいときは戻してしまったりもします。

これが、最近増えている逆流性食道炎です。この原因として、食べ過ぎ、飲み過ぎ、姿勢が悪い、加齢、ストレス、腹圧の上昇などが指摘されています。

腹圧とはおなかにかかる圧力のことです。はい、もうおわかりですね。内臓脂肪がたまると、脂肪が胃を周囲から圧迫します。そうなると、胃がのびのびと蠕動運動を行うことができず、本来なら小腸に送らなければならない食べものと胃酸が行き場を失って食道に上がりやすくなるのです。

胃酸をおさえる薬を飲むのも大切ですが、そもそも胃酸が上がらないようにするには減量が欠かせません。そのうえで、早食いをやめ、食後すぐに横にならないようにするなど生活習慣を正すことで、薬を飲まなくてよくなる人が大勢います。

■突き出たおなかで腰痛にも

もう一つが、昨今、国民病といわれる腰痛です。厚生労働省の調査によると、男性の自覚症状でもっとも多いのが腰痛で、女性でも2位でした。腰痛の原因は仕事や加齢、生活習慣、ストレスなどさまざまですが、内臓脂肪の蓄積も見逃すことができません。

背骨は小さな骨が縦に積み重なってできています。頭の重さは個人差が大きいものの、体重の7〜10パーセントといわれ、体重60キログラムの人では約5キログラムあります。これだけの重さが真上から背骨にかかるため、背骨は直線ではなく、ゆるやかなS字カーブを描いて負担を分散できるようになっています。

では、内臓脂肪がたまるとどうなるでしょうか。おなかがせり出してくると、重いおなかのバランスを取るために体が後ろにそり返り、背骨の腰の部分が前に突き出します。少し猫背になる傾向も見られます。

図2をご覧ください。左が正常な人、右が内臓脂肪がたまった人です。この状態が続くと背中の筋肉が常に緊張し、コリや張りを感じるようになります。はた目には堂々とした立ち姿に見えなくもありませんが、当の本人は痛くてしかたないのですから、気の毒としかいいようがありません。

妊婦さんの腰痛も同じしくみで発生します。しかし、出産すればもとに戻る妊婦さんと違って、内臓脂肪が自然に出て行くことはありません。それどころか、腰痛があることで、あまり体を動かさなくなって、さらに肥満が進み、腰痛が悪化するという悪循環におちいる人が目立ちます。

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奥田昌子(おくだ・まさこ)
内科医。京都大学大学院医学研究科修了。京都大学博士(医学)。愛知県出身。博士課程にて基礎研究に従事。生命とは何か、健康とは何か考えるなかで予防医学の理念にひかれ、健診ならびに人間ドック実施機関で20万人以上の診察にあたる。大手化学メーカー産業医を兼務。著書に『内臓脂肪を最速で落とす』(幻冬舎新書)『健康診断 その「B判定」は見逃すと怖い』(青春新書インテリジェンス)、『実はこんなに間違っていた! 日本人の健康法』(大和書房)などがある。

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(内科医 奥田 昌子)