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少子高齢化が進む日本にありながら、東京を上回る日本一の人口増加率を誇る福岡市。「住みやすい都市」の世界ランキングで上位常連で、海外からの評価も高い。福岡とカリフォルニアに住んだ経験のあるジャーナリストの牧野洋氏は「アメリカの経済はIT企業を中心とする『西海岸』がなければ競争力を失っていた可能性がある。そして福岡はこれから『日本の西海岸』となる可能性を秘めている」と分析する――。(第1回)

※本稿は、牧野洋『福岡はすごい』(イースト新書)の「はじめに」と第1章「すごい福岡とすごいアメリカ西海岸」の一部を抜粋し、再編集したものです。

■「住みやすい都市」の世界ランキングで上位常連

少子高齢化が急ピッチで進む日本は2017年まで8年連続で人口減に見舞われている。そんな環境にありながら、福岡市では若者を中心に人口が増え続けている。

単に増えているだけではない。2015年の国勢調査によると、政令指定都市の中では福岡市の人口増加率は断トツだ。一極集中が加速している東京都区部も上回っている。「福岡は勝ち組」という声はあちこちから聞こえてくる。

世界からも注目されている。英情報誌「モノクル」が毎年発表する「世界で最も住みやすい25都市」ランキングの上位常連なのだ。同誌のランキングは世界3大「住みやすい都市」ランキングの一つである。

2016年は特に話題となった。例年どおり東京、京都、福岡の3都市が日本勢としてランクインしたが、この年には福岡が過去最高の第7位に浮上。観光地として世界的に有名な京都(第9位)を上回る順位だ。

■「一生ここで暮らしてもいい」と思ったほど

福岡が住みやすさという点で頭一つ抜けているのは、数字で裏付けることができる。通勤・通学時間は日本の大都市圏の中では最も短く、食料物価は日本の主要都市の中で最も安い。

アジアの主要都市に直行便が飛ぶ国際空港である福岡空港も忘れてはならない。博多駅から地下鉄でたったの5分。国際空港から都心までのアクセスの良さでは日本一どころかアジア一だ。

ラーメン専門チェーンの一風堂が博多ラーメンのグローバル化に成功したからなのか、食文化は世界的に知られるようになった。米ユナイテッド航空の機内誌は2015年に福岡を「グルメの聖地」と命名し、「次世代を担う世界8大都市」の一つに加えている。

要するに「リバブル(住みやすい)」なのである。

私自身もリバブルを実感した。東京生まれの東京育ちでありながら、2016年までの3年間を福岡市民として過ごし、妻の転職がなければ「一生ここで暮らしてもいい」と思ったほどである。都会でありながらすべてがコンパクトにまとまっており、何よりも子育てに最適な環境だった。

■住みやすい街にはクリエイティブな人たちが集まる

実は、リバブルは21世紀型都市を語るうえで不可欠な要素だ。「クリエイティブ都市論」を唱える米都市経済学者リチャード・フロリダによれば、リバブルでなければ都市の発展は望めない時代になりつつある。

インターネット時代に入り、IT(情報技術)やデザインなどの分野で活躍するクリエイティブな人たちは好きな場所で働けるようになったからだ。好きな場所で働けるならば、住む場所を選ぶうえでリバブルは決定的に重要になる。

サンフランシスコやシアトルなどリバブルな都市が多いアメリカ西海岸を見てみよう。世界中からクリエイティブな人たちを引き寄せたことで、アメリカ全体の成長エンジンになっている。

リバブルで有利なポジションにある福岡は日本の西海岸に相当すると考えてもいいのではないか。すでに起業の多さを示す開業率で日本一であるうえ、国家戦略特区に指定されて「スタートアップ都市」を宣言している。

個人的にも福岡とアメリカ西海岸の両方で実際に生活し、多くの共通項を発見した。両者とも(1)政治・経済の中枢機構から離れた西端「西海岸」に位置する、(2)イノベーションとエンターテインメントに強い、(3)都会でありながら豊かな自然環境に恵まれている、(4)グローバルであり多様的――なのである。

■「ITビッグ5」の時価総額合計はドイツに迫る

さて、ここで大胆な仮説を立ててみたい。

福岡とアメリカ西海岸が多くの面で共通するならば、「福岡が日本を救う」という未来を描けるのではないか。なぜなら、アメリカがそうだったからである。東海岸エスタブリッシュメントに対するアンチテーゼである西海岸がアメリカを救ったのだ。

経済の鏡と言われる株式市場を見れば一目瞭然だ。2018年の1月2日時点で見ると、株式時価総額で世界の上位5社はアップル、アルファベット(グーグルの親会社)、マイクロソフト、アマゾン・ドット・コム、フェイスブック。そろってアメリカ西海岸企業であり、まとめて「ITビッグ5」と呼ばれている。

時価総額とは平たく言えば企業の値段であり、M&A(企業の合併・買収)の際に最も重視される数字だ。ITビッグ5首位のアップルの時価総額は8609億ドルで、1ドル=110円で日本円換算すると95兆円になる。ITビッグ5合計で3兆3300億ドルだ。

あまりに巨額で、にわかにイメージしにくい金額だ。7カ国(G7)を構成する主要国の国内総生産(GDP)と比べてみよう。ITビッグ5の時価総額合計はフランスやイギリスを上回り、ドイツに迫っている。ドイツはGDPで世界第4位の経済大国だ。

■「西海岸がアメリカを救った」という事実

では、第2次大戦後の超大国アメリカをけん引し、東海岸エスタブリッシュメントと近かった伝統的企業はどうなったのだろうか。

巨大企業の代表格として長らく戦後アメリカに君臨したのはゼネラル・エレクトリック(GE)とゼネラル・モーターズ(GM)だ。前者は東海岸のコングロマリット(複合企業)で、今では解体の危機に直面。後者は中西部の自動車最大手で、2009年に経営破たんして上場廃止になっている(国有化後に2010年に株式再上場)。

仮に西海岸がイノベーションの中心地の役割を担えず、ITビッグ5を生み出せなかったら、アメリカはどうなっていただろうか。GEやGMの現状に答えがあるのではないか。東海岸や中西部の旧来型産業の没落と歩調を合わせる形で、アメリカ全体も競争力を失っていた可能性がある。

いわゆる「ラストベルト(さびついた工業地帯)」ではアメリカの未来を担えないのだ。ラストベルトとは、中西部から東海岸にかけて自動車・鉄鋼・石炭など斜陽産業が集中する地域のことだ。失業率が高いなどで有権者のあいだで不満が鬱積し、ドナルド・トランプ大統領誕生に一役買った地域でもある。

要するに、西海岸がラストベルトの衰退を埋め合わせて余りあるイノベーションを起こしたことで、アメリカは21世紀になっても圧倒的な競争力を維持できているのである。西海岸の中心であるカリフォルニアは、2017年にGDPでイギリスを追い抜き、国として考えれば世界第5位の「経済大国」に浮上している。西海岸がアメリカを救ったと言っても過言ではない。

■ポテンシャルを引き出せば日本全体を変えるきっかけに

もちろん、現時点では「福岡が日本を救う」という構図は多くの人にとって荒唐無稽に聞こえるだろう。東京一極集中の日本では、一地方都市が日本を救うという未来はなかなか想像しにくいはずだ。

とはいえ、半世紀前のアメリカ西海岸も同じだった。誰かが「西海岸がアメリカを救う」と予言したら、やはり荒唐無稽に聞こえたはずだ。

例えばシリコンバレー。米スタンフォード大学に籍を置く歴史家のレスリー・バーリンは2017年出版の著書『トラブルメーカーズ――シリコンバレーの発展』の中で「1969年、現在のシリコンバレーはシリコンバレーとさえ呼ばれていなかった。スモモとアンズの果樹園で知られる地域だった」と書いている。

マイクロソフトやアマゾン、スターバックスを生み出したシアトルはどうか。やはりITとは無縁であり、そこに本社を置く航空機メーカーのボーイングに経済的に大きく依存していた。同社による大リストラの影響で、1970年代前半には全米平均を大きく上回る2ケタの失業率に苦しんでいた。

現在の福岡市は数十年前のアメリカ西海岸であると考えたらどうだろうか。すでに述べたように開業率では日本一であり、少なくともポテンシャルはあるのではないか。同市が「スタートアップ都市」を宣言したのも、市長の高島宗一郎がシアトルを訪問して衝撃を受けたからである。

■九州大学が「日本のスタンフォード」を目指す背景

福岡に本拠を置く九州大学も同じベクトルで動いている。シリコンバレーの中核を担うスタンフォード大をお手本にして「日本のスタンフォード」を目指している。同大が立ち上げた部活動「起業部」は全国的注目を集めた。一方で、「妖怪ウォッチ」で有名なレベルファイブを率いる社長の日野晃博は福岡市のニュースサイト上で「福岡をゲームのハリウッドにしたい」と公言している。同社は本社を福岡に置いている。

少子高齢化が急速に進んで明るい未来を描きにくくなってきた日本。しかも、アメリカでGEやGMなど伝統的大企業が凋落したように、日本でも伝統的大企業が凋落している。経団連会長を輩出した名門企業、東京電力と東芝の2社が代表例だ。前者は福島第一原発事故、後者は不正会計事件をきっかけに失墜している。

私は都市問題の専門家ではない。しかし、日本経済新聞で25年近く記者を続けた経済ジャーナリストである。さらにはカリフォルニアから福岡へ移り住み、アメリカ西海岸と福岡の両方を実体験している。『福岡はすごい』のために多くの関係者に取材し実体験を補強し、「福岡は日本の西海岸」との思いを強めた。

福岡のポテンシャルを引き出せば、東京に依存しないで世界とつながる「ローカルハブ」が誕生し、地方発で日本全体を変えるきっかけにならないか。荒唐無稽ではない。福岡はリバブルでグローバルであると同時に、イノベーションとエンターテインメントで強みを持っている。アメリカ西海岸と似た条件を備えているのだ。

「フラクタル理論」に従えば、アメリカ西海岸の一部を切り取っても、そこには全体と同様の形が現れる。いわゆる「自己相似」であり、全体と同じようにシアトル、シリコンバレー、ハリウッドの3要素がそろっている。福岡もそのように位置付ければいいのかもしれない。(文中敬称略)

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牧野 洋(まきの・よう)
ジャーナリスト
1960年生まれ。慶応大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)理事。2008〜13年カリフォルニア在住、2013〜16年福岡在住。著書に『米ハフィントン・ポストの衝撃』『共謀者たち』(河野太郎との共著)『官報複合体』『不思議の国のM&A』『最強の投資家バフェット』など。

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(ジャーナリスト 牧野 洋 写真=PIXTA)