経済学が証明するアベノミクスの"正しさ"

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景気回復の兆しが見えるなか、日本国内ではまだ根強い批判もあるアベノミクス。ならば、世界はアベノミクスをどう評価しているのか。英『エコノミスト』誌元記者のチャールズ・ウィーラン氏の著書『MONEY もう一度学ぶお金のしくみ』(東洋館出版社)では、経済学のスタンダードな考え方を解説したうえで、日本のアベノミクスを「正しい政策」と位置づけている。その理由は何か。同書の翻訳にあたった評論家の山形浩生氏が解説する――。

■「お金」があるから不景気が起きる

経済学というのはお金についての学問だと思っている人は多い。すべてをお金に換算してそのやりとりを論じるのが経済学、というわけだ。その結果として経済学者はろくでもない守銭奴と思われていることも多い。

でも実は、経済学の中でお金は明示的には出てこない。特に最初のうちは、お金は中立の存在で、実体経済の取引での透明な価値伝達媒体としてしか扱われない。そして……それがまちがっているわけではない。お金はそういう透明な媒体でもある。

それでもお金が面倒なのは、お金というのが価値をためこむ手段にもなっているからだ。お金があると、すべてを物々交換に頼らなくていいので楽だ(といっても、これがお金の起源ではないことはあちこちで指摘されているので念のため。でも物々交換が面倒なのは事実だ)。でもその一方で、お金があることで、いろんな取引が途中でとまってしまう。

魚からキャベツ、キャベツからお鍋、お鍋から散髪や人生相談という具合に、経済は次々に人がものやサービスを売ったり買ったりすることで成り立つ。たいがいのものは、そのまま喰(く)ったり使ったりするし、そうでなければずっと抱え込んでおくのも面倒で場所ふさぎで腐ったりもするし、なるべくさっさと処分して自分が必要とする別のものを手に入れたほうがいい。

でもお金だけは――抱え込むのが楽で、場所も取らず、腐ったりもしない。すると、価値が取引の中でお金にずーっと貯(た)まってしまうこともあり得る。だから、お金があること自体が取引を起こりにくくしてしまう面がある。

世の中で、不景気が起こるのはそのせいだ。これは、史上最大の経済学者の1人、ジョン・メイナード・ケインズが20世紀初頭にきちんと示したことだった。かれの主著『雇用、利子、お金の一般理論』は、実体経済(つまり雇用)が、利子を通じて、お金の市場に左右されるんだよ、だからお金のことをきちんと考えないと、大恐慌後の失業はいつまでたっても解決されないよ、というのを述べた本だった。

でも、その後一部の経済学理論はそれを必死で否定する方向にも進み、不景気がお金とは関係なく起こるんだというのをしつこく証明しようとし続けている。経済学が専門だからといって、お金のことがわかるとは限らないのだ。

■多面的かつ王道をいく経済の入門書

今回翻訳したチャールズ・ウィーラン『MONEY もう一度学ぶお金のしくみ』は、そういった話を、非常に標準的な形であれこれを説明しようとした本だ。お金について、その起源、金本位制など昔の仕組みから、インフレやデフレの説明、物価指数の計算なんていう地味なところから、中央銀行の果たす役割まで説明したうえで、かつての大恐慌から最近の、リーマンショックやユーロ圏の大問題、中国と米国の課題、さらにはビットコインやアベノミクスと、時事的な話題まで盛り込んで、お金の果たす役割を述べる。特に、いまの何も裏付けのない不換紙幣というものが、危うさも抱えつついかにすごいかについて強調してくれる。

どの部分をとっても、まったく目新しい話が書かれているものではない。非常に堅実な入門書になっている。その意味で、この手の話に詳しい人は特に新しい発見はないかもしれない。さらに、中庸的な書き方をしているので、さまざまなことについて強い意見を持つ人は、逆にいら立つかもしれない。例えば、ビットコインでお金のあり方が完全に変わり、中央銀行はもはや不要となり、しかもそれを通じて新しい世界が実現すると考えている人は、本書でのビットコインの説明を古くさい理解に基づく戯言(たわごと)だと断じるかもしれない。

が、まあそんなに詳しい人がこんな入門書を読むこともないだろう。そして、そうした人であっても本書の各種トリビアには「へえ〜」と思うこともあるんじゃないだろうか。ニューヨーク連邦銀行の地下金庫に、毎晩サンドイッチが置かれるなんていうネタは、ぼくも本書で初めて知った。知ってどうなるわけではないけれど……まあだからこそトリビアだ。

そしてその書きぶりもとても平易だ。アメリカ色の強いオヤジギャグが並ぶのにいささか閉口する人もいるだろう。インフレファイターの映画の話とか、いささか悪のりめいた部分はある。が、それはご愛嬌(あいきょう)だ。過剰な比喩で話の本筋がわからなくなるようなことも、比較的少ない。本書を通じて、お金についていろいろ多面的な理解が得られるのは確実だし、そしてそれがとてもスタンダードな理解だというのも重要なことだ。

アベノミクスは正しいけれど、成果はまだ不十分

さて、本書の原書が2016年に出て少したつ。時事ネタの更新(ビットコインの話など)については、本書の訳注で少し補ったりしているけれど、1章を割いて論じられている日本の状況――アベノミクス――ついてここで少々触れておこう。

まず、その話に入る前に本書におけるアベノミクスの基本的な描かれ方が非常に肯定的であることには注目してほしい。デフレは基本的によくないものだ。デフレはありがたいなんていうのは、そもそも見当違い。デフレは何とかすべきだし(そもそもデフレに陥らないようにすべきだし)、そのために多少のインフレになってもかまわない。アベノミクスはまさにそれをやろうとしている。それが構造改革とか成長戦略とかいったものに代わるわけではないというのは本書の述べる通りながら、そうしたものを支援するためにも金融政策がとても重要なのだ、というのはまさに本書の指摘するとおりとなっている。

が、残念ながらアベノミクス――中でも日銀の量的質的緩和――は、いまだにデフレを克服して2パーセントのインフレに持っていくところまではきていない。2017年7月、日銀の黒田東彦総裁は2パーセント実現の目標をさらに先送りにして2019年にしている。これを見て、アベノミクスは失敗だ、効果があがっていないという論者もたくさん出ている。

でも一方で、雇用状況はそこそこ改善しつつある。失業者は減り、非正規雇用ばかりだという当初の批判をよそに、やがて正規雇用も増えてきて、ブラック企業は人集めに苦労するようになってきている。賃金も、少しずつ上がっている。こういうと「オレの給料は増えていない」とか「実感がない」といった話を持ち出す人が多いけれど、これは経済全体の話なので、あまりそういうミクロすぎる話をするのは適切とは言えないだろう。その意味で、金融緩和の効果は着実にあがっている。

■どうしてインフレにできないの?

じゃあ、なぜインフレにならないのか? これについては諸説あるけれど、有力な説としては日本経済の潜在的な生産能力が思ったより高くて、経済回復とともに、これまで働いていなかった人も働き始めた、というのが大きいようだ。世の中、物価の大半は賃金だ。だから賃金がもっと大きく上がらないと明確なインフレにはならない。でも、労働者が増えるとその分だけ賃金の上がり方も遅くなって、インフレが起こりにくくなるようだ。

そしてもう一つ、いまの低金利の状態で経済を完全雇用にもっていくには、金融政策と財政出動の両方を一気にやる必要がある。

1990年代は、財政出動が日本経済を下支えしたけれど、金融政策はバブルが怖いといって、デフレ退治にまったく取り組まなかった。だからその頃は、金融政策をもっと頑張ろうというのが大きな主張になった。でもその後、財政政策のほうは財政再建のかけ声と共に、ちょっと控えめになってしまった。財政赤字が大きい、国債発行しすぎというのがその議論だけれど、でも国債の利率は全然上がっていないので、実は発行しすぎとは言えない。そして、日銀の金融緩和で景気がちょっと上向いた瞬間に、財政政策のほうは消費税率を8パーセントに引き上げて大ブレーキをかけてしまったという、痛恨のミスがあった。

すると、日本銀行はもう少し実際の日本経済の底力にあわせて金融政策で頑張る余地があるし、それに伴い財政政策も、赤字を気にせず一気に大きなプロジェクト――教育充実でも子育て支援でも減税でも――をやる余地はあるはずだ。それができれば、本書の次の版ではアベノミクスについてもっと大絶賛になっているはずではある。

■このまま手を打ち続けられるか

もちろん、それができるかどうかは大問題だ。日本銀行のほうは、デフレ克服に熱意をもった審議委員が次々に登場し、現在の政策が大きく変わることはしばらくなさそうだ。だから金融政策のほうはしばらく大丈夫かもしれない。その一方で財政政策のほうは、大きな無駄遣いとなって、景気を刺激するかもしれなかった東京オリンピックは、小池都知事のピント外れな独断による無意味な市場移転延期により、実現すら危うい状態になっているし、それ以上に消費税率を10パーセントに上げようという愚策も、これまでは延期され続けてはきたものの、どうなるかわからない。そして何より、政権与党の中に安倍首相の経済政策を引き継ごうという政治家がほとんど見当たらず、財政再建ばかりを掲げたがる人しかいないのが、大きなリスクとなっている。ホント、なぜこれほど世間的な人気の高いアベノミクスをそのまま受け継ごうという政治家が出ないのかはまったくの謎だ。財政再建を掲げて消費税率を上げたら、景気崩壊で政治生命を絶たれるに決まっているのに……

が、お金の話からはちょっとずれてしまった。どんな結果になるにせよ、本書の現在の書き方からもわかるとおり、アベノミクスの金融緩和の部分に関してはすでに一定の評価が定まっている。本書の立場がどれについても極めて標準的なものだ、というのは繰り返しておこう。いまだにアベノミクスについて、異常な政策だとか効果がないとか言う人がいるけれど、本書を読めば、決してそんなことはなく、むしろこんな入門書ですら取り上げるほどのごく標準的な政策なのだ、ということはわかるはずだ。

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山形浩生(やまがた・ひろお)
評論家、翻訳家。1964年生まれ、マサチューセッツ工科大学修士課程修了。大手シンクタンクで地域開発や政府開発援助(ODA)関連調査を手がけるかたわら、経済、文学、コンピュータなど幅広い分野で翻訳・執筆を手がける。著書に『新教養主義宣言』、訳書にポール・クルーグマン『クルーグマン教授の経済入門』、トマ・ピケティ『21世紀の資本』、フィリップ・K・ディック『ヴァリス』など多数。

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(評論家、翻訳家 山形 浩生)