あなたの命を削る「残業」をやめる方法7

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「働きすぎはあなたの命を削っています」。千葉大学一川誠教授はそう警告する。「振られる仕事は避けられない」とあきらめてはいけない。時間の使い方を変えれば、働き方は劇的に変わる。自分の命を守りながら、キャリアを切り拓く方法とは――。

■心筋梗塞や突然死のリスクも高まる

長時間労働への関心が国家レベルで高まっている。なぜ残業が問題視されるのか。

時間と人間の心理や行動の関係を研究する「時間学」の権威で、千葉大学文学部教授の一川誠氏はこう警告する。

「仕事が終わらない人にも、仕事が好きで仕方がない人にも『働きすぎはあなたの命を削っています』と警告しています」

「短気で負けず嫌い、成功意欲が強く、常に時間に追われているような人を心理学では“タイプA”といいますが、心筋梗塞や突然死のリスクが高まります。一番の原因は残業など、仕事の詰め込みすぎによる生活リズムの乱れです」

一方、『トップ1%に上り詰めたいなら、20代は“残業”するな』の著書がある企業コンサルタントの山口周氏は、「大学を卒業後、広告代理店の電通に入社しました。長時間残業が社会問題化してしまった会社ですが、私もご多分に漏れず、20代のころは相当残業をしていました」と話すが、現在は全く残業をしないという。

大切な命を守りつつ、生産性を高めることで残業をなくし、仕事の成果を上げる方法を、一川氏、山口氏に聞いた。

Diagnosis:1
仕事が人生のすべて

残業は楽しく、社内外の評価にもつながる──これが日本企業から残業が減らない本質的な理由です。では、どうすればいいのか。まずは、残業を減らして浮いた時間を使って、自分がしたいことを見つけることです。

時間とは何にでも利用できるかけがえのない資本であり、投資の源泉です。時間とお金は同じ性質を持っていて、余剰時間をつくるという行為は貯金と同義。貯金も欲しいものややりたいことがなければ有意義に使えないように、余った時間もそれを費やすに値することを見つけなければ、無意味に浪費するだけです。

そう言われても、やりたいことなんて見つからない、という人もいるでしょう。しかし、それは「自分にはできない」と思い込み、やりたいことに挑戦する人をうらやんでいるだけではないでしょうか。

たとえば、英語が話せるようになりたいという人は多いですが、たいていのことは毎日1時間の練習を半年間も続ければ身につきます。子どもと触れ合う時間を増やすでもいいし、自分の好きなことならなんでもいい。残業を減らして浮いた時間を何に使うか。残業を減らす目的ともいうべき部分をまずしっかり定めることが大事です。(山口氏)

Diagnosis:2
スケジュールを立てるのが苦手

人は仕事に期限を与えられると、時間に余裕があってもなくても、時間を目いっぱい使ってしまう傾向がある。これは「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」という“パーキンソンの法則”によるものです。一つひとつの仕事に期限を設けず、残業も仕方がないと考えている人の仕事は、どんどん膨らみ、実質的な期限である終電までかかるものなのです。

「いつまでに何をする」という期限付きの目標を立て、こなしていく癖がつけば、仕事にムダは生じにくい。必要なのは、まずは1日の計画を立てること。前の日の晩または朝一番に、1日のタイムスケジュールを作成します。手帳にはミーティングや顧客訪問などの約束だけではなく、一人でやる仕事もすべて記入します。「空き時間には何をしようか」と都度考えるのは生産性の低い働き方です。

通常の状態で集中力が続くのは、長くてもおよそ90分です。その程度を1つのブロックとして、スケジュールを組むとよいでしょう。

タイムスケジュールを作成するときに注意すべきは、自分の能力を過信し、仕事を詰め込みすぎないことです。不測の事態が起こることも考え、少し余裕を持った計画を立てたほうがいいでしょう。あまり作業時間を短く設定してしまうと、少しずつ計画通りに終わらなくなり、やりきれない仕事が溜まってやはり残業することになります。

自分の能力で時間通りにできる範囲で計画を組むと、仕事の内容を取捨選択せざるをえなくなる。その結果、仕事にムダがなくなります。(一川氏)

Diagnosis:3
いつも予定通りに終わらない

時間の使い方が上手くなるポイントは、タイムスケジュールに、成果を書き込むことです。

予定通りに終わったら○。終わらなかったら「何に時間がかかったか」「どんな失敗があったのか」というメモを残しておきます。

すると「自分にはどういう仕事の仕方が向いているのか」「どんなイレギュラーが起きやすいのか」「このタイプの仕事はどの時間帯にやればはかどるのか」といった傾向が見えてきます。さらに「この手の資料は結局使わないんだな」「この作業は頻度を減らしてもいいな」といったことも見えてきます。自分の行動と効率を可視化することで、行動を修正し、効率をより高めていくことができるのです。

このように客観視できるかたちで情報を蓄積し、効率のよい仕事のリズムを体系化していけば、他人に説明できるようになります。それを基にして長時間労働を強いる上司に異論を唱えることができるかもしれませんし、チームの仕事の効率を上げることにつながるかもしれません。「働きすぎ」をやめ、短時間労働で成果を出せるビジネスマンになるために、仕事の仕方を変革しましょう。(一川氏)

Diagnosis:4
優先順位がつけられない

重要な仕事や頭を使う仕事は、1日のうちのなるべく早い時間に持ってきます。早いうちに始めることで「難しい仕事は後回しにしたい」という逃げの心理を断ち切ります。どんな作業でも進めば進むほどモチベーションが上がり、積極的になるというのは人間にも動物にも共通した行動的特性の1つです。重い仕事を先に終わらせてしまえば、1日の後半はいいモチベーションのまま、比較的簡単な仕事をこなしていくことができるでしょう。

「メール応対で午前が終わる」という人がいますが、非常に効率が悪いので重要なメール以外は午後に回しましょう。パソコンを使う仕事は、自分が感じている以上に時間が早く経過するので気を付けてください。パソコン操作はあちこちに短い待ち時間が潜んでいるため、時間制限を設けたほうがよいです。

集中しているときに邪魔が入ると、もとの集中状態に戻すのに時間がかかります。作業効率を高めたいときは、邪魔なものを遮断した環境をつくりましょう。「LANケーブルを抜く」「電話をオフにしておく」というのは非常に効果的です。オフィスがフリーアドレスであれば、人に話しかけられないような場所に移動するのがよいでしょう。(一川氏)

Diagnosis:5
迷っているうちに時間が過ぎてしまう

仕事のムダな時間を減らすためには「決断を迷わない」こと。仕事で迷いが生じるのは、お客さんからはこう言われているけどうちの会社としてはそうしたくない、上司はいいと言うけれど自分にはそれがいいと思えないなど、利害関係や意見の相違などが複数あるからです。

その場合はいくら悩んでもよい解決策など浮かびません。迷った場合の判断軸を自分の中に持つ必要があります。私の場合は、「何がクライアントにとって最もいいことか」を判断の軸に置いています。それを最優先事項として考えれば、自分がとるべき行動はすぐ決定できます。

ジョンソン&ジョンソンという外資系の製薬会社では、会社の絶対的なクレド(企業理念)として優先順位を定めています。第一は患者や医師などの顧客で、第二は従業員、第三が地域社会で、最後が株主。この順番を変えてはいけない、と創業者が言っているんですね。

重要とは思えないことで何時間も悩む人もいますが、自分の中に絶対的な軸があれば、判断を下すに必要な時間は大幅に減らせるはずです。自分で自分をマネジメントする。そういった意識で仕事をすることが、残業を減らし、よりよいキャリアを築く第一歩です。(山口氏)

Diagnosis:6
くる仕事を何でも受けてしまう

キャリアは、受けた仕事で決まります。そして、世の中には「スジのいい仕事」と「スジの悪い仕事」の2種類がある。ここで私が言う「スジのいい仕事」の条件は、その仕事が自分を成長させてくれるものであり、かつ評価につながるかどうか、です。ぶっちゃけて言えば、その仕事の発注主が今後その組織や業界で出世し、権力を握らない限り、あなたの評価にはつながらないのです。

今の自分の上司が社内や業界で影響力を持たない人で、かつその指示内容も自分を成長させてくれるものではない「スジの悪い仕事」であれば、断るべきでしょう。断るというのは難しく、勇気の要ることです。しかし、リソースを分散投入しても全部合格点以下しかとれず、結果的にあらゆる仕事で怒られてしまうのでは、残念ですよね。

それができないのであれば、時間と労力をできるだけかけずに済ませるべき、というのが私の意見です。

逆に、「スジのいい仕事」であるならば、ほかの仕事をすべて断って、ときには残業してもいいのではないでしょうか。そこで結果を残すことが、次の「スジのいい仕事」を呼び込むことにつながります。キャリアとは、そうして自分でつくり上げていくものです。(山口氏)

Diagnosis:7
ダメ上司のしわ寄せ

日本企業ではまだまだ「遅くまで残業している」ことを評価する管理職が多いことも事実です。実際、労働時間と人事考課の相関関係を見ると、労働時間の長い人のほうが、評価が高く、出世しているという統計もある。私もかつて、「クライアントには早朝か深夜にメールを送れ」と言われたことがあります。社内だけでなく、社外に対しても、長時間残業していることは“一生懸命仕事している”というアピールになるのです。

20代のころはしたくもない残業をしていました。当時の上司の指示があいまいで、何を、いつまで、どの程度やらなくてはいけないのか、求められている業務の到達点や全体像が不明確なことも少なくありませんでした。それでも、とにかく一生懸命にやろうとするわけですが、実際は簡単な調査で済むものや、もともと必要な仕事なのかどうかも怪しいこともありました。

そうしたダメ上司によるムダな残業を防ぐためには、期日とクオリティについての目標イメージをしっかり握ることが必要です。これは上司がやらなければいけない仕事ですが、やってくれない上司もいますよね。その場合は、下から突き上げるのが部下の責任というものです。

世の中には理不尽な上司もたくさんいます。たとえば「ゲーム市場の現状や課題について調べといて」というようなことを言っておきながら、いざ調べて報告すると「こんなに詳しくなくてもよかったのに」と言う。心が折れてしまいますよね。ですので、「この局面で求められるクオリティは何点なのか」を見極めて、出力を調整することが大切です。

常に全力投球していては、評価されないムダな仕事が発生しますし、ここぞというときに力を発揮することもできなくなってしまいますよ。(山口氏)

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千葉大学文学部教授 一川 誠氏
大阪市立大学文学研究科後期博士課程修了。専門は実験心理学。人間が体験する時間や空間の特性、知覚、認知、感性の研究に従事。著書に『「時間の使い方」を科学する』など多数。
 

企業コンサルタント 山口 周氏
コーン・フェリー・ヘイグループ シニア・クライアント・パートナー。電通、ボストン・コンサルティング・グループ、A.T.カーニー等を経て、現職。著書に『外資系コンサルの知的生産術』など多数。
 

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(企業コンサルタント 山口 周、千葉大学文学部教授 一川 誠 構成=嶺 竜一、衣谷 康)