10作品同時に書く!マルチタスクすぎる小説家の仕事
出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
第79回のゲストは、最新作となる作品集『ニセモノの妻』(新潮社/刊)を刊行した三崎亜記さんです。
不条理小説の名手として知られる三崎さんが今回テーマに据えたのは「夫婦」。気持ちが通い合っているはずなのに、どこかがずれている。一つ屋根の下で暮らしているのに、案外相手を知らない。そんな夫婦の間にあるわずかな隙間が、奇妙な物語の中で露わに浮かび上がります。
この作品集の成り立ち、そして各作品にまつわるエピソードなどを三崎さんに語っていただきました。
■「ただの面白い小説」なら、書く意味はない
――どの作品も現実世界が置き換えられていたり、現代の比喩になっていたり、寓意が感じられました。こういったことは執筆するうえで意識されていたりするのでしょうか。
三崎:単純に「不条理で変な話」というだけで終わらせたくないということは考えます。
「変な話だけど、自分の周りを見回したらこんな変なことが起こっている」というように、読んだ人が、自分の日常を振り返って何かしらの気付きを得たりできるものを書きたいですし、逆にいえば、それがなくて「ただの面白い小説」なら、私が書く意味はないのかなという気もしています。
――「不条理」というのは、三崎さんの小説に一貫するテーマなのでしょうか。
三崎:そうですね。デビュー作の『となり町戦争』からして、なぜ始まるのかわからない不条理な戦争を書いた小説でした。
この作品に限っていえば、とてつもなく大きくてヌメヌメとしていて、抗えないけどもそれに向かって生きていかなければいけないという今生きている人たちが抱える漠然とした不安感を、その不条理さが象徴していたんだと思います。
――三崎さんは「それまで疑いもしなかった日常が、あるきっかけかけからひどく奇妙でいびつなものに見えてくる」というタイプの作品を多く書かれています。普段、物語をどのように発想していますか?
三崎:たとえば「日常の中に不条理な状況が起こる」という小説を書くのであれば、日常がどのように不条理な状況に変わるか、と考えるのではなく、逆から考えます。まず不条理な状況の方を考えて、その中にどうやって日常を落とし込んでいくか、という風に考える。
「坂」を例にすると、タモリさんみたいに坂道が大好きな人がいます。でも、「坂が好き」って、理解できない人にとってはすごく変というか、ある種のフェチですよね。このフェチを日常にどう落とし込むか、という風に考えていきました。
奥さんの方がものすごく坂が好きな人で、旦那さんはそれを理解できない人だとしたら、日常生活にどんな齟齬が起きるだろう、という考え方ですね。
――書かなければいけない時にアイデアが浮かばない、という時はどうしていますか?行き詰まった状況の打開方法がありましたら教えていただきたいです。
三崎:書かなければいけないのに書けない、という時は一度そこから離れて、並行して書いている別の小説を書くようにしています。
私は一冊の本を書き上げるのに5年とか、長いと8年くらいかかるんです。今回の本も最初の雑誌掲載が2011年で、書き始めたのが2010年だから6年かかっているわけですが、その間10作品くらい並行して執筆を進めているんですよ。だから、ある作品が煮詰まったら別の作品を進めるのですが、そうこうしていると煮詰まっていた方の作品に新しいアイデアが浮かんだりします。
――連載を複数抱えている作家さんというのはよく耳にしますが、10本同時並行しているという方は初めてです。
三崎:並行して進めるというのは、気が散りやすくて同じ小説を1 時間以上書き続けられないという自分の性格も関係しています。
そういう性格ですから、小説の書き方も頭から順番に書いていくのではなくて、とりあえず書けるところから書くというやり方です。会話だけポンポンと置いてからその間をつなぐ文章を考えることもありますし、「この部分は前に持ってきた方がいい」と思ったら書いている途中でも文章の位置を入れ替えたりします。
――書くと同時に編集もしている。
三崎:そうですね。長編だと、1章、7章、6章というように、章を飛ばして書くこともあります。プロットさえ決まっていれば、こういう書き方でも問題ないのですが、これは雑誌連載が終わって単行本にする時が大変で、修正に1年くらいかかることもあります。
私にとって連載が終わった段階は山登りでいうと8合目くらいなのですが、その小説を単行本にするというのは、そこから3合目まで下って再び頂上を目指すような作業なんです。効率という点ではあまり良くないですよね。
――すごく変わった執筆スタイルですね。
三崎:パソコンがなかったら絶対作家になれていないと思います(笑)。小説を書き始めた時からこういう書き方なんです。
最終回 デビュー作『となり町戦争』の裏にあった友人の死 につづく
第79回のゲストは、最新作となる作品集『ニセモノの妻』(新潮社/刊)を刊行した三崎亜記さんです。
不条理小説の名手として知られる三崎さんが今回テーマに据えたのは「夫婦」。気持ちが通い合っているはずなのに、どこかがずれている。一つ屋根の下で暮らしているのに、案外相手を知らない。そんな夫婦の間にあるわずかな隙間が、奇妙な物語の中で露わに浮かび上がります。
■「ただの面白い小説」なら、書く意味はない
――どの作品も現実世界が置き換えられていたり、現代の比喩になっていたり、寓意が感じられました。こういったことは執筆するうえで意識されていたりするのでしょうか。
三崎:単純に「不条理で変な話」というだけで終わらせたくないということは考えます。
「変な話だけど、自分の周りを見回したらこんな変なことが起こっている」というように、読んだ人が、自分の日常を振り返って何かしらの気付きを得たりできるものを書きたいですし、逆にいえば、それがなくて「ただの面白い小説」なら、私が書く意味はないのかなという気もしています。
――「不条理」というのは、三崎さんの小説に一貫するテーマなのでしょうか。
三崎:そうですね。デビュー作の『となり町戦争』からして、なぜ始まるのかわからない不条理な戦争を書いた小説でした。
この作品に限っていえば、とてつもなく大きくてヌメヌメとしていて、抗えないけどもそれに向かって生きていかなければいけないという今生きている人たちが抱える漠然とした不安感を、その不条理さが象徴していたんだと思います。
――三崎さんは「それまで疑いもしなかった日常が、あるきっかけかけからひどく奇妙でいびつなものに見えてくる」というタイプの作品を多く書かれています。普段、物語をどのように発想していますか?
三崎:たとえば「日常の中に不条理な状況が起こる」という小説を書くのであれば、日常がどのように不条理な状況に変わるか、と考えるのではなく、逆から考えます。まず不条理な状況の方を考えて、その中にどうやって日常を落とし込んでいくか、という風に考える。
「坂」を例にすると、タモリさんみたいに坂道が大好きな人がいます。でも、「坂が好き」って、理解できない人にとってはすごく変というか、ある種のフェチですよね。このフェチを日常にどう落とし込むか、という風に考えていきました。
奥さんの方がものすごく坂が好きな人で、旦那さんはそれを理解できない人だとしたら、日常生活にどんな齟齬が起きるだろう、という考え方ですね。
――書かなければいけない時にアイデアが浮かばない、という時はどうしていますか?行き詰まった状況の打開方法がありましたら教えていただきたいです。
三崎:書かなければいけないのに書けない、という時は一度そこから離れて、並行して書いている別の小説を書くようにしています。
私は一冊の本を書き上げるのに5年とか、長いと8年くらいかかるんです。今回の本も最初の雑誌掲載が2011年で、書き始めたのが2010年だから6年かかっているわけですが、その間10作品くらい並行して執筆を進めているんですよ。だから、ある作品が煮詰まったら別の作品を進めるのですが、そうこうしていると煮詰まっていた方の作品に新しいアイデアが浮かんだりします。
――連載を複数抱えている作家さんというのはよく耳にしますが、10本同時並行しているという方は初めてです。
三崎:並行して進めるというのは、気が散りやすくて同じ小説を1 時間以上書き続けられないという自分の性格も関係しています。
そういう性格ですから、小説の書き方も頭から順番に書いていくのではなくて、とりあえず書けるところから書くというやり方です。会話だけポンポンと置いてからその間をつなぐ文章を考えることもありますし、「この部分は前に持ってきた方がいい」と思ったら書いている途中でも文章の位置を入れ替えたりします。
――書くと同時に編集もしている。
三崎:そうですね。長編だと、1章、7章、6章というように、章を飛ばして書くこともあります。プロットさえ決まっていれば、こういう書き方でも問題ないのですが、これは雑誌連載が終わって単行本にする時が大変で、修正に1年くらいかかることもあります。
私にとって連載が終わった段階は山登りでいうと8合目くらいなのですが、その小説を単行本にするというのは、そこから3合目まで下って再び頂上を目指すような作業なんです。効率という点ではあまり良くないですよね。
――すごく変わった執筆スタイルですね。
三崎:パソコンがなかったら絶対作家になれていないと思います(笑)。小説を書き始めた時からこういう書き方なんです。
最終回 デビュー作『となり町戦争』の裏にあった友人の死 につづく