すでに完成して(?)整地がなされているゴミの山【撮影/志賀和民】

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フィリピン在住17年。元・フィリピン退職庁(PRA)ジャパンデスクで、現在は「退職者のためのなんでも相談所」を運営する志賀さんのフィリピン・レポート。フィリピンの象徴であるかのように報じられた「スモーキー・マウンテン」がゴミで一杯になった後、ケソン市の北方にできた巨大ゴミ投棄場「バランガイ・パタヤス」を見学してみると……。

 日本で防災を研究している方々とADB(アジア開発銀行)を訪問した際、「ケソン市内の北方、La Mesa(ラ・メサ)ダム貯水池に近いところにPayatas(バランガイ・パヤタス)というゴミの投棄場があり、ゴミの投棄がひとつの産業を形成している」という話があり、「ぜひ見てみたい」ということで今回の見学をアレンジすることとなった。

 1990年代はフィリピンを象徴するかのように、マニラ湾沿いのスモーキー・マウンテンがさまざまなメディアに登場した。やがてそこが一杯になって、このパヤタスにゴミの投棄場が移動したのだ。

 ちなみにフィリピンではゴミの焼却場は存在せず、もっぱら投棄に頼っている。やがてここも一杯になり他に投棄場を探さなければならなくなるはずで、昭和30年代、東京湾の「夢の島」に東京中のゴミが集められていたのと同じ状況だ。

約20年の投棄でできた巨大なゴミ山

 20年近い投棄により、現場には大きな山ができていた。投棄場に近づくとゴミの臭いがしはじめて、空気もなんとなくよどんでいるような気がする。その周辺一帯もゴミだらけで、周辺の住宅に住む人々はどんな思いでこの景観を眺めているのだろう。こんなところに新たに住もうとする人もいないだろうから、宅地の資産価値などないような気がする。

 ADBが「産業」と呼んでいたのは、きれいにいえば「有用なゴミを選別し、資源回収を行なうこと」であるが、要はゴミ拾いだ。

 マニラじゅうのゴミが集まるわけだから、そこには金属、プラスティックなどかなり大量の有用なゴミが混じっている。それを選別し(拾い集め)てリサイクル業者に販売するわけで、だからゴミ山(彼らは「Dumping Site」と呼んでいた)の周辺はジャンク・ショップだらけだ。

 個人がこつこつとゴミ山から拾ってきたプラスティックなどをジャンク・ショップが買い入れ、それをリサイクル工場に持ち込んで売却するという仕組みになっている。

 あたりはゴミ収集車と有用ゴミの回収車が走り回り、ごみ山からの悪臭のほかに、粉塵や排気ガスも混じってそうとう劣悪な環境になっている。

 残念ながらゴミ山の中には入れてもらえなかったが、その入口は造園がなされていた。ゴミ山でも植物が育つということを市当局は言いたいのだろう。

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