長谷川は、「ボクシングと自分にだけは嘘がつけなかった」と続けた。

「前回の試合に負けたのは俺が弱かったから。だけど、最後まで戦う意味を見いだせなかった試合だった。去年の11月に取ったタイトルは普通のタイトルじゃない。俺の人生にとって、大きな大きな1年間、昨年4月の負けを乗り越え、母の死を乗り越え、奪い取ったタイトルだった。その試合から、わずか4ヵ月後の防衛戦、母の死をしっかり受け入れることもできないまま迎えてしまった。さらに、震災も起きてしまった。『ボクシングをやっている場合なのか?』という思いは、最後まで拭えませんでした。だから、あの試合を最後にすることはできない。俺はボクシングをやめるなら、好きなままやめたいから」

 そして、その心境を、こうたとえる。

「めちゃくちゃ好きだけど、絶対に一生は一緒にいられない彼女がいるとします。俺は最後、別れるとき、『おまえのことが好きだ!』って言って別れたい。そんな感覚です。いつか終わるなら、『ボクシング最高!』って言って終わりたいんです。前回の試合のままでは、ボクシングを嫌いで終わってしまう。それは絶対にイヤなんです。だから、まず一試合。それで終わるかもしれない。またやりたいと思うかもしれない。それはもう、心の赴(おもむ)くままにやりたいと思います」

 年内にも予定される試合、それがボクサーとして最後の日となるかもしれない。「俺の人生はボクシング」と断言する男に、神はなんと語りかけるのか?

(取材・文/水野光博、撮影/名越啓介)


●長谷川穂積(はせがわ・ほづみ)
1980年生まれ、兵庫県出身。真正ジム所属。2005年4月にWBC世界バンタム級王座を獲得し、10度防衛。2010年11月、WBC世界フェザー級王座を獲得し、日本人初の“飛び級”2階級制覇に成功するも、今年4月、初防衛戦でTKO負けを喫し、進退が注目されていた。サウスポー。33戦 29勝(12KO)4敗。


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