アン・アップルバーム氏
先月、ブッシュ大統領はミシシッピ州を訪問した際、米議会に対し、「CAFE(米企業平均燃料規制)を強化する権限を私に与えていただきたい」と呼びかけ、大統領に自動車の燃費規制−お役所言葉で言うところの米企業平均燃料規制−の規制値の決定権限を与えるよう求めた。この大統領の発言の裏には、大統領は議会の承認なしには、自動車の燃費規制を企業に命じることはできないという認識を大統領自身が持っていることを意味する。

  ブッシュ大統領の発言は奇妙に聞こえる。それというのも、過去に遡ってみると、米国の歴代の大統領は、この権限を持っていたからだ。1980年代の大統領は、CAFE規制の変更を数回、大統領権限で命じているのだ。議会は1990年代、この権限は大統領にあると理解していた。だからこそクリントン大統領がCAFE規制を強化しないよう議会は予算法案で縛りをかけていたのだ。そこで、真偽をただそうと、私は議会やホワイトハウスの関係者に話を聞いてみた。

  ところが、残念なことに、私の努力は徒労に終わった。米政府が議会の承認を必要とする文書があったかと思えば、レーガン政権が議会承認は必要ないと考えていたことを示す記録文書も見つかったのだ。他方、裁判関係の書類では、CAFE規制変更の権限が運輸省に付与されている。挙句の果てには、運輸省のホームページを調べると、権限は政府と議会の両方に存在するように見える。要するに、現ブッシュ政権の5年間だけでなく、過去30年もの間、議会も政府も権限の所在がどこにあるのかに興味がなかったということである。

  一方で、燃費規制の強化を目指す個別の努力はこれまでにもあった。ところが、政治全般を覆うカルチャーがそれを許さない。地元の自動車企業がコスト増大を嫌うから、ミシンガン州選出の議員は燃費効率の向上させる規制には反対だ。アラスカ州を選挙区とする政治家には燃費規制よりも、原油採掘を促進する政策が求められる。いずれにしろ、多くの議員が地元の事情により、規制強化を無力化することに手を貸してきたのだ。

  実は有権者である消費者も規制強化を阻んできた。ガソリンを大量に消費する大型車は、少なくとも最近まで人気の的だった。大きな自動車は便利で快適。いくら燃費が悪くても、1ガロン(約3.79リットル)あたり3ドル程度であれば、インフレ率を勘案して歴史的に見ると安いものだ。安全性、居住性や実生活での利便性の高さなど大型車の魅力は尽きないからだ。

  対照的に大きな自動車に反対する主張は実感しにくい。長期的な話の上、とらえどころがなく、関係する土地も日常から遥か遠く離れた場所にある。気候の大きな変動は来世紀のことかもしれないし、中東や南米の産油国で独裁者が原油価格上昇の恩恵を受けても、一般的なSUV(スポーツ多目的車)の購入希望者の意思決定にはほとんど影響を与えないだろう。

  問題を整理すると、燃費効率の高い自動車の製造や購入、高価格ガソリンの受容、代替エネルギーの開発 ― といった課題を推進するために必要なのは、責任の押し付け合いではない。経済的な変革でもない。われわれは、政治的、文化的な変革を必要としているのだ。ところで、我々に変革の実現を可能にする有能な政治集団はいるのだろうか?【了】

■ブロガー:アン・アップルバーム氏の略歴
  ワシントンDC生まれの42歳。米イェール大卒。1988年に英経済誌「エコノミスト」のワルシャワ支局の記者からスタート、ロンドンでジャーナリストとして活躍したあと、ウォール・ストリート・ジャーナルやフィナンシャル・タイムズなど英米の新聞に寄稿。BBCやCBS、CNNテレビでも多数の番組にゲスト出演。旧ソ連時代の強制収容所の歴史を描いたノンフィクション「GULAG(グーラク): A History」(強制収容所の歴史)では、2004年にピューリッツァー賞を受賞している。現在はワシントン・ポストの編集メンバーであり、コラムニストとして活躍している。

【注】この記事は著者から翻訳・転載の許可を得ているもので、原文の抄訳です。(This summarizing Japanese-language story is posted under the permission of the author.)
オリジナル記事は、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/05/02/AR2006050201484.html?sub=new