――本当にすごいヤツは、たとえ注意しなくても勝手に目に飛び込んでくるものなんだ。

 スカウトから聞いたそんな名言を思い出させてくれたのは、八戸学院光星(青森)のショート・武岡龍世(りゅうせい)である。身長180センチ、体重78キロ。均整の取れた体型は、ショートのポジションに立つとよく映える。

「守備にかけては光星OBである坂本勇人(巨人)や北條史也(阪神)の高校時代よりうまい」

 八戸学院光星を率いる仲井宗基監督の発言は、決してリップサービスではないはずだ。しなやかさと強さを併せ持つ体幹を生かした遊撃守備は、間違いなく高校屈指。グラブさばき、足さばき、スローイングと随所にポテンシャルの高さがにじみ出ている。


坂本勇人2世と称される光星学院の武岡龍世

 武岡の守備の特徴は、グラブが常に地面の近く、低い位置にあることだ。武岡に聞いてみると、その効用を教えてくれた。

「無駄を省きたいんです。普通はゴロを待つ間にグラブを上げたり、手首を返したりする選手もいると思うんですけど、よけいな動作が入ることで捕球が難しくなると思うんです。それで常に低いところでグラブの捕球面を向けて待っておくようにしました。1年生のときに津田(勇志)コーチに教わって、それからずっとやっています」

 グラブを地面の近くに置いて打球を待つことで、準備が早くなる。結果的に捕球の確実性が上がり、イレギュラーバウンドへの対応も柔軟にできる。だから武岡の守備は華麗なだけでなく、見ていて安心感がある。

 しかし、武岡は「坂本や北條の高校時代より上」という仲井監督の評価に対する感想を報道陣から求められるたびに、「すごくうれしいんですけど……」と複雑な苦笑いを浮かべる。広陵(広島)との春のセンバツ初戦の試合前、武岡に「走・攻・守で一番自信があるプレーは?」と聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「全体的に自信はあるんですけど、どっちかというとバッティングで『自分』を発揮したいです」

 一方、守備については「それほどの自信はありません」と打ち明ける。甲子園球場のグラウンドの印象を聞いても、「守りにくいです」とネガティブな言葉が口をついた。

「スタンドのお客さんが目に入ってボールが見にくいですし、ファーストのうしろ(ファウルエリア)が広くて(投げる時)距離感がつかみにくいんです。土のグラウンドもあまり得意じゃないし、どちらかと言うと人工芝でやりたいです」

 これほどまでに武岡が守備に対して後ろ向きなのは、理由がある。それは初めて甲子園の土を踏んだ昨夏の甲子園での「トラウマ」があるからだ。武岡は2回戦の龍谷大平安(京都)戦で正面の強烈な打球を弾くタイムリーエラーを犯し、チームが1対14と大敗する一因をつくっていた。ほかにも記録に表れないミスもあり、武岡は自分の守備に自信を持てずにいたのだ。

 しかし、広陵戦で武岡はビッグプレーを見せる。6回裏、無死一塁の場面。広陵4番の中村楓大(ふうだい)が放った打球は、詰まったハーフライナーとなって武岡の前に飛んだ。武岡は前進して左手を前に差し出し、打球をショートバウンドで捕球。素早くスナップスローで二塁に送球し、ダブルプレーを成功させたのだ。

 甲子園球場にどよめきが起きるほどのシーンだったが、武岡にとっては「ショートバウンドは一番捕りやすいので」と朝飯前のプレーだった。それに、打球が飛んでくる前から心の準備ができていたという。

「自分のところに打球が飛んでくるのは、だいたい事前にわかります。キャッチャーのサインとコースを見れば、予測ができますから。たとえば右バッターなら外の変化球を引っかけてボテボテのゴロが飛んでくる可能性が高いし、左バッターなら外の真っすぐを打って強い打球が飛んでくる可能性がある。ゲッツーの場面はインコースにキャッチャーが寄ったので、詰まった打球が来るかもしれないと準備していました」

 広陵戦での守備は「意外と簡単な打球が多かった」と事もなげに振り返った武岡だが、さすがに守備への手応えは感じたようだ。「いいプレーが少しずつできたのは、成長したのかなと思います」と自信を口にした。

 だが、本人が「自分が打たないとチームは乗っていかない」と語っていた打撃で、逆に課題を露呈することになった。この日、最速150キロを計測した広陵の好右腕・河野佳にねじ伏せられたのだ。

 1打席目は外角のチェンジアップを一二塁間に運び、50メートル走5秒9の快足を飛ばして内野安打を勝ち取った。ところが、2打席目は内角高めのストレートに詰まらされてサードフライ。3打席目のレフトフライを挟み、迎えた第4打席が象徴的だった。

 2点ビハインドを追う8回表、二死二、三塁という一打同点のチャンス。武岡は河野が投じたインコースの141キロのストレートに詰まらされ、力ないショートフライに倒れた。2打席目同様、インコースの球をさばききれなかった。チャンスを逃した八戸学院光星は広陵・河野の前にわずか3安打しか打てず、0対2で完封負けした。

 試合後、武岡は完敗を認めた。

「広陵は今までの光星の試合を研究して、僕がインコースは得意じゃないことはわかっていたと思います。最後はインコースにくるとわかっていたんですけど、想像以上に河野くんのボールのキレがよくて、対応できませんでした」

 冬場にはインコース攻めを克服するために右ヒジを引くスイングの習得に励んだが、武岡は「練習はしてきましたがうまくいきませんでした」と唇を噛んだ。夏に向けて、ライバルチームは間違いなく武岡の弱点を突いてくる。八戸学院光星の中心打者として、越えなければならないハードルになるだろう。

 だが、ドラフト候補としての武岡は、そのポテンシャルの一端をバックネット裏のスカウト陣に見せつけた。

「坂本や北條の高校時代より守備はうまい」

 それは過大評価ではない。今度は「守備は」の但し書きが取れるかどうかの戦いが、すでに始まっている。