「ビジネスはゲームよりも簡単」と語る川上量生氏(撮影:尾形文繁)

ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記氏と、インターネット上で角川ドワンゴ学園N高等学校を立ち上げた川上量生氏。前回の記事(生徒全員を救う事を目指さない「N高」の戦略)に続き、ビジネスに関する川上氏の持論から、VR(拡張現実)の発展、さらに子どもの話へと2人の話題は広がっていった。

エゴサーチより数学ボットに没頭する

吉田:実は僕、少し前に『没頭力 「なんかつまらない」を解決する技術』という本を出したんですが、そこでは何かに「没頭」することが、生きづらさを楽にする秘訣なんじゃないかということを書いたんです。川上さんは普段、何か没頭することってありますか?

川上:僕は今、数学がすごく好きで、数学にまつわる本をいろいろ読んでいるんです。ただ、暇なときにその本を読むか、エゴサーチするかという選択があった場合、どうしてもエゴサーチを選んでしまっていたんですよね。もちろんエゴサーチが本当に好きかと言われたら、別に好きじゃないんですよ(笑)。

吉田:するんですね、エゴサーチ。

川上:好きじゃないし、楽しくもないし、情報として有意義なものがあるわけでもない。時間の使い方として最低だと思うんですが、何かのゾーンにはまってしまうというのか、やめられないんですよね。

そこで発見したライフハックがあるんですが、僕、ツイッターで5つくらい数学ボットをフォローしているので、ツイッターを開いたときに最初に目に入るのが、何らかの数学の定義なんですよ。そうするとそれについて考え始めて、エゴサーチしようという気分はどこかへ行ってしまう。

吉田:わかる。すごくわかります! 没頭する環境作りですね。

川上:これって超重要だなと思うんです。人間ってどうしても易きに流れるというか、たとえ本当にやりたいことでも目的を持って何かに没頭するのって根本的に難しい。だからこそ、生理的にその方向へ持って行くことが重要なんだなと。

吉田:自分のモチベーションが、どういうときに上がるのか知っておくのが没頭への近道だと思うんですが、まさにそれを実践しているんですね。スポーツ選手なんかは競技中にゾーンに入るとすごくいい結果を残せたりするので、ジャンキーのようになってしまうこともあるそうです。ただ、僕自身はゾーン中毒というのは悪くないようにも思うんです。結果よりもゾーンに入る=没頭することが、人生を楽しく生きるためには重要なのかなと。

川上:でも、ゾーンって入ると後悔すること多くないですか。僕もオンラインゲームにはまると、3日3晩飯を食わないでプレイしたりするんですけど、最後には肩が凝ったり頭痛がしたりして……。だいたい身体的限界で倒れてしまう。

ただエゴサーチの場合、している最中から本当に死ぬほど後悔するんですけど、ゲームの場合は、やっている最中はめちゃくちゃ楽しいんですよ。なので本来、そこに後悔する要素はまったくないはずなんです。だけど、終わったときには「もう絶対にやるもんか」と思うんですよね(笑)。

吉田:その場合の後悔って、ネットゲームを3日3晩やって時間を無駄にしたっていう後悔ですか? それともフィジカルにダメージがきていることの後悔なんですか?

川上:フィジカルのダメージがやっぱり大きいですかね。やっちゃいけないことをやってしまった……という後悔。

ビジネスは「よくできたゲーム」よりも簡単

吉田:振り返ったときに、楽しかったよりも後悔のほうが大きくなるわけですね。

川上:そうなりますね。たとえばネットゲームをやるときって、ある大きな目標を掲げていると思うんです。テクニックを上げるとか、あるレベル以上の成績を出したいとか。で、3日3晩プレイして肉体的な限界で倒れたときに、僕はこのゲームで自分が極めたい領域までは行けないなと思うわけです。自分が到達できないことに挑戦してしまったというのは、すごい無駄をしてしまったと感じますね。

吉田:どうせやるなら結果を出したい、出せるゲームをしたいということですね。

川上:そうそうそう(笑)。

吉田:しかも川上さんの場合、ビジネスというゲームだと結果は出るわけですからね。

川上:よくできたゲームに比べてビジネスは簡単ですよ。ルールが明確に固定されたゲームは、どんどんそのルールに最適化してくる人がいるので、なかなか勝てません。

それに比べるとビジネスは簡単。なぜならルールが明確ではないから。現実のルールって、実はみんなが勝手にできないと思い込んでいるだけのものが多いんです。いわゆる社会的なバイアスですね。固定観念として「これはできない」と思い込んでいることが多い。そこを打ち破っていけば、ビジネスで勝つのは簡単です。

吉田:N高のシステムもまさにそうですね。

川上:以前、着メロの仕事をしていたときも、僕が着目したのはテレビCMでした。当時は誰もが着メロのテレビCMなんて効果がないと思っていたんです。さらに着メロって当時の大手企業にとってはメインの事業じゃなかった。

たとえばカラオケ会社はカラオケの機器を作るのがメインの仕事で、着メロというのはたぶん社内的には出世のラインから外れた人がやっていたんですよ。だから儲かっているかもしれないけれど、社内的な決裁権限は弱いだろうと考えた。

僕らがテレビCMを仕掛けたとして、他社がうちもやろうといっても前年比の利益を割るほどまで販促予算を増やすことはできないだろうと予測したんです。そして現実的に彼らが社内で決済を通せる予算金額を計算して、僕らがそれよりも多い金額をテレビCMにかけられるという段階になってからテレビCMを仕掛けたんですよ。

吉田:そうすると当然、効果が出るわけですね。

川上:効果が出るし、他のところも真似してやるんだけれど、うちよりも小さい予算しか使えないから、結果、こちらの勝ちですよね。

吉田:時代が時代だったら、軍隊とか率いたほうがいいんじゃないですかね(笑)。軍隊とか率いて、敵軍を粉砕する仕事がいちばん向いていそうな気がするんですよね。

川上:僕はね、そういう細かいことはできないんですよ(笑)。大雑把なことしかできない。何々の戦いとか、局面局面だったらいいんですけど、全軍をずっと率いるのは無理ですね。

「自分が不得意なこと」を任せてはいけない

吉田:ちなみにN高の設立に関しては、話が持ち込まれた段階でいける、と思われたんですか?

川上:最初は自分には関係がないと思いながら聞いていたんですけど、途中からこれはいけるかもと思いましたね。

吉田:いけるかもと考えたのは、教育市場がいま非合理の塊になっていると思ったから?

川上:そうですね。説明を聞いて、それは確かにいけるだろうと。そして、僕たちしかできないかもしれないと。僕は世の中にできないことって少ないと思っているんです。うまくやれば成功するものって、意外と多いと思うんですよ。もちろん成功させるための努力というのは、案件ごとによってすごく違いますが。だから何をやるかの基準は成功できるかどうかではなくて、僕たちしかできないかどうか、ですね。

吉田:僕自身も、やりたいこととやったほうがいいこと、そして一生懸命やればなんとかなりそうだなということをたくさん抱えているんですが、全部はできない。そして人に任せることができるものと、できないものがある。というか、何をどんなふうに人に任せるべきか、というのがいまだによくわからないんです。川上さんは、そういうときにどう判断されてますか?

川上:人に何かを任せるとき、みんながよくやる間違いは「自分の不得意なことを人に任せる」ことです。そういう人って多いんですけど、これは完全に大間違いで、人に任せるのは自分が得意なことにすべき。そして自分でやるのは、自分が不得意なことにするべきですね。

吉田:その心は?

川上:だって不得意なことを任せるっていうのは、言い換えると「やらない」ということなんですよ。人に何かを任せても、少なくとも相手のコントロールはしなければいけない。でも得意じゃないことを丸投げしたら、ブラックボックスになるじゃないですか。コントロールできないですよね。

吉田:なるほど。得意なことだったら向こうがサボっていたらわかるけれど、自分が苦手なことはそれさえわかりにくいと。

川上:企画を成功させるためには、自分がコントロールできる部分を可能な限り増やす必要があって、そのためには自分が得意なこと以外は人に任せちゃ駄目なんですよ。たとえば僕自身の例でいうと、『信長の野望』でコンピュータに任せる国は、どうでもいい国なんです(笑)。

「VR」はこれ以上進化しなくていい

吉田:どうやっても勝てる戦いはオートでいいだろうというやつですね(笑)。確かに、勝てるか勝てないかわからないので、ギリギリまで判断が迷うような戦いはマニュアルでやります。ゲームだったらできますね。それでコントローラブルな領域が広がるわけですもんね。なるほど。で、不得意なこともやっているうちにコントロールできるようになる。

今回、川上さんの『コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと』を読ませていただいたんですが、これが本当に面白くて。特に主観的情報量と客観的情報量に関して、客観的情報量はどこまで行っても限界があって、問題はそれをどうやって脳内で再生するかという話。

実は先日、東大でVR(拡張現実)の研究をされている鳴海拓志先生という方と対談したんですが、VRの最終的な結論は「現実世界での経験が多い人ほどVRをより楽しく感じられる」っておっしゃっていたんですよ。

川上:なるほどね。僕はVRが発展していくのはまだまだ先だと思っていたんです。なぜかというと、現実のリアルなシミュレーションを真面目にやろうとしたら、今のコンピュータ性能では全然足りないから。でも結局、現実をリアルに再現する必要はまったくなかったんですよね。

そもそも人間の脳は少しの情報量しか理解しない。むしろ現実の情報量が多すぎるから、アニメが好まれるんです。

吉田:だから子どもはアニメが好きなんですね。

川上:特に小さい子どもほど処理できる情報量が少ないから、アニメのほうが理解しやすいわけですよ。現実から情報を抽出するよりも、アニメから抽出したほうが受け取る情報量が多くなるのが子どもなんです。

だから今のVRは現実空間をアニメ化したくらいの情報量なんだけれど、これくらいで十分。もう進化する必要はない。むしろ客観的情報量から抽出できる主観的情報量の「量」のほうが重要なんですよ。どれだけ多くの情報を人間が引き出せるか。

だとすると、最初から単純にしているVR世界のほうが、人間にとってはより豊かな世界に見えるんです。宮崎アニメがそうであるように。実写のビデオよりも宮崎アニメのほうが情報量が多く見えるというのは、そこから引き出せる主観的情報量が多いからなんですね。

物事を合理的に考えるのは「くせ」

吉田:ちなみにお子さんは今、おいくつですか?


川上:4歳です。子どもがいると、人間がAIにいかに近いかとか、そっちのほうに頭がいって面白い。エンターテインメントですね。

吉田:確かにエンターテインメントですよね。僕も娘を「本当に学校に行かないとかって言い出すんだ〜」とか、中1でものすごくファンタジーな絵なんかを描き始めたので「本当に中2病ってあるんだ〜」なんて思いながら見てますけどもね。

川上:うちの子は今、物語を作り始めています。それが結構、壮大な物語を作るんですよね。まあ、子どもが作る物語なんですけど。何でこんなお話を作ったんだろう、というのを推測するのも面白い。

吉田:やっぱり「何で」って思いますよね。子どもは何でこんなことを考えたんだろうって。

川上:考えますよね。僕はこれまで自分が物事を合理的に考えるのって成長の過程で獲得した能力だと思っていたんですが、4歳の娘を見ていると、ああ、これは単に性格なんだなってわかってきました(笑)。当然ではなく、単なる自分のくせだったんだな、と。


(左)吉田 尚記(よしだ ひさのり)/1975年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。マンガ、アニメ、アイドル、落語、デジタルガジェットなど、多彩なジャンルに精通しており、年間100本におよぶアニメやアイドル、ゲームなどのイベントの司会を務めている。(右)川上 量生(かわかみ のぶお)/1968年愛媛県生まれ。株式会社ドワンゴ取締役CTO、学校法人角川ドワンゴ学園理事。2006年よりウェブサービス「niconico」運営に携わるほか、現在は人工知能、教育事業などのIT先端技術関連の新規事業開発にも注力している。(撮影:尾形文繁)

(構成:岩根彰子)