保活ママに届けたい、「保育の質」はどう作られる?【後編】

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■数が増えれば質が落ちるセオリーは本当か?


ここ2年くらいで、急激に保育園が増えてきたと感じることはないだろうか? 女性の社会進出促進と待機児童の解消は、ここ数年、国の中でも常に重要テーマであり続けているわけで、国や自治体も頑張っているようだ。

東京都では「環境確保条例」=正式名称:「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例」を2015年に見直し、それまでデシベルで上限規制をかけていた「子どもの遊び声」を、「規制の対象外とする。そもそも子どもの声は騒音ではない」とした。この条例の見直しも、きっと保育園の新設の後押しになっているのだろうと推測する。

地域差はあるものの、この勢いで保育園が増えていけば、いずれ私たち保護者が保育園を吟味できる時代がやってくるかも?!なんて甘い夢を抱きつつ、一方で、「数が増えれば質が落ちる」のセオリーの方も気になってきた。

ということで、「保育の質って何ですか?」の突撃取材に行ってきましたレポートの後半である。

【関連アーカイブ】
保活ママに届けたい、「保育の質」はどう作られる?【前編】


今回は、都内の中でもコンセプトにかなりエッジが立っている超人気園を取り上げる。「認可なのにこんなことができるの?」という驚き満載。「私の家の近所には無いわー!」と残念がる方もいるかもしれないが、多くの保育事業者が毎年新規園を開設しているので、「明日は我が街にも……!」という可能性に期待していただきたい。

■地域と子どもを繋ぐ「まちの保育園」


イタリアのレッジョ・エミリア市で生まれ、世界で最も優れた10の学校に選ばれたことがあるレッジョ・エミリア・アプローチ。日本でもここ数年話題になっているその先端幼児教育を採用し、独自の進化を続けている認可保育園が、「まちの保育園」。レッジョ・エミリア・アプローチについては、すでに他方のメディアで紹介され尽くしているであろうから、今回はまちの保育園の最大の特徴のひとつである「コミュニティーコーディネーター」という役職の方に、コミュニティーとの繋がりについてお話を伺った。

≪保育を園の中に閉じないこと。地域交流が、子どものより良い人格形成に繋がる≫

まちの保育園で大切にしていることのひとつが、「子どもを子ども扱いせず、1市民として尊重すること」というものがある。このもとに、まちの保育園が考える「保育」とは、子どもにとって物理的には安全な環境である保育園の中に子どもを閉じ込めずに、安心安全を確保した上で、多様な価値観を持つ多様な世代との地域交流を通じて、より良い人格形成、豊かな学びに繋げることである。

同園のオリジナルな役職である「コミュニティーコーディネーター」(通称:CC)。具体的に何をするかというと、地域連携、事務員、用務員、(時に保育補助)、の4つが主な仕事であるという。園長先生、主任、担当といった従来の役職の職務の隙間に溢れる課題を一手に引き受け、地域と密接に関わるまちの保育園の運営を円滑に進めるための「調整役」……といった感じであろうか。

地域と連携するために具体的に何をすれば良いかは、その地域によって様々である。地域とは単なるエリアの区切りではなく、そこに暮らしている人たちが形作る様々な人間関係があるわけだ。画一的に「商店街ツアー」を行う保育園もあるが、まちの保育園では、「地域とどのように連携していくか」は園を取り巻く地域性や子どもたちの興味関心に応じて、各園のCCに任されている。

小竹向原園のCC・根岸さんは、広報誌の制作をお手伝いしたことをきっかけに、園のある地元の町会長と親しくなり、町会の各種活動をサポートしている。根岸さんさんが町会長と親しくなったことで、「タケノコが見たい」といった園の子どもたちが日々興味を持つ様々なことと地域を円滑に連携できるようになったという。どこかの野山にタケノコを見に行くのも良いが、案外、自分が暮らしている街にもあるんだと、根岸さん自身も驚かれたそうだ。地域に密着した人脈があるからこそ、そういった情報を手に入れることができる。

町会長。通常だったらその肩書きと名前・顔くらいは覚えるかもしれないが、ググッとお近づきになるためには、もう一歩踏み込んだコミュニケーションが必要になるのだろうなと感じる。そのような「ググッとお近づきになる仕組み」を、まちの保育園の園内でたくさん見ることができた。

例えば、園の玄関付近に掲示されている職員の顔写真リスト。通常の園なら、所属のクラスと職員の名前が分かるだけのリストであると思うが、まちの保育園では、これを「アイデンティティー・ボード」と名付けていて、顔を識別するための写真だけでなく、趣味の写真や家族の写真なども飾っている。これを見ると、その先生がどんな人なのか伝わってくる。

同様の仕組みが園児の方にもあり、各園児にひとつずつポケットアルバムを用意して、その中には自分がどのようなコミュニティーで育ってきたのか確認できる写真が収められている。このアルバムの写真は入れ替えが自由で、他の園児も閲覧することができる。「アイデンティティー・アルバム」と名付けられていた。

デザイナーズな園舎や、個々の興味が最大限に尊重される保育スタイルも素晴らしいが、この「先生も園児もお互いのことが良く分かる仕組み」には感銘を受けた。どんなコミュニティーのどんな人間関係も、お互いのことを深く理解することが必要になる。コミュニティーと子どもを繋ぐために、その一番大切で本質的なこと(=人との繋がりを作る力)が、自然と学べる環境を用意しているのだなと感じた。

まちの保育園の、新しい魅力を発掘した心持ちである。(「アイデンティティ・ボード」や「アイデンティティ・アルバム」は、ぜひうちの子が通う園でも導入してもらいたいものだ!)

まちのほいくえん
https://machihoiku.jp/

■都心ど真ん中でヤギを飼う。中目黒どろんこ保育園


「園庭で本気のどろんこ遊び」、「園庭でヤギを飼う」、「雨の日もカッパを着て傘を差してお散歩に行く」などなど、専業主婦であってもなかなかやってあげられないことだと感じるが、その名もずばり「どろんこ保育園」。一見すると、強めな自然回帰系?!と思われるかもしれないが、同園が目指すのは“にんげん力”を育てることだ。

中目黒どろんこ保育園は、昨年度、区営認可園の園舎建て替えを機に民間委託事業者として進出。都心ど真ん中への進出は、どろんこ保育園としてもかなり大きなチャレンジだったという。

どろんこ保育園(運営・社会福祉法人どろんこ会)の発祥の地は埼玉県朝霞市。学生結婚で早くに子どもを授かった安永愛香氏(現・社会福祉法人どろんこ会理事長)の自らの子育てにおいて、最初に我が子を預けた保育園で感じた日本の保育に対して感じた疑問を種として生まれた。既存の保育をゼロから見直し、本当に大切な“にんげん力”を育てるために、マンションの一室で無認可園としてスタートしたのは、20年前のことである。

安永氏と旦那様の高堀雄一郎氏(現・株式会社ゴーエスト代表取締役)は、学生時代に学習塾を経営していたこともあるそうだが、当時の経験から、社会で自分の人生を自分らしく切り開いていけるのは、「自分で考えて行動する力」・「意欲を持つ力」・「投げ出さない、諦めない力」を持っている子だと、創業前から気づいていた。

そして、これらの力の発達に最も影響が大きい保育園時代に、単なる託児として預かるのではなく“にんげん力”を育てる場としての保育を作るということを、創業当時から現在も変わらず保育理念として掲げている。

≪「体験をさせること」が目的ではない。「体験からの学びをいかにプロデュースできるか」が大切≫

中目黒どろんこ保育園は、同社が運営する保育園の中でも最も都心に位置する認可園。同園の園長を務める平山さんは、どろんこ会の中でも古株ベテラン園長の一人。中目黒園にこの初夏迎えたヤギのリクルーティングまで手がけていらっしゃる方だ。


平山園長のヤギのリクルーティング談
「白ヤギとザーネン種の合いの子で、あまり大きくならず性格がとてもおとなしい。寿命は8〜10年なので、6年間の在園中に死に目にあえる園児がいるだろうということも採用を決めたポイントでした。」

どろんこ保育園の保育サービスは、ただ預かるだけの「託児」ではなく、“にんげん力”を身につけるための様々な体験や大人の関わりを提供するもの。その取り組みの一環として、園庭でのヤギ飼育、畑仕事や田植え・稲刈りツアー、座禅や雨の日のお散歩などを行っている。どれもインパクトのある取り組みだが、平山園長曰く、「体験させることが目的になってはいけないということに一番気をつけている」という。

保育園に通う0〜6歳の子どもたちは、人生の最も初期の段階にいる。本来、遊びからも食事からも生活のすべてから学びが得られる。しかし、その学びをより深いものにするためには、「子どもの興味関心がどこにあるのか」ということに、大人も興味関心を持って関われるかどうかにかかっているという。

「子どもの興味関心が追いついていないのに、無理やり田植えをさせたりヤギを連れてきても本質的な学びにはなりません。例えば、登園でヤギを飼うにあたり、まずメダカを飼う。その次にインコ。そしてウサギ。という感じで徐々に大きく飼育方法も複雑になっていくように段階を作りました。このような進化の過程を考えることも大切です。」

なるほど……。
この話を聞いて、昨年の冬に私が子どもたちを(無理やり?)連れて行った雪遊び旅行を思い出した。都会で暮らす我が子たちは、本気の雪遊びをしたことがない。雪深い地方へ連れて行って、思う存分に雪遊びをさせたい!と思い、スノーウェア一式を買い揃えて、いざ、滋賀県へ。

しかし!かなりのコストをかけたのにも関わらず、子どもたちは「寒い」だの「手袋の中に雪が入った」だの文句を並べ、10分も遊ばなかった。「まったく……。シティーボーイ&シティーガールたちめっ!(怒)自然遊びの楽しさが分からんのか?」と感じたのだが、その後、大人たちが本気の雪だるま作りに没頭していたら、子どもたちがコテージ内のコタツから出てきたのだ。

このエピソードは、まさに「親がやらせたいことを無理やりやらせた」というもの。子ども自身の興味関心が高まっていないことを無理強いしても意味がないし、実際には子どもはやってすらくれない。でも、大人が本気で楽しんでいるところを見せると、興味関心が高まったのだろう。これが、「本質的な学びにつながる体験」のプロデュースなのかもしれない。どろんこ保育園での学び話は、園に通わせていない保護者の胸にも響くと感じる。

社会福祉法人どろんこ会
http://www.doronko.biz/

■「保育」は「教育」へと進化する


「保育所保育指針」(保育園版の「教育指導要領」のようなもの)は、平成29年に「保育は教育」と改定され、今年から施行となっている。「保育」は、単なる安全な託児サービスではなく、「教育」と位置付けられることになったのだ。

幼児教育無償化の方針も様々な議論を展開しているようだが、いずれ、保育園 or 幼稚園 or こども園 or プリスクールなどの認可外独自園も、私たち保護者が自由に選べる時代がやってくるかもしれない。

今回の取材を通じて、すでに「保育の質」にはいろんな観点で差が出てきていると感じた。まだまだ待機児童は解消されていないが、保活テクニックだけが先行するのはなく、「子どもたちの人生にとって最も需要な時期の学びの場」として、保育園選びができるようになると良いなと願う。

とりあえず、我が家の下の子は来年3月で2歳児クラスまでの小規模認証保育園を卒園してしまうので、今年の保活は駄目もとで今回取材した保育園へ申請してみようと決意した。

森田 亜矢子
コンサルティング会社、リクルートを経て、第一子出産を機にフリーランスに。現在は、Baby&Kids食育講師・マザーズコーチング講師・ライターとして活動中。3才長女と0歳長男の二児のママ。