新宿ゴールデン街に外国人があふれる理由
■外国人は六本木・渋谷ではなく新宿ゴールデン街へ行く
現在、首都圏の夜の街で最も外国人観光客たちを魅了している街はどこか。
六本木でも渋谷でもなく、間違いなく新宿ゴールデン街である。ゴールデン街は、新宿区歌舞伎町の外れに位置する約3万平方mの区画。その区画に4.5坪程度の店舗面積の極小飲食店、約200店舗が軒を連ねる新宿きっての超過密エリアである。
この街は特に高度成長期からバブルにかけて東京の代表的な繁華街のひとつとして知られるようになり、この地域に複数軒あった「文壇バー」と呼ばれるバーでは、夜な夜な日本を代表する文化人たちがあつまり文学論に花を咲かせることでも有名になった。
このようにバブル期の華々しい側面がよく知られるゴールデン街であるが、バブル崩壊後、この街が消滅の危機に直面していたことはあまり知られていない。
ゴールデン街は東京の中でも特にバブル崩壊の影響を最も真正面から受け止めた街のひとつであり、この地域に数多くあった飲食店も1990年代半ばになると撤退が相次いだ。その後、この地域では幾度も再開発の計画が持ち上がったが、戦後のバラック街だったころから続く域内の複雑な地権問題もあり、それら計画はことごとく失敗してきた。その結果、起こったのが古い施設が再整備もされずに長らく残存する街のゴーストタウン化であった。1990年代はゴールデン街にとって、まさに「冬の時代」であったといえる。
▼「レトロな街並み」が人を引き寄せ観光資源になった
しかし、そのゴールデン街がここ数年、急速に夜の遊興客たちを集め、劇的な復活を果たしている。
その契機となったのが、この地域に長らく残されてきた昭和の香りを残す木造長屋形式の「レトロな街並み」である。バブル後の再開発から逃れてきたこの古い街並みは、多くの現代都市が失った「古き良き時代」を思い起こさせる街並みとして、改めて「観光資源」として注目されるようになった。
■「ナイトタイムエコノミー」のお手本はゴールデン街
近年、特に目立つのは日本を訪れる外国人観光客の存在であり、事実、この地域を訪れる観光客のうち6割〜7割が外国人であるという。2009年にはフランスの有名観光ガイドブック「ミシュラン日本版観光ガイド」において観光地として二つ星の評価を獲得、一時はゴーストタウン化していた新宿ゴールデン街が文字通り東京随一の夜の繁華街としてまさに奇跡の復活を遂げたのである。
ゴールデン街においてもこのように見られる「陽が落ちた以降から翌朝までに動く消費活動」は、近年、ナイトタイムエコノミーなどとも呼称され、世界的にその振興の重要性が注目されている都市経済分野のひとつだ。
▼ロンドンのナイトタイムエコノミー粗付加価値は最大約4兆円
例えば、イギリスの首都・ロンドンを本拠地とし世界各国で会計、税務、アドバイザリー・サービスを展開する会計監査法人、Ernst & Youngは2014年のロンドンのナイトタイムエコノミーのGVA(Gross Value Added、粗付加価値)はおよそ2兆5665億円〜3兆8315億円(177億ポンド〜263億ポンド)と推計し、ナイトタイムエコノミーがロンドン市域全体のGVAの約5〜8%を占めるとしている。
また、これらを下支えするナイトタイムエコノミーに従事する直接雇用者数は市域全体で72万3000人に達し、ロンドンの全就労者のおよそ1/8を構成しているとされる。これに間接的な雇用創出量までもを含めると、ナイトタイムエコノミーによる創出雇用総数はロンドン市域全体で126万人にも及ぶと推計されており、ロンドンの都市経済を支える貴重な「雇用主産業」となっている。
Ernst & Youngは、ロンドンのナイトタイムエコノミーはいまだ大きな成長余地を残しており、2029年までに市域のナイトタイムエコノミーのGVAがおよそ4兆円(283億ポンド)、直接雇用は2014年の推計値である72万人から2030年までに115万人へと拡大すると予測している。
このような新たな都市経済分野としてのナイトタイムエコノミーの存在は、当然ながら都市政策の中で大きな注目を集めており、世界の多くの国際都市が政策的に振興の対象としている。先述のロンドンでは市役所の中にナイトタイムエコノミーを振興する専門役職者が設けられおり、市域の産業界と連携をとりながら行政が主導してその振興を行っている。同様に、このような専門役職者はロンドンのみならず欧州圏の都市行政において採用が広がっており、ロンドン以外にも、アムステルダム、パリ、チューリッヒ、サンフランシスコなど、多くの国際都市において行政当局の中に定められている。
■なぜ日本には「夜の観光資源」が乏しいのか?
このような世界の潮流の中で、わが国のナイトタイムエコノミー振興に対する取り組みは大きく立ち遅れているのが実情だ。
「日の出と共に目を覚まし、昼は畑を耕す」という農耕文化が育んだ社会規範がいまだ根強く残るわが国では、「夜の経済」というのはいまだ軽視されることが多く、行政による振興の対象として認知されるケースは非常にまれである。特にわが国では多言語対応、もしくは言語不要で楽しむことのできる夜の観光資源の選択肢は比較的夜の観光資源に恵まれた都市部においてすらも、実は他国の国際都市と比べると「夜の観光資源」が乏しい。
例えば、2016年に日本政策投資銀行が行ったアジア8地域からの訪日外国人旅行者に対して行ったアンケート調査に基づくと、「日本旅行で最も不満だった点」に関する問いに対して1位が「英語の通用度」、2位が「母国語の通用度」、3位が「旅行代金」と不満が続き、7位に「ナイトライフ」が登場している。
すなわちわが国を訪れる訪日外国人は、その多くが「ナイトライフ体験」に不満を持っており、その点においてわが国の観光資源は明らかに改善が必要であることがわかる。
その結果、起こっているのが外国人でも楽しめる夜の観光資源を提供しているごく限られた特定施設に訪日外国人客が殺到するという逆転現象である。それが、現在の新宿ゴールデン街の活況を生んだ最大の要因となっているのだ。
▼なぜゴールデン街はチョイ飲み・ハシゴ酒をしやすいか?
現在のゴールデン街には日が傾き始めた時分から観光客が現れ始める。観光客は、この地域特有の入り組んだ路地を散策しながら、気になる店舗を見つけてはチョイ飲みをする。 そもそもこの地域の飲食店は営業面積が小さなカウンタースタイルの店舗が中心で、キッチンも狭く、各店がじっくり腰を据えて客に飲ませるような豊富なメニューを取り揃えているわけではない。
しかし、その狭小の店舗が逆に「ハシゴ酒」にはちょうどよい環境となっており、この街を訪れる観光客たちは街を散策しながら小さな飲み屋を2軒、3軒と巡りながら街全体の雰囲気を楽しむのだ。
当然ながら、この街で発生する経済の大きさは想像以上に大きくなる。なにしろこの地域を訪れる観光客にとっては、街を歩き、域内の店舗で消費を行うことそのものが観光の目的となっており、当然のようにそこには付随する観光消費が発生するのだ。現在、新宿ゴールデン街は首都圏の繁華街の中でも人気のある飲食店の出店エリアとなっており、事業者が出店を希望してもなかなか空き店舗が見つからず順番待ちとなっているのが実態である。
このような新宿ゴールデン街の復活劇には、夜の街の活性化に向けた新しい施策のヒントが隠されているのではないか?
6月16日発刊の拙著『「夜遊び」の経済学 世界が注目する「ナイトタイムエコノミー」』(光文社新書) では、ここで紹介した新宿ゴールデン街のこと例をはじめとして、現在、世界でますます注目があつまるさまざまな「夜の街の活性化策」を多数紹介している。ぜひご覧いただきたい。
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国際カジノ研究所所長。1976年、広島県生まれ。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)、日本で数少ないカジノの専門研究者。米国大手カジノ事業者にて内部監査業務を勤めた後に帰国し、2004年にエンタテインメントビジネス総合研究所に入社。主任研究員としてカジノ専門調査チームを立ち上げ、国内外の各種カジノ関連プロジェクトに携わる。’05年より早稲田大学アミューズメント総合研究所カジノ産業研究会研究員として一部出向、国内カジノ市場の予測プログラム「W‐Kシミュレータ」を共同開発。
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(国際カジノ研究所所長 木曽 崇)