故金正日総書記が提唱した「ジャガイモ革命」が成功して、大生産地として知られるようになった北朝鮮の北部山間地域、両江道(リャンガンド)。

金正日氏は、北朝鮮が大飢饉「苦難の行軍」の真っ只中にあった1990年代後半、農業研究者をスイスとドイツに派遣して2年間、ジャガイモ栽培技術を習得させ、「ヨーロッパ式ジャガイモ農法」を1999年に両江道の協同農場に導入させた。

ところが、現地ではジャガイモの増産には成功しているものの、ヨーロッパ式は地域の事情に合っていないのか、今やほとんど活用されていないという。

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両江道の農業部門情報筋によると、従来の農法は種イモの芽が出た部分を切り取って植えるというものだったが、ヨーロッパ式は豊山(プンサン)郡の原種農場、雲興(ウヌン)郡、三水(サムス)郡の採種農場で生産した無菌ジャガイモを、そのまま種イモとして畑に植えるというものだ。

ところが、このような農法は北朝鮮の実情に合っていなかったようだ。

問題になったのは、種イモの量だ。畑1ヘクタールあたりに必要な種イモは従来の農法0.8トンに対して、ヨーロッパ式では2.5トンで、4倍以上になった。また、電力事情の悪い北朝鮮では、適切な温度管理のもとで無菌ジャガイモを保存するのも大変手間がかかることだった。

だからと言って、金正日氏が導入した農法に表立って異議を唱えれば、最悪の場合政治犯扱いされかねない。農場員たちは、協同農場ではヨーロッパ式で、個人耕作地では伝統農法でジャガイモ栽培を行った。これならとやかく言われないからだろう。

その後、金正恩時代に入り、協同農場の土地を農場員個人に委託し、インセンティブを与える圃田担当制が実施された。それを受けて農場員たちは、国から受け取る種イモ2.5トンのうち、0.8トンしか使わなくなった。伝統農法への完全回帰だ。

結局、今では三池淵(サムジヨン)郡の胞胎(ポテ)協同農場と白岩(ペガム)郡の10月18日総合農場でしか、ヨーロッパ式による生産は見られなくなってしまったとのことだ。