北朝鮮国内で「金正男氏は敵に殺られた」との噂が拡散する理由
北朝鮮の金正恩党委員長の異母兄・金正男(キム・ジョンナム)氏がマレーシアで殺害された事件がメディアで報じられたのは、発生翌日の14日の午後。北朝鮮は現地の大使がコメントしている以外に公式の反応を示していないが、そもそも北朝鮮の国営メディアに金正男氏が登場したことは、一度もない。
ドラマ見たら処刑
しかし正男氏が殺害されたという話は、北朝鮮国内でも相当な範囲に拡散するだろう。その媒介となるのは、第一に市場だ。
咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、当局は16日から18日まで「光明星節(金正日氏の生誕記念日)の期間はゆっくり休むように」との指示を下し、金正日氏の生誕を祝う歌や踊りの会への参加を促した。
かつてなら、国家的な記念日に店など出したら、たちまち取り締まりを受け、どんな仕打ちに遭うかわからなかった。ところが今では、市場周辺に平気で露店を出していて、取り締まりもとくに行われないとのことだ。
人が集まるところでは噂が飛び交うもの。さっそくこんな話が聞かれたという。
「元帥様(金正恩氏)のお兄さん(金正男氏)が海外で活動していて、敵に殺された」
事件の顛末を詳しく知っている人でも、このようにデフォルメして話しているという。うかつに「弟に殺された」などと言って、当局に知れたら命がいくつあっても足りないからだ。
そして少し時間が経てば、正男氏殺害を報じた韓国のテレビニュースが、USBメモリなどの記録媒体に収められ、北朝鮮国内に持ち込まれる可能性が高い。
北朝鮮では、韓流ドラマなどを見たのがバレただけで、公開処刑などの重罪に問われる。それでも人々は、密かに見ることを決して止めようとしない。
(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…)
この点は、北朝鮮当局も分かっているようで、分かっていないのではないか。マレーシア駐在の北朝鮮大使が、事件について色々とコメントしてしまったのは、国民に対する情報統制では失敗だったかもしれない。
1990年代までなら、北朝鮮は自国のテロ行為が国際社会に露呈しても、あくまで「敵の謀略」だと言い張った。
海外の情報から隔絶されている北朝鮮国民の中には、それを信じる人も少なからずいただろう。しかし時代は変わり、情報はインターネットや記録媒体を通じて瞬く間に共有される。密かに持ち込まれた韓国のテレビニュースの中で、自国の大使がコメントする場面を見た人々は、「やっぱり本当なんだ」と確信するに違いない。
また、北朝鮮には韓国や中国のラジオを密かに聞いて、情報を得ている人が相当数おり、韓国のテレビを見ている人すら存在する。軍事境界線から近いエリアはもちろんのこと、首都・平壌を越え、ソウルから300キロも離れた平安北道博川(パクチョン)や雲山(ウンサン)でも、韓国のテレビが受信できる。
北朝鮮当局が、正男氏殺害の事実が国内で拡散するのを防ぐ手段はないと言っていいだろう。果たしてこの情報は、北朝鮮国民の胸中にどんな思いを生じさせるのだろうか。