これまで数多くのアパレルや流通チェーンなどを、経営危機の状態から復活させてきた経験を持つ、経営コンサルタントの河合拓さん。河合さんのメルマガ『FRI Magazine』では、業績悪化に苦しむ老舗の大手アパレル企業に対し、既存のやり方にしがみついていては抜本的な構造改革にはならないと断言。河合さんが考えるアパレル業界の10年後を予想し、業界再生に必要なカギとは何か論じています。

アパレルビジネスの論点

イトキン、TSIホールディングス、ワールドなど、老舗大手アパレル企業が次々と大規模なリストラ策を打ち出し構造改革を進めている。経営トップは皆アパレル未経験者だ。また、一昨年の帝国データバンクによると、14年のアパレル企業の半数は業績が悪化、2割は赤字という衝撃的な発表がなされた。巷では「アパレル業界に将来はあるのだろうか」という声さえ聞こえる。世紀末現象と化した状況の中、「オムニチャネルこそノアの箱舟だ」と盛んに煽るアナリストやコンサル達も、さすがに冷ややかな目で見られはじめたが、それでは代替案があるのかというとそういうわけでもない。

「将来が見えない」のは、個々の企業の視座で物事を考えるからだ。今、アパレル業界という大きなフレームワークが大変革を起こしている。変化の激しい時代だからこそ、アパレル業界の論点を的確にとらえる必要がある。

事業変革の論点は「ブランド」

個別企業の競争力強化という意味合いで言えば、真っ先に思いつくのは「Made in Japan」である。昨今、アパレル業界で存在感を表している投資ファンドの人達と話をしていると、「日本製の商品を海外展開できないか」というブランド戦略についての相談が多い。確かに、銀座を歩いていると「爆買い」している中国人の集団を目にするし、百貨店はインバウンド需要で潤っている。また、大手アパレルは日本製を次々に打ち出している。しかし、今のMade in Japanブームは一時的なもので終わる可能性が高い。これは、日本企業が「価値」を「ブランド化」してこなかったことと関係がある。

先日、ある業界団体の討議会に参加した。アパレル業界をどうしてゆくべきかという議論が活発になされていたが、業界の常識にどっぷりつかった人は昔のフレームワークから抜け出せず、物事を「XXX系」という括りで語り、「この系」は流行る「この系」は廃れるという具合に昔から繰り広げられている「トレンド議論」を繰り返していた。

しかし、ユニクロや無印など、世界的に成功している企業は、むしろ「トレンド」とは真逆のところにあり、その商品や世界観が持つ本質的な強みで勝負している。一時的なブームに乗っているわけではない。一見「トレンド」を追いかけているように見えるファストファッションも、実は、背景には高度なロジスティックスやデジタル技術という「ビジネスモデル」が競争力の源泉として存在し、トレンドという不確実なばくちで勝っているわけではない。今、個別企業に求められているのは、多少トレンドを外しても競争力を維持できるブランドを確立することだ。「トレンド論」でなく「システム論」、「ビジネスモデル論」こそ重要なのである。分析の軸が間違っているのだ。

私の定義では、「ブランド」がビジネスに与える役割は二つある。一つは、「価格プレミアム」の向上、もう一つは「顧客ロイヤルティー」の強化だ。「価格プレミアム」というのは、同じ品質、内容であればブランド名がついている方が高くても売れるということであり「顧客ロイヤルティー」というのは、そのブランドに対して持続的かつ永続的にファンが居続けることである。逆に言えば、この仕組みを構築できなければ「ブランド化」は成し遂げられていない。Made in Japanもブランド化しなければ一時的な「トレンド」としていずれ廃れてゆく。

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10年後のアパレル業界の見取り図

大手アパレルのリストラが発表されたとき、「日本のアパレル業界はダメなんじゃないか」という危機感が広がった。しかし、ECは伸びているし、前述のユニクロや無印などグローバル化した企業は海外で事業を拡大している。アパレル業界がダメなのでなく、アパレル業界の勝ち方が変わってきたということなのだ。このように、大きな業界のフレームワークの変化を見れば、企業の進むべき方向は見えてくる。今後、アパレル業界は大きく3つのセグメントに別れ変化してゆく。

1. 高価格帯 百貨店アパレル(メーカー)

まず、その販路を百貨店に依存し、委託消化取引で百貨店とビジネスを展開しているアパレル(メーカー)である。このセグメントの企業は、特に地方百貨店の売り場縮小と販売力低下のあおりを受け、さらなるブランドや事業規模の縮小を続けてゆく。彼らは、今後もリストラや統合を進めてゆく。彼らの主販路である百貨店でも地方から淘汰が進み、ショールームのような形で売場の位置づけを変えてゆくかもしれない。こうした流れの中で、このセグメントは持久戦に持ち込まれることになる。

このセグメントの企業の特徴は、自らを「メーカー」(製造業)と定義していることだ。メーカーだから服を主体にしたビジネスにとどまるし(ものづくり以外の)販売は他人任せとなる。従って、良いモノをつくらせればピカイチだが、顧客の実態が正確に把握できていないのと、商品が高価格になってくるのが特徴だ。従って、主販路である百貨店の縮小や業態変化と歩調をあわせ、ダウンサイジングとデジタル化によるビジネスモデル改革、在庫の適正化、モノ作り機能の強化の3つを推し進め、高価格であることの合理性を見いだせるブランド開発を行うことが重要だ。このセグメントは、量より質を目指す。また、「バーバリーのコート」「モンクレールのジャケット」のような、「商品のブランド化」の開発が鍵となる。

2. 中・高価格帯 総合ファッションリテーラー

次に、ショッピングセンターや路面店などを主販路に持ち、その出自がメーカーでなく「小売り」である企業だ。代表選手は、セレクトショップやSCにブランド展開するSPAアパレルも含まれる。彼らの特徴は、売場の坪効率が上がれば、販売する商品は衣料品でなくともよいという割り切りにある。また、出自が「小売り」だから、商品よりも「お客様」を主軸にビジネスを組み立てる。

彼らの発想は極めてシンプルだ。「服が売れないなら雑貨をやればよい」、「自分でできないならM&Aで会社を買えば良い」というものだ。彼らの発想は常に「顧客」と「売場」が中心にあるから、極論を言えば商品はなんでもよい。このセグメントは、これから異業種をどんどん取り込んでゆき、アメーバのように業態を拡張しながらライフスタイル型企業になってゆく。

ただし、単にナショナルブランドを集め、差別性を失った旧来の百貨店業態の轍は踏まないことが大事だ。「お店」そのものをブランド化する「ストアブランド化」が鍵となる。前述のメーカー型アパレルのように「商品」にファンを作るのでなく、その「店」に対してファンを作る。ストアブランド化に成功した企業が「コト消費」を取り込み、このセグメントの勝者になる。

3. 低価格帯 SPAアパレルリテーラー

最後に、低価格を武器に最先端のITシステムとロジスティックスを駆使し、グローバルにビジネスを展開している低価格帯SPAアパレルリテーラーだ。外資ファストファッション、ユニクロなどである。このセグメントで勝とうとすれば、グローバルレベルで生産と販売を行わなければ、規模のメリットが享受できず、低価格と高収益が両立しえない。従って、このセグメントでは「世界化」が鍵となる。

加えていえば、この規模のビジネスを下支えする最先端のITテクノロジー、および世界規模のロジスティックス整備が必要だ。彼らは、積極的に米国からデジタル技術を導入し、最先端の事例を取り込もうとしてゆく。このセグメントに参入できる企業は多くはない。大きな投資と巨大なインフラ必要なビジネスとなるからだ。

これが、私が考えるアパレル業界の将来像だ。こうした業界構造の変化を読み解き、自らの立ち位置を明確にした上で変化を取り込む必要がある。昨今の改革事例をみていると、2のプレイヤーが3をおこなったり、3のプレイヤーが2を行ったりとちぐはぐ感が目立つ。自社のポジショニングを明確にしたい。

【通用しない昔の改革手法】

企業改革の最前線にいると、判で押したようにQRによる「つくり増し」強化と、MD精度向上を決定打とする考えを耳にすることが多い。しかし、「勝ち組企業」の中に、「つくり増しモデル」を採用して成功している会社はほとんどない。「つくり増しモデル」に競争力が無くなってきた理由はシンプルで、生産時間短縮による犠牲の結果、商品完成度が下がったからである。ユニクロのように二年をかけて渾身の商品をつくる企業に、二週間の「やっつけ仕事」でつくった商品が勝てるはずがない。QRというのは、売れ筋と死に筋が存在していた時代の改革手法だが、今は、そもそも完成度の低いブランドの中に売れ筋はほとんどない。すべてが死に筋となる。だからQRをやっても通用しない。

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【産業政策の論点はアジアのサプライチェーン標準化】

最後に、こうした企業改革の論点に加え、産業政策として日本政府がアパレル業界に果たす役割について論じたい。昨今、円安誘導により原価が高騰し企業収益が悪化するなど、政策とビジネスは切り離せなくなっている。今後、日本のアパレル業界復活に産業政策は極めて大事になってくる。

これまでの産業政策の課題は、

日本国内の範囲でしか考えられていないハード(商品)からかソフト(IT、金融、ビジネスモデルなど)という産業構造転換の論点がない川上(アジア)と川下(日本国内)に対する政策が分断されている

ことがあげられる。

これは、「輸出」で「外貨」を稼ぎ、日本が潤うというロジックが根底にあるからだ。その為、日本から輸出できるものがないかと見回し、AKBやらピカチューに目をつけ「アニメを輸出しよう」となる。しかし、こうした発想は単に「そのとき旬なもの」を追いかけているに過ぎず戦略的ではない。例えば、日本の産地、鯖江のメガネとか、岡山のデニムとか、そういう産地の名産品をアジアの展示会にかけ、世界の注目を得ようという発想を聞く。しかし、本当に、そのような支援を現場が求めているのか、あるいは、そのような支援が産業全体に影響を与えるか否かの妥当性は十分議論されるべきだろう

そもそも、アパレル業界は「輸出」発想では通用しないほど国際化が進んでいる。例えば、保護産業といわれている皮革、靴業界は、その単品完成度や品質の高さから実際は世界に類を見ないほどの競争力を持っている。一方、革靴には数量割り当てや高い関税がかかり日本への輸入は阻害されている。

これは国内産業保護を目的としているのだが、現実は逆のことが起きている。浅草や長田といった国内の靴の産地では就労者が少なくなり働いている労働者はアジア人が多い。また企業の中にはすでに日本から出てゆき、中国や東アジアに生産拡張、日本の技術を海外移転することで原価を抑え日本に持ち帰る取引を行っている企業が多い。こうした現状を見れば、実際は、数量割り当てや輸入関税はこうした日本企業の自助努力を阻害しているということになる。ファッションビジネスは既に国境は無くなっているのだ。世界はこれから以下のように分化しグローバル化してゆく。

米国は「リテールテクノロジー 特にデジタル技術」の世界化を推進欧州は「ブランド」の世界化を推進中国、ASEAN諸国は「生産」の世界化を推進、やがて経済発展とともに消費国へ移行

欧米は繊維製品の生産国から、デジタルテクノロジー、ブランドなどソフト化に成功した。繊維産業は成長過程において、自らを生産国(ハード)から開発国(ソフト)へ転換できなければ、単なる消費国へと陥ってゆく。日本はこの産業転換ができなかったため、未だに3.の発想で物事を考えている。実際、売れているセレクトショップを見れば一目瞭然だ。例えば、ユナイテッドアローズでは、モンクレール、HERNOなどの欧州のブランドを輸入し、Green Labelはアジアでつくっている。彼らが導入しているオムニチャネルやRFIDは米国からきたものだ。日本人はただ消費しているだけである。産業のソフト化、構造転換は産業政策の主要論点の一つである。

日本が産業政策としてアパレル業界に取り組むべき課題は、生産地であるアジアのIT、金融、物流といった周辺産業のスタンダードを作り上げることだ。統一規格というとJANコードを思い出すが、このJANコードは、日本に製品が輸入された後に使われる「商品コード」である。アジアの生産、製造オペレーションとは繋がらない。しかし、リアルビジネスは製販統合が進んでいる。店頭のPOS情報は人海戦術によってアジアの生産現場と繋がっており、店頭の売れ行きに応じて生産調整をする、あるいは、中国で在庫をし、各国の販売状況に従って仕向先と出荷量を変えてゆくなど、アジアでの生産オペレーションと日本での販売オペレーションは限りなく同期化している。

生産情報は個別商社がバラバラのやり方で進め標準形がない。アジアの工場から送られてくる輸入書類のフォーマットはバラバラだし、生地や付属といった部品管理も手作業で行われている。だから、政府主導で例えばJANコードなどを拡張し、生産オペレーションや輸入業務まで包含する統一基準をつくる。また、その統一基準に沿ったアジアの工場に対しては、優遇輸入税制を適応するなど、タックス・インセンティブを工夫すれば、アジア全域を巻き込んだサプライチェーンの標準化が可能なはずだ。

もし、アジアを内包した日本主導の標準化ができれば、そこに新しい産業、例えば、金融、IT、ロジスティックスという周辺産業が進出し世界化することも可能だ。川上と川下を分離せず、アジア全体でサプライチェーンを同期化するプラットフォームをつくることが主要論点の一つである。

以上、大きく変わりゆくアパレル業界の論点を個別の企業改革、日本の産業政策という二つの軸で論じてきた。昔のやり方、考え方がいかに古くなり通用しなくなってきているかおわかりかと思う。

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『FRI Magazine』
著者/河合 拓
コンサルティングファーム取締役。講演、セミナーを数多くこなす傍ら、IT企業、製造業、商社、流通・小売など再生案件を手がけた企業は多い。本当の問題解決力を身につけたいと思いませんか。私は、数多くの企業と事業の再生を手がけ多くの成果をあげてきました。私は実際に事業を動かしている実務家です。このメルマガは生々しいプロフェッショナルビジネスの現場から、私自身が解説してゆくノンフィクションストーリーです。
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出典元:まぐまぐニュース!