「近代戦の先駆け」再注目されるフォークランド紛争
1987年に英ヨークシャーテレビジョンが制作した、『The Farklands War』というドキュメンタリー番組がある。これは日本のNHKでも、『栄光の代償 〜兵士が語るフォークランド紛争〜』というタイトルで放映された。
ここ最近、Youtubeでアップされているこの番組が地味ながら再注目され始めているということを、筆者はふと小耳に挟んだ。
接したものの感想を書くのが苦手な筆者だが、この『The Farklands War』は確かに素晴らしい番組だった。現代の国際社会に横たわる問題とその解決策を考えるのに、まずはこの番組を観るべきではと一瞬思ってしまったほどだ。
このフォークランド紛争は、今も人類に対して大きな課題を与え続けている。
国民の不満を逸らすため
1982年初頭、アルゼンチンの政界に君臨していたのは軍部だった。当時の大統領は、就任間もないレオポルド・ガルチェリという陸軍出身の軍人である。
ガルチェリ就任時点から、アルゼンチン社会は疲弊していた。左派の大弾圧によって生じたしこりを解消するため導入した経済政策が、結果的に莫大なインフレーションを招いてしまったのだ。国民の不満は、当然ながら軍事政権に向かっていく。そこでガルチェリが打ち出したのは、「マルビナス諸島奪還活動」だった。
マルビナス諸島、英語名フォークランド諸島はイギリスとアルゼンチンの両方が領有権を主張している土地だ。だがこの時は両国民とも、ペンギンと家畜の羊しかいないような島のことなどはっきりと憶えていなかった。ガルチェリは行き詰まる国内問題から国民の目を逸らすため、「マルビナス諸島は我が国の領土!」と叫ぶようになった。
もっともガルチェリは、本当にイギリスと戦争などする気はなかった。だが彼の「政策」は成功し過ぎてしまった。国民の間で「マルビナスを奪還しよう!」という声が過熱し、次第に「それをしないガルチェリは嘘つきだ!」という世論まで出てくるようになった。
ガルチェリは逃げられなくなった。そして彼の決定的なミスは、この時のイギリス首相は超タカ派で知られたマーガレット・サッチャーだったことを忘れていた点だ。
エグゾセミサイル発射
サッチャーの対応は素早かった。フォークランド諸島がアルゼンチン軍に占領されたと知るや、すぐさま軍の編成を指示する。そしてそれはブラフではなかった。かつて七つの海を制したロイヤルネイビーの機動艦隊と原子力潜水艦が、大挙してフォークランドに押し寄せたのだ。
イギリス海軍は手始めに、原子力潜水艦コンカラーの魚雷攻撃でアルゼンチン軍の巡洋艦ヘネラル・ベルグラーノを撃沈する。このヘネラル・ベルグラーノは、アルゼンチンの殊勲艦として国民に愛されてきた存在だ。それを323人の乗員と共に氷点下の海へ沈めたのだ。
やはり、世界最強のイギリス海軍にアルゼンチンが勝てるわけがない。地球上の誰しもがそう考えた。
だが、その流れを変えたのは空軍だった。ヘネラル・ベルグラーノ撃沈から2日後、アルゼンチン空軍のシュペル・エタンダール攻撃機がイギリスの最新鋭駆逐艦シェフィールドを捕捉。エグゾセ対艦ミサイルで沈めてしまったのだ。
アルゼンチン空軍の勢いは止まらない。その後も駆逐艦やフリゲート艦、輸送用コンテナ船、揚陸艦を片っ端から轟沈してみせた。中でも増援のヘリコプターと補給物資を積載していたコンテナ船アトランティック・コンベイヤーの沈没は、イギリス議会を大きく揺るがす出来事だった。
これらの攻撃に使用された軍用機は、先述のシュペル・エタンダールとA4スカイホークだ。前者はフランス製、後者はアメリカ製である。特にシュペル・エタンダールに搭載されていたエグゾセミサイルは、アトランティック・コンベイヤーを沈めることにより世界から大注目を浴びた。フォークランド戦争終結直後、あちこちの独裁者がフランスの兵器企業に注文を入れたと言われている。
この戦争は結果として、アルゼンチン軍のフォークランド諸島からの撤退という形で区切りがついた。だがそれは、総力戦の呪縛からようやく解放されたばかりの人類に新たな重しを加えるということでもあった。
戦争は終わらない
フォークランド紛争で一番得をした国はフランスと言われている。現にその後、エグゾセミサイルは世界各国の軍隊がこぞって採用するようになった。
フォークランド以前の世界の兵器市場では、最新鋭の兵器はあまり出回らなかった。アメリカやソ連などの兵器開発国は、輸出先の国に対して常に「型落ち」のものを渡していた。まだ試験場の外から出たことがない最新兵器は、たとえ同盟国といえど譲るわけにはいかない。それが世界の常識だった。
だがフォークランド紛争は、その概念を180度変えてしまった。むしろ戦争当事国に最新兵器を渡してやれば、今後のバージョンアップに必要な実戦データが得られる。アルゼンチンの軍事政権と国民の暴走という思いがけないきっかけだったとはいえ、フォークランドは兵器開発国にとっての「巨大な試験場」でもあったのだ。
そしてもう一つ、戦争はまったく新しい側面を見せた。フォークランドでは両軍兵士合わせて900人ほどが戦死しているが、何とそれと同じだけの自殺者も出ているという。
無理もない。なぜならこの紛争、というより戦争は、ロンドンやブエノスアイレスが戦場になったわけではないからだ。
現代の帰還兵を狂わす最大の要因は、戦場と本国のギャップである。兵士たちが最前線で地獄を味わっている間も、ロンドンの一般市民はパブで一杯やっている。ブエノスアイレスの人々はワールドカップやコパ・アメリカの話に興じている。数日前まで奈落の底にいた帰還兵たちは、そうした「当たり前の日常」に適応できない。
シルヴェスター・スタローン主演の『ランボー』という映画があるが、これはそうした帰還兵の悲劇を描いた作品だ。フォークランド紛争も、数百人単位のランボーを生み出してしまったのである。
我々日本人にとっても、それは対岸の火事ではないはずだ。多くの人が心のどこかでそう考えているからこそ、冒頭の『The Farklands War』という番組がクローズアップされているのかもしれない。
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