7月9日付新経済連盟意見書「消費者契約法の見直しに関する意見」

写真拡大

 引っ越しをしようと思って、住宅情報サイトや引っ越し業者の検索サイトにアクセスしたら、転居した後でも数カ月間、開いたウェブページ上に不動産物件や引っ越し業者の広告がしつこく表示されてしまう――。

 もしくは、大学生がインターネット通販で旅行英会話の本を購入すると、しばらくの間、旅行会社や英会話教室、英会話教材、留学斡旋業者の広告がしつこく表示される。自分の親のために有料老人ホームをネット検索すると、国内・海外も含めて有料老人ホーム、介護付きのマンションのネット広告がしばらくの間ワッと表示される。こうした経験を持つ人は多いだろう。

 これは「追跡型広告」「行動ターゲティング広告」と呼ばれ、検索、ページ閲覧、広告クリック、購買などネット上の行動記録をもとにその人の興味・関心を拾い上げ、その分野の広告を狙い撃ちして広告効果を上げる手法。今やネット広告の主流といってもいい。「住宅を借りて引っ越ししようと思っている人」「海外旅行に行く予定で、英会話を勉強するつもりの大学生」「有料老人ホームへの入居を検討している老親がいる人」といった属性をつかんで、関連する商品やサービスの広告を集中的にしつこく流す。

「リターゲティング」といって、他のサイトに移動しても同じ広告が追いかけてくる仕組みもある。もし、男性が誤って女性用化粧品の広告をクリックしたら、まったく興味がなくても「お化粧に興味がある」と認識され、女性用メーキャップ化粧品の広告がしつこく追いかけてくることもある。

 こうした追跡型広告を「迷惑」だと思う人もいる。嫌なら個人情報保護法に基づいて広告主や広告配信事業者に「広告を配信しないでください」と依頼できるが、たいていの人は方法を知らなかったり、「そんなことを頼んだら、かえって火に油を注ぎはしないか?」と疑って、二の足を踏む。そのため、「迷惑だけど、しばらくすれば収まるだろう」と放っておくことが多い。

 それゆえなのか、追跡型広告の効果は大きい。例えば「20代の女性」というように年齢や性別で絞り込むより、「スキンケアに悩む20代の女性」に絞り込むことができれば、スキンケア化粧品の広告主にとってはターゲットを絞って広告が打てるので、ムダは小さく、効果は大きくなる。

 だが、近いうちにこの追跡型広告が法改正によって取り締まりが行われ、ネットから消えていく可能性がある。

●「迷惑な広告」で買ったものは、新・消費者契約法で取り消せる?

 追跡型広告の息の根を止めかねない法律の改正とは、現在見直し作業が進んでいる消費者契約法改正のことである。消費者契約法はもともと、訪問販売や電話での販売を対象に「不当勧誘」から消費者を守るための法律だが、時代に合わせて、その適用をネット販売や広告にも拡大する検討に入っている。01年に施行された消費者契約法第4条第3項は、次のように定めている。

「3 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次に掲げる行為をしたことにより困惑し、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。

一 当該事業者に対し、当該消費者が、その住居又はその業務を行っている場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず、それらの場所から退去しないこと。

二 当該事業者が当該消費者契約の締結について勧誘をしている場所から当該消費者が退去する旨の意思を示したにもかかわらず、その場所から当該消費者を退去させないこと」

 具体的には、「困惑類型−威迫等による勧誘」の中の「不退去」の規定で、本来は昭和30年代によくみられた玄関に居座って脅して売る「押し売り」(一)や、その後の時代に問題になった、消費者を店や事務所に閉じこめて無理やり買わせたり、契約させる行為(二)を取り締まるための条文である。これを、消費者が「迷惑」と感じるネットの追跡型広告の取り締まりにも適用するための見直しが今、論議されているのだ。

 極端な話をすれば、法改正により、消費者がネットの追跡型広告をクリックすることで商品やサービスを購入した時、後から「あの広告はしつこくて迷惑だった」と申し立てれば、クーリングオフの期間が過ぎていても契約の取り消しができることになる。後でぞろぞろ取り消されては、広告の効果はゼロに近くなる。そのため広告主が「追跡型広告」を出さなくなったら、法改正を境にこのタイプの広告はネット上から消えていくことになるだろう。

 実際は、改正・見直しの作業の中で「迷惑な広告」の定義や取り消しの手続きなどで消費者サイドの法律の乱用を防ぐ手だてが盛り込まれる可能性はある。しかし、法改正が論議されて「迷惑な広告」の定義が条文に反映されれば、「追跡型広告は消費者に迷惑がられている」というイメージの悪化は避けられないので、広告主が自主的に手を引く動きにつながるかもしれない。

●改正案は来年の通常国会に提出される見通し

 消費者契約法については消費者庁が昨年、「消費者契約法の運用状況に関する検討会」を開いて10月に報告書が出ている。それを受けて昨年11月から内閣府消費者委員会の専門調査会で見直し作業が進められている。8月に中間取りまとめを行い、その後で事業者へのヒアリングを実施して今年度中には最終答申が出る。その後、消費者契約法の改正案が来年の通常国会に提出され、可決、成立というスケジュールになっている。残された時間はそれほど多くない。

 また、消費者契約法と並行して特定商取引法の改正作業も進んでおり、こちらは「誇大広告」につられて買った商品やサービスの契約取り消しの規定を加えようとしている。「液晶の違いによる商品写真の色の見え方の違いまで『誇大広告』にされたらたまらない」と、ネット通販企業は戦々恐々だ。

 7月9日、楽天、サイバーエージェント、ミクシィなど主にネットコンテンツ企業が加盟する経済団体「新経済連盟」が、「経済に与える影響を考慮し、関係事業者の意見を十分に聞くべきだ」と、慎重な議論を求める意見書を山口俊一消費者大臣に提出した。ネット広告やネット通販の企業は大きな危機感を持っている。

●ネットベンチャーが起業、成長しにくくなる恐れ

 消費者契約法の改正は、追跡型広告を迷惑だと思う人には朗報かもしれないが、ポータルサイトや通販サイトに限らず、コンテンツ系など広告に依存したビジネスモデルを展開するネット企業にとっては、それで広告料収入が減少すれば経営上の打撃になる。現状ではネット広告のほぼ主流の座を追跡型広告が占めているからだ。

 例えば動画配信を無料で提供しているサイトなどは、広告料収入が減少すれば有料化を検討するかもしれないが、それには課金や個人情報を管理するシステムの導入など追加でコストがかかる。しかも、ネットの利用者の間には「ネットはタダ」という観念が定着してしまっているので、有料化は自分で自分の首を絞めることになりかねない。

 ネットベンチャーを立ち上げる起業家にとって、起業して間もないスタートアップの段階は経営基盤が弱く収入が安定しないので、ネット広告は貴重な収入源だ。ベンチャーが独自技術で開発したソフトの試用版を無料で配布し、ユーザーがそれを自社サイトでダウンロードする最中に表示される広告で収入を得るようなビジネスモデルは、昔から広く行われてきた。企業側は後でバージョンアップをする時に、継続利用希望者に課金し、自前の収入源を構築していくのである。

 このようにネット広告は、まだ自分の足では歩けないベンチャーに、事業を継続できるだけの栄養を補給してきた。その補給パイプが細ってしまったら、ベンチャーが栄養失調で育たなくなる恐れがある。それでは、経済の活性化のために中小・ベンチャー企業の育成を大きな柱に掲げている安倍内閣の成長戦略に逆行してしまう。

 消費者契約法をネットにも広げたいという動きは、「出会い系サイト」や一部の悪質ネット通販業者の高額請求に法律の網をかぶせて消費者を救済するために始まったというが、その網がネット広告ビジネスに打撃を与えたり、ひいてはリスクに挑戦するベンチャーの芽を摘む結果にもなりかねない。

「角をためて牛を殺す」という言葉がある。曲がっている牛の角をまっすぐに矯正しようとすると、かえって牛を死なせてしまう結果を招くという意味だ。消費者契約法改正に当たってそうした事態を招かないようにするには、消費者庁が消費者団体や消費者サイドの弁護士の意見を「はい、はい」と拝聴してそれを法令に取り入れるだけでなく、リーダーシップを持つ政治家が関与し、消費者、事業者両サイドの間のバランスがとれた、高度な政治的判断を下すことが必要になるだろう。
(文=寺尾淳/ジャーナリスト)