サンパウロのインテルラゴスサーキットで開催されたブラジルGPの決勝直前。超満員のグランドスタンドから地元の英雄フェリペ・マッサ(ウイリアムズ)を讃える「マッサコール」が沸き起こるなか、ポールポジションについたニコ・ロズベルグ(メルセデスAMG)は落ち着いていた。

 レースは中盤から、トップを走るロズベルグの背後にルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)が迫り、その差が1秒を切るテールトゥノーズの距離でプレッシャーをかけてきた。それでもなお、ロズベルグは冷静だった。

「ルイスを抑え切る自信はあったよ。第1スティントの時点ですでにギャップをコントロールできていたし、後ろを見ながら最後までペースをコントロールするだけだった」

 ブラジルGPでのメディアの注目は、選手権リーダーのハミルトンよりも、むしろロズベルグの方に集まっていた。ブラジルでタイトルが決まることがなかったとはいえ、ロズベルグにとっては絶対に負けるわけにはいかないレースだったからだ。

 ロズベルグは7月の第10戦ドイツGPを最後に勝利から遠ざかっており、何より1週間前のオースティン(アメリカ)では、コース上でハミルトンにぶち抜かれて屈辱的な敗北を喫していた。さかのぼれば、ソチ(ロシア)では1周目に勝負を賭けた末にタイヤをロックさせて自滅、鈴鹿では雨の中でやはりハミルトンにオーバーテイクを許した。

 今季後半戦、ハミルトンが破竹の5連勝を達成した一方で、負けが込んでいるロズベルグは、ここで勝てなければドライバーとしての未来がもうないのだ。

 しかし、ロズベルグには勝利する自信があった。ハミルトンを抑えきることができるという自信と冷静さの根拠は、金曜日からのフリー走行にあった。

「僕は、もっと成長しなければならないということをオースティンで学んだ。決勝が始まってもリズムをつかめなくて、取り戻すのに時間がかかってしまった。だから今週は、フリー走行で燃料をたくさん積んでレースに近い状態で練習走行をした。土曜朝にもロングランをやったくらいだ。それが役に立ったと思うし、気持ち良く走れている」

 予選でポールポジションを獲った後、ロズベルグはそう明かした。

 金曜午後の走行を終えた後、ロズベルグの右フロントタイヤには他の誰よりも大きなブリスターが発生していた。それは彼がそれだけ決勝を見据えたロングランに注力していた証だった。

 ロズベルグは土曜朝のFP-3(フリー走行3回目)でもロングランを2本こなしていた。ロングランは時間に余裕がある金曜午後のFP-2で行なうのが定石で、盤石のシーズンを過ごすメルセデスAMGが土曜にロングランを実施するのは極めて稀なことだ。しかし、チームはロズベルグのたっての希望でこのようなプログラムを実行した。それも、決勝を想定した100kg近い燃料を搭載しての走行だ。クルマが10kg重くなればラップタイムが0.3秒遅くなると言われるほど、予選と決勝ではマシンの挙動が異なる。ロズベルグは決勝と同じ状態のマシンを熟知しておきたかったのだ。

 決勝で2番グリッドについたハミルトンは、決勝での逆転劇が簡単ではないことを知っていた。「同じクルマでは追い抜きはちょっとやそっとではできない。それに、ニコはロングランのペースがすごく良かったしね」。長いストレートがありオーバーテイクが頻発するインテルラゴスとはいえ、チームメイトを追い抜くことは、タイヤの状態がよほど違わない限り難しい。

 さらに現在、メルセデスAMGはふたりのドライバーに異なる戦略を採らせない方針をとっている。ベルギーGPでチームメイト同士が接触して勝利を失って以来、メルセデスAMGはふたりに自由にバトルさせるというそれまでの方針を放棄したのだ。戦略が異なればタイヤの状態が異なり、それぞれの思惑も異なるため、有利不利の差も大きくなりやすく、戦略の善し悪しで勝敗が分かれることになる。しかし同じ戦略であれば、ピットインのタイミングはほぼ同じになり、前を走っているドライバーに優先権が与えられる。すると、後ろを走るドライバーは不利にならざるを得ない。

 それでも、ハミルトンは不敵な表情で言った。

「チャンスはそうないと思うけど、それを見つけ出したい」

 ハミルトンが狙っていたのは、ピットストップでの逆転劇だった。同じ戦略である以上コース上でのオーバーテイクが難しく、チャンスはそこにしかないと考えていた。

 レースが動いたのは26周目、ロズベルグが2回目のピットストップに向かった時だった。ここまでタイヤを温存していたハミルトンは、一気にスパートをかけた。アタックを仕掛けるハミルトンの勢いは、"ハンマータイム"という代名詞になるほど凄まじい。

 しかし1周のハードプッシュでは逆転に十分ではなかった。そのためチームは、もう1周のアタックを指示。その矢先、ハミルトンはターン4のブレーキングでリアタイヤをロックさせてバランスを崩し、痛恨のスピン。彼のタイヤはもう寿命が終わっていたのだ。

「1周だけプッシュするつもりでいたから、セーブしていたタイヤのグリップを完全に使い切ってやろうと思ったんだ。だからもう1周分は残っていなかった。今週で2回目のスピンだ。誰のミスでもなく、僕のミスだ」

 実はハミルトンは、前日のFP-3でも同じようなリアロックからのスピンを演じていた。その時はメインストレートからターン1へのアプローチだったが、タイヤのグリップレベルだけではなく、それに合わせたブレーキのセッティング調整も重要だった。

「今年はマシン性能を限界まで引き出すためにフリー走行で何度もブレーキのセッティングを試している。それがうまくいかなかったんだ」

 ロズベルグもブレーキバランスのセッティングが完璧だったわけではない。彼は予選Q3最後のアタック直前にそのことに気づいていたが、「マシンの限界点が変わってしまうリスクは冒すべきではないと判断した」ため、そのままのセッティングで予選を戦い、マシンの限界を超えないように走った。そして、その判断は正解だった。

 結局、ハミルトンはこのスピンによって逆に7秒ほど差を広げられてしまった。そこから再びプッシュしなければならなかったハミルトンと、彼が追いついてくるまでタイヤをいたわって走ることができたロズベルグ。どちらが有利なのかは一目瞭然だった。

「ルイスがスピンして後退してから、タイヤをセーブしておくこともできた。今日は3回ストップを成功させるにはタイヤの寿命がギリギリだっただけに、あれは大きかったね」

 こうしてロズベルグは3カ月半ぶりの勝利をつかみ獲り、自らが「タイトルコンテンダー」(王座に挑戦する者)であることを証明してみせた。

 一方、敗れたとはいえ、ハミルトンは心躍るバトルを終えて清々しい表情を見せた。

「チェッカーフラッグの瞬間までプッシュしたけど、ニコは完璧にディフェンスしたし、ミスも犯さなかった。素晴らしいドライビングだった。そして、彼を追う僕はレースをすごく楽しんだ。これこそモーターレーシングのすべてだよ」

 イギリスGPの逆転劇で強さを手に入れたハミルトンと、オースティンの屈辱から這い上がったロズベルグ。メルセデスAMGのふたりは、チームメイト同士のタイトル争いを経ながらそれぞれが成長してきた。そして2週間後、アブダビGPで最終決戦を迎える。

 ポイントはハミルトン334点、ロズベルグ317点。最終戦アブダビGPはダブルポイント制が採られ、1位から10位までのドライバーに通常の2倍のポイントが与えられる(優勝50点、2位36点、3位30点......10位2点)。

 つまり、ハミルトンは2位以内に入ればタイトルが決定し、ロズベルグが優勝しても自力王座はない。そんな中で、ふたりはどう戦うのか。

「何位になればタイトルが決まるとか、僕はあまりそういうことは考えていない。5位とかそんな順位で完走してタイトルを獲るようなことはしたくないし、勝ってタイトルを決めたいと思っている。これまでの数戦と同じようなアプローチで、優勝することだけを考えて臨むよ」(ハミルトン)

「僕は常に優勝を目指してフルアタックするだけだ。オースティンでもそうだったし、ブラジルでもそうだった。アブダビに行っても何も変わらないよ。いつもと同じようにレースをする」(ロズベルグ)

 舞台は整った。メルセデスAMG圧勝のシーズンは、アブダビでどのようなフィナーレを迎えるのだろうか。

■最終戦のアブダビGPで、ロズベルグがタイトルを獲得するための条件
※ニコ・ロズベルグ=NR ルイス・ハミルトン=LH
・NR優勝、LH3位以下
・NR2位、LH6位以下
・NR3位、LH7位以下
・NR4位、LH9位以下
・NR5位、LH10位以下
・LH2位以上ならタイトルはLHが獲得

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki