2014年を締めくくる第18戦バレンシアGPで13勝目を挙げ、シーズン最多勝記録を更新したマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)にとって、この日ばかりは自分自身の勝利よりももっとうれしいことがあった。弟アレックスがMoto3クラスのチャンピオン争いを制して、2014年の年間総合優勝を達成したのだ。

 アレックスは、マルクよりも3歳年下の18歳。今シーズンはオーストラリア人選手の19歳、ジャック・ミラーと熾烈な戦いを繰り広げてきた。最終戦を前に、両名のポイント差はアレックスが11点をリード。ミラーにしてみれば、優勝するしかないレースだった。

 その決勝レースで両名は真っ向勝負ながらクリーンなファイトを繰り広げ、ミラーが優勝。0.955秒差の3位でチェッカーを受けたアレックスが、今年のMoto3クラス王座に就いた。終わってみれば、ふたりのポイント差がわずか2点であったところを見ても、彼らのチャンピオン争いがいかに厳しく激しいものであったかということがよくわかる。

 弟のチャンピオン獲得の瞬間に駆けつけた兄のマルクは、バイクを停止させるパルクフェルメに戻ってきた弟と笑顔で抱き合い、全身で喜びを表現した。

「アレックスは僕の弟だから有利だと考える人もいるみたいだけど、逆だと思う。皆からいつも注目されて、『お兄ちゃんはチャンピオンなのにね』と言われてしまうから、今日も相当なプレッシャーだったはず。でも、それをはねのけて自分の手で勝利をつかんだのだから、それをとても誇らしく思う。今日は、ツインリンクもてぎ(日本GP)で自分がチャンピオンを決めたときよりもうれしい。本当に格別な一日になったよ」

 そこまで何もかも手放しで喜ぶことができるのは、もちろん、自分自身もきっちりとレースで勝利を収めているからだ。

 午後2時に始まったこの日の決勝レースでは、開始前から黒い雲がサーキット上空を覆っていた。開始直後に雨がぱらついてきたために、コースサイドの各マーシャルポストでは〈フラッグ・トゥ・フラッグ〉を意味する白旗が提示された。この旗が提示されると、雨が激しくなってきた場合でも、ピットに戻ってレインタイヤを装着したマシンへ乗り換えることが許可されるため、レースは最後まで中断することなく進行する。

 選手とチームにとっては、路面の濡れ具合や天候の変化状況を見極めながら、今のまま走り続けるか、あるいは思いきってピットへ戻ってマシンを交換するのか。状況次第では、その判断が勝負の決定的な分かれ目にもなる。

 実際に、第14戦アラゴンGPでは雨が激しくなるなかでもマルケスはドライ用のスリックタイヤを装着したマシンで走行を続け、それが仇となって転倒リタイアを喫している。

 今回のレースでも、中盤周回にコースの一部でわずかに雨脚が強くなる場所があり、アラゴンのときのことが脳裡を掠めた、とマルケスはレース後に振り返っている。

「あのときは、スリックタイヤで引っぱりすぎたために転倒してしまった。最悪な戦略だったけれども、今回は最適な戦略をとることができたと思う」

 結局、雨は強まることなく、マルケスは2番手を走行するバレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)との距離をぐんぐん開き続けた。ゴール2周前には5秒以上の差を築きあげ、冒頭に述べたとおりシーズン13勝目を達成してチャンピオン2連覇の一年を締めくくった。

 この自分の勝利よりも3歳年下の弟のチャンピオン獲得をなにより喜んだマルケスだが、年間最多勝記録更新(13勝)についても、さほど重要視をしていないのだという。

「ミック・ドゥーハンの記録(年間15戦12勝:1997年)は、正直なところ、自分がそれを塗り替えてすごくうれしい、と思ってるわけじゃないんだ」とマルケスは淡々とした表情で説明した。

「あの当時は、今よりもレース数が少なかったからね。そういう意味では、彼のほうが僕よりももっと勝っていることになるんだと思う。記録という意味では重要かもしれないけど、そんなに大事なものでもないよ」

 たしかに、勝率で見た場合、ドゥーハンの15戦12勝は年間勝率8割で、マルケスの18戦13勝は年間勝率7割2分、ということになる。とはいえ、これだけの高水準の数字をそう簡単に達成できるものではないこともまた、事実ではある。さらに、マルケスの場合はまだ21歳の若者である。18歳の弟と兄弟でチャンピオンを獲得して、ともに抱き合って無邪気に喜びあう様子は、あどけなさすら漂わせている。

 来年も間違いなくチャンピオン候補最右翼であるこのマルケスに、ほかのライダーはいったいどうやって対抗していくのか。今年、年間ランキング2位で終えたロッシは、復活をおおいにアピールした一年になったが、それでも現在35歳である。この年齢で現在の水準を維持していること自体が驚異的だが、今後さらに強さを増していくマルケスに対抗するのは容易なことではないだろう。

 来シーズン、互角以上に戦うためには、今のロッシには何が必要なのか。単刀直入な問いを、本人に訊ねてみた。

「まず、今年から就任したチーフメカニックのシルバノ(・ガルブセラ)とチームは、1年の経験を経ることでマシンのセッティングデータを積み重ねることができた。今の自分たちのバイクは、とても速いし加速力もあるけれども、タイヤが消耗してきたときに、ホンダよりもパフォーマンスの落ち方が大きく、旋回性で大きく損をしている。また、マルクは自分と違うライディングスタイルで、彼の乗り方のほうがコーナーに早く入っていくことができる。その部分も改善したい。彼に勝つのは、もちろん簡単なことではないよ。でも、不可能じゃない。やれると思う」

 21歳であらゆる記録を次々と塗り替えてゆくマルケスも超人的だが、ピークを過ぎた35歳でも、さらに自分を改善して頂点を狙いつづけようとするロッシもまた、超人的だ。2015年も、このふたりを中心にシーズンの戦いが推移してゆくのだろう。

西村章●取材・文 text by Nishimura Akira