【F1】岐路に立つ可夢偉。来季のカギを握るのはホンダ
小林可夢偉がオースティンの空港に降り立つと、雲ひとつない真っ青な空が広がっていた。しかし吹き付ける風は冷たい。
USGPの金曜を迎え、サーキット・オブ・ジ・アメリカズではフリー走行が始まっていた。しかし、ケータハムは前週に経営陣がチーム運営を放棄、すべては管財人の手に渡り、このオースティンにはやって来ていない。
それでも可夢偉がオースティンに行こうと決めたのは、F1をあきらめないという意思表明のためだった。
「状況は厳しいですけど、来年F1に残るということを最優先に考えて、どういうチャンスがあるか、F1の世界に残れるようにできる限りのことはしたいと思っています。だからこそ、こういう状況でもあきらめずに踏みとどまってなんとか努力をしようと思ってここに来ました」
サーキットに到着してすぐに、F1界のボスであるバーニー・エクレストン(FOMのCEO)のオフィスを訪れて彼の側近に会い、チーム関係者との面会もし、海外のメディアに対して自分の気持ちを率直に語った。
「ご覧の通り、ロゴも何もない黒いシャツで来てます。今週は、レースはできないし、(次戦の)ブラジルにも行かないし、(最終戦の)アブダビGPもどうなるか分からないし。正直言って、チームの状況について詳しいことは僕には分からないです。チーム経営陣から連絡はなかったし、ネットの報道を見て状況を知ったくらいです。あとはチームスタッフのみんなから個人的に連絡をもらって状況を理解したという感じです」
7月にケータハムを買収した新経営陣は、チームが抱えた負債を処理することなくレースを続け、最後は資金繰りができなくなって行き詰まった。結局のところ、ドライバーにもチームスタッフにも何ら説明のないまま去っていったという。管財人の手に渡ったチームは、まだアブダビGP出場の可能性と来季への存続の可能性を残してはいるものの、現実的に見てそれは非常に難しいだろうとチーム関係者は語る。
しかし、可夢偉はチーム経営陣に対する怒りはないと言う。
「今はもうそのへんに関しては興味がないというか、考えてもしょうがないことですからね。乗れなかったのは残念やけど、チームの状況はしかたないし、考える時間も無駄やし、その時間があるなら来年に向けて考える方が意味はあると思うからね。
こういう形で終わりを迎えてしまうことは残念ですけど、でも、ここまで15戦走らせてもらったことは幸運だったと思うし、感謝しています。2014年型パワーユニットの経験を積むことができたし、その経験があることが今後に向けた交渉の売りのひとつになりますからね」
だからこそオースティンまで足を運び、パドックへ姿を見せる。逆に言えば、そうまでしなければ"あきらめない意思表明"ができないほどに、可夢偉の置かれた状況は厳しいものなのだ。
ケータハムに見切りをつけたチームメイトのマーカス・エリクソンは、可夢偉と同じようにオースティンを訪れて早々にザウバーへと渡りをつけた。20億円近いスポンサーを持ち込んでのシート獲得だったと言われている。そして、同じく巨額のスポンサーを持つギド・ヴァン・デル・ガルデのザウバー加入も確定的と言われ、残り少なくなったその他の中堅チームの空席にも持参金付きドライバーが列をなしている。
スポンサー額では彼らに対抗しようのない可夢偉には絶望的な状況となっている。
「正直言って、非常に厳しい状況です。2年前よりも厳しいです。現実問題としてお金の額が先行していますし、可能性があるだろうと思われるチームと話をしたところでは、かなり金額が大きかったですから、レースシートの獲得は現実的には厳しいかなと思います。10億円、20億円をパッと集めてこいと言われても僕には厳しいですから。それが集められるなら去年だって苦労しなかったでしょうしね」
そのため、たとえリザーブドライバーであっても、F1界に残ることを優先したいと可夢偉は言う。他カテゴリーでの活動は視野に入れておらず、F1が最優先だと明言する。
「F1に残ることを最優先に考えてますし、他カテゴリーは考えてないですね。もちろんレースができれば良いですけど、そんなに甘くないっていうことも理解してるんで、もちろんリザーブドライバーも選択肢のひとつです」
だが、もし仮にこのままチームが減るとなれば、リザーブドライバーの席すら確保することが難しいかもしれない。それが今のF1だ。
チーム代表5名が出席した金曜のFIA会見では、F1が直面している問題についての質問が乱れ飛び、本来であれば30分を目安として切り上げられる会見が1時間にも及んだ。それだけ誰もが、ケータハムとマルシアの不参加によるチーム数減少を深刻と捉えていると同時に、解決策を見出すことが非常に難しい状況でもある。
そんな絶望的な状況で希望を見出すとすれば、来季からF1に参戦してくるホンダだ。
現在、栃木の研究所では2015年用パワーユニットのベンチテストが行なわれている。来年2月1日までに最終仕様を完成させ、マクラーレンの2015年型マシンに搭載しなければならない。2月末までの実走テストで最後の追い込みを行なうことになるとはいえ、大まかな仕様を固めるまでに残された時間はもうほとんどない。
今まさにパワーユニット開発の大詰めを迎えているホンダにとって、実際に2014年型パワーユニットを操り開発を進めてきたドライバーの生の声を吸収するチャンスはほぼ皆無と言っていい。もしそれができるのなら、極めて貴重な情報となるのではないだろうか。
現時点で他チームとの契約に縛られずにそれができるドライバーは数名しかおらず、その中で可夢偉はずば抜けて経験豊富な存在だ。開幕前のテストからケータハムのマシン改善の方向性を指し示してきたのは可夢偉であり、その成果がようやく形になったのが日本GP最終仕様のCT05だった。そのマシンが可夢偉に与えられなかったのは皮肉ではあるが、エリクソンの好走を見れば可夢偉の開発能力がチームに大きく貢献していたことは明らかだった。
実際、ホンダの技術者の中から、可夢偉の獲得を望む声も聞こえてくる。
日本人として日本のメーカーのために走れるのなら、可夢偉としてもそれは本望だと言い切った。
「そのチャンスがあれば、僕としては嬉しいですね。ホンダさんとしては1年目から勝ちたいという明確な意思を持っておられるので、条件としてもいろいろあるでしょうけど、僕としては今年このエンジンで走って来た経験がありますから、うまく利用してもらえれば貢献できる自信は絶対にあります」
もしホンダが可夢偉を何らかの形で起用するのなら、それは可夢偉を絶望的な状況から救うことになる。それは日本のファンのためにもなり、日本人F1ドライバーの道がつながることで、日本におけるF1の地位向上にもつながり、そしてF1を目指そうという若いドライバーのためにもなる。
いわば、ホンダも可夢偉もファンも得をする、「WIN−WIN−WIN」の関係になるのではないだろうか。
可夢偉がトヨタの育成プログラム出身だという事実が引っかかると言われているが、ホンダがF1復帰にあたって掲げた「勝利」という目標を本気で目指すのなら、過去のしがらみにとらわれず、自分たちにとって最も有益な選択肢を選ぶべきだ。そして、F1に参戦し日本のファンの夢を背負ってやろうという気概があるのなら、変なプライドは捨てて手を結ぶべきだろう。可夢偉はF1にデビューした2010年以来、もう何年も自力で戦い抜いてきたF1ドライバーであり、トヨタのドライバーではないのだから。
かつてないほどの絶望的な状況に置かれてもあきらめず、F1に残るために全力を尽くすと可夢偉は決めた。他カテゴリーで走ってプロのドライバーとして稼ぐことや、レーシングドライバーを辞めるという選択肢もあった。しかし、それは可夢偉の生き方ではなかった。
「ファンの人たちにも周りにもいろんなことを言う人はいるし、『もう十分でしょ』って言う人も多いです。僕にとっては、別の人生を生きようと思えばもっと簡単な道もあったと思います。だけど、まだまだ自分の中でチャレンジをして子どもの頃に見ていた夢を歩んでいきたいと思ったんです。子どもの頃に少しでも速く走りたい、エキサイティングなレースをしたいと思った、その夢を叶えるために僕はここにいるんです。良いクルマにさえ乗れれば、勝つだけの力はあると思うから......」
オースティンの真っ青な空をバックに、可夢偉は言った。その言葉に込められた思いには、一点の曇りもなかった。
F1で勝つこと、チャンピオンになること。目指すべき夢は、可夢偉もホンダも、そして日本のファンも同じだ。それならば、今は同じ夢に向かってファンのために互いに手を取り合って一歩前に進んでも良いのではないだろうか。
米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki