昨年の雪辱を果たし、AutoGPでチャンピオンを獲得した佐藤公哉

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ヨーロッパで単身、F1に向けて挑戦を続けるタキ・イノウエの秘蔵っ子、佐藤公哉(きみや)。今季はF1の登竜門GP2シリーズ挑戦と同時に、昨年あと一歩でタイトルを逃したAuto GPシリーズにも参戦。こちらはすでに6勝を挙げ、シーズン終了を待たずにチャンピオン獲得! 見事、昨年の雪辱を果たした佐藤選手を直撃した。

―まずは、おめでとうございます

佐藤 ホッとしました。

―今年は、GP2シリーズとAuto GP、ダブルエントリーの予定だったんでしょうか?

佐藤 いえ、もともとはGP2一本の予定だったんですけど、Auto GPは開幕の1、2週間くらい前に急遽(きゅうきょ)参戦することになったんです。自分としてはAuto GPを卒業したつもりでしたし、初戦のモロッコって、僕が去年、食中毒でぶっ倒れたところなので、正直行きたくなかった。ぶっちゃけ、テンションゴン下がりでした(笑)。

―それでもチャンピオンになっちゃうんだからスゴいなあ。当然、チームはタイトル獲得を期待していたと思うんですが、プレッシャーは感じた?

佐藤 うーん、そういう雰囲気を感じたのは、シーズン中盤くらいからですね。最初は本当に、一戦一戦、契約書も結ばないで「次は出る、出ない?」みたいな感じだったんで。

―そ、そうなんだ……。

佐藤 ただ僕、レーシングカート始めてから20年近くレースをやってるのにずっと2位とか3位とか4位ばかりでチャンピオンになったことがなかったんです。だから「タイトルの取り方をそろそろ知っておいたほうがいいよ」と、チームからも言われていました。

で、チャンピオン決定のときって、まるでドラマみたいなことが起こったりするじゃないですか? ほかのレースでも。

―やっぱり起こった?

佐藤 はい。タイトルを決めたニュルブルクリンクの予選でいきなりブレーキが抜けちゃって、ペダル踏んだらペタンって倒れちゃったんです……。

―おおおっ、怖えぇ!

佐藤 しかも土砂降りの雨の中ですよ! 必死でピットに戻って「これ、ダメだよ」って言ったら、チームが「直したら行けるから」って穴が開いたブレーキの油圧ホースをガムテープで直し始めたんです……。

コースに出たら、やっぱり案の定、ブレーキが全然利かなかった(汗)。結局、そのまま1コーナーで真っすぐ壁に刺さって救急車で運ばれました。幸い胸の筋肉を痛めただけで骨は折れてなかったですけど。

―それ、予選ですよね。

佐藤 その後、決勝第1レースでは優勝できたんですが、第2レースでは5周目くらいにフロントカウルが取れちゃって、サスペンションむき出しのマシンで必死に3位に滑り込んでの王座決定です(汗)。

―初のタイトルを獲得して、見えてきた「景色」みたいなものはありましたか?

佐藤 いや、想像していたよりも普通というか、もう過去の出来事っていう感じですね。今年はもうひとつのGP2シリーズで成績を残せてないので、片方で勝ってもそんなに喜べないです。

―そのGP2シリーズだけど、Auto GPと比べて、どういう違いが?

佐藤 車の特徴としては、そんなには大きな違いはありません。ただ、エンジンはAuto GPは550馬力、GP2は600馬力ぐらいあるんで、GP2のほうがちょっと速い。一番違うのはタイヤですね。摩耗が早くて「消しゴム」みたいなタイヤなので、すぐダメになります。

予選は全開で一周速く走ればいいんですけど、レースは速く走るとタイヤがダメになるので、ゆっくり走って、周りが落ちていくのをひたすら待つ感じです。抜けないし、無理して抜きにいくとタイヤを傷めちゃう……。フラストレーションがたまります。

―そういう意味では予選でいかに上位に食い込むかが重要?

佐藤 メチャクチャ大事です。ところが僕たちのチームは車のセットでかなり悩んじゃって安定もしないですし、それが苦戦している最大の理由ですね。

―GP2はF1への登竜門といわれています。ともに戦っているドライバーはどんな感じ?

佐藤 強敵ぞろいですね。F1の登竜門といっても、最近はGP2のチャンピオンがF1に行けないことも多いので、今年で4年目とかの“若手のベテラン”みたいな人も結構います。予選は1秒差の中に20台以上が入る接戦なので、前とのタイム差が1000分の1秒とかが当たり前です。それぐらい過酷なカテゴリーですね。

―今、若い日本人ドライバーで、現実にF1を目指している、という人があまり見当たらない中、ヨーロッパで戦う佐藤選手に期待している人は多いと思います。F1に一歩一歩近づいているという実感は? また、F1に行くためには何が必要なのか?

佐藤 もちろん「乗ってやるぞ」とは思っていますけど、実際のところ距離は縮まってません。でもネガティブなことじゃなく、F1の世界が以前とは変化しているんです。ここ数年はGP2王者でもF1に乗れずに消えていく人も多い。一方で去年の僕のように、突然F1のテストや鈴鹿のリザーブドライバーの話が湧いて出ることもある。

速いだけでも、お金があるだけでもダメなので、ともかくF1が「見える範囲」に必死にしがみつきながらチャンスを待ち続けるしかない……。本当に忍耐って感じです(笑)。

―うーん、大変だなぁ。気持ちが折れそうになったりは?

佐藤 もう何回も折れてますよ(笑)。でも、応援してくれている人たちのことを考えると、そういうワケにはいかないんで、折れかけた心をもう一度くっつけて頑張るしかない。それは、みんな一緒だと思うし、ここで負けたら終わりですからね。

(取材/川喜田 研 撮影/有高唯之)

●佐藤公哉(さとう・きみや)

1989年生まれ、兵庫県出身。昨年、AutoGPにユーロノヴァ・レーシングから初参戦し、2013年F1日本GPではザウバーのリザーブドライバーを務めた。今年はGP2にも参戦中だ