【新車のツボ87】ボルボS60ポールスター試乗レポート
ボルボ......と聞いて、モータースポーツを想起する日本人は少ないと思う。ボルボは、F1や世界ラリー、ル・マンといった、日本で一般的になじみあるカテゴリーにワークス参戦したことは基本的にない。ただ、ボルボがモータースポーツと無縁というわけではない。歴史的に見ると、市販セダンベースのサーキットレース(=ツーリングカー)でボルボが活躍した時代は、これまでに何度もあった。
ボルボマニアの間で今も語り草となっているのが、1980年代の中ごろのETC(欧州ツーリングカー選手権)。当時は世界最高レベルのツーリングカーレースだったETCで、ボルボは85〜86年の2年連続で年間タイトルを獲得。当時のボルボといえば"四角四面のボディデザイン"が特徴だったから、サーキットを疾走するボルボ240ターボは"フライング・ブリック(=空飛ぶレンガ)"なんて呼ばれたりした。
また、90年代にはBTCC(英国ツーリングカー選手権。厳密には英国のローカルレースだったが、世界的に大人気だった)に、あえてワゴン(!)の850エステートで参戦して、話題を集めたこともあった(まあ、その後にやっぱりセダンに切り替わったけど 笑)。この時代のBTCCボルボは、われらがタミヤのプラモデルやラジコンカーでモデル化もされたから、その姿を記憶している人も少なくないだろう。
今のボルボも、じつは地元スウェーデンのツーリングカーレースを中心にモータースポーツに参戦していて、実質的なボルボワークスとして機能しているのが"ポールスターレーシング(以下、ポールスター)"である。
ポールスターはこれまでもボルボ用のカスタムパーツやエンジンチューニングメニューなどを提供していた。しかし、今回取り上げるS60ポールスター(ちなみに、ワゴン版のV60ポールスターも同時発売)は、エンジンだけでなく、ボディや内装、サスペンション、ブレーキ、変速機......にいたるまで"全身ポールスター"というべきコンプリートカーだ。
96年に設立されたポールスターが市販車を1台まるごと手がけるのは今回が初。もっというと、ボルボがこれほどマニアなスポーツモデルを発売するのも史上初の快挙といっていい。しかも、今回は世界限定750台というレアもの。なんだかんだいっても、日本はこの種のマニア物件がけっこう売れる市場なので、日本販売分はそのうち90台にものぼる。
さて、この種のメーカー純正のマジモノチューニングカーというと、普通の感覚ではとても公道で乗る気にならないほど、うるさくてガッチガチのケースもなくはない。しかし、このS60ポールスターは、強いていえば、私が心酔してやまないルノースポール(第66回参照)に似たタイプ。基本的にはパワー絞り出し&アシ締め上げ系なんだが、本物のプロフェッショナルが丹精を込めた絶妙な"寸止め"の仕上げ。走るシーンによっては普通のクルマより快適であったりするし、あらゆる操作に正確にピタッと反応するので、慣れると運転しやすいことこのうえない。
エンジンは直列6気筒にターボを組み合わせて、盛大にパワーを出したタイプ。排気量は3.0リッターだが、最大トルクは5.0リッター級である。量産エンジンで直列6気筒というと、ほかにはBMW(第69回、78回参照)くらいしかない。
今どきは直列6気筒というだけで、マニアのツボはヒクヒクするのだが、このポールスターエンジンは、まあ、気持ちいい。もともと直列6気筒とは回転でツブが揃って"泣き"が入るエンジン形式であり、今回のようにプロが本気で仕上げた直列6気筒となれば、そりゃもうトップエンドで甘美なハイトーンでわなないて、アクセルペダルに乗せた右足にむしゃぶりつくように反応する。ハッキリいって、マニアはこのエンジンだけでゴハンが何杯でも食べられる!
もちろん、このクルマもあのボルボが市販する商品なので、掛け値なしに世界最高峰の自動運転系ハイテクや安全性能はすべて備わる。だいたい、この種の本物のスポーツモデルは「まかり間違えば......」という危険な薫りがただようもので、誤解を恐れずいえば、そこもまたマニアのツボだったりする。しかし、ポールスターはちがう。「死ぬほど速いのに、ぜんぜん死ぬ気がしない!」というところが、なんだかとっても新しいツボである。
佐野弘宗●取材・文 text by Sano Hiromune