「僕の声が恐い? よく言われますけど、上の人間からはもっと締め上げろって言われていますよ(苦笑)。そもそも、レース中にうれしそうにしていたらおかしいでしょ?」

 ロマン・グロージャンとコンビを組んで3年目、ロータスのレースエンジニア小松礼雄(あやお)は、8号車に携わるすべてのエンジニアやメカニックたちを束ねる立場にある。レース中に無線でドライバーと交信し、指示をして好走に誘(いざな)うのも小松の役割だ。

 世界中に配信されるテレビ中継の国際映像で、小松の無線音声が度々流れる。感情的に喚くグロージャンと、冷静に諭す小松。グロージャンをここまで成長させた「アヤオ・コマツ」の存在は、すでに世界中のF1ファンの間で認知されている。

「人の長所と短所をうまく見極めること。その人に何ができて何ができないのかをきちんと把握することですね。それから、いかにやる気を出させるか。誰からどんな能力を引き出すかという、スタッフのコーディネーションも必要です」

 イギリス人を中心とした多国籍混合チームを束ねている小松は、事も無げにそう言う。

 グロージャンとともに何度もトップ争いを繰り広げた2013年は、小松にとってレースエンジニアとして大きく成長した1年だった。それまでは目の前のレースを戦うことに自分のキャパシティの大半を費やさなければならなかったが、今は「キャパの60%で戦えるようになった」(小松)ことで、周囲に目を配る余裕が生まれた。それがチームを束ねるリーダーとしての統率力を高めることにつながったのだ。

「人間としては成長してないですよ、気が長くなるわけでもないし、人に優しくなるわけでもないし(笑)。でもね、なるべく褒めて育てようと思ってるんです。僕は元々が厳しい人間だから、そのくらい意識しておかないと恐ろしく厳しくなっちゃう(笑)。僕だったら何か言われたら『なにくそ!』と思ってやる気を出すけど、みんなが自分と同じ性格じゃないですからね」

 大変革の2014年シーズン、ロータスは大きな飛躍が期待されていた。しかし、チームは大きくつまずき、低迷を強いられている。従来とは異なるさまざまな要素を秘めた真新しいパワーユニットと車体、その熟成は遅々として進んでいない。

「冬に走れなかったせいで、僕らは3月の開幕戦に向かう時点で何も分かっていなかったんです。予選シミュレーションも、レースシミュレーションもしていないような状態で開幕を迎えた。それで、シーズンが始まってからようやく問題点が分かりはじめてきたんです。その遅れが痛かった」

 そう言って小松は苦笑いをする。

 いや、苦笑いするしかないのだ。はっきり言って、今のロータスの状況は極めて深刻だ。クルマのどこが悪いのかは把握できている。しかし、それをどうすれば直せるのかが究明できない。究明するための人材と資金がないからだ。そんな状況で、レース現場の小松たちにできることには限界がある。

「今年のクルマの素性のどこが悪いのかということは、データを見て分かっているんです。でも、すごく優秀なエンジニアたちが何人もいなくなっちゃいましたからね。その人たちはメルセデスAMGやフェラーリ、ウイリアムズの空力部門責任者になっているんです」

 チームを所有する投資グループは十分な資金を投入しておらず、ほぼ現状のままのクルマで転戦するだけで精一杯の予算しかない。

「彼ら(チームオーナー)の問題は、去年ウチが上位で健闘していたのは『自分たちのおかげだ』と思ってることなんです。去年はそれ以前の積み重ねがあったから上位まで行けただけで、本当はあの予算であの成績というほうがおかしいんです。でも彼らは、あの予算であの結果が出せるのが当たり前だと思ってしまった。だから今年になって『なんでこの予算で結果が出せないんだ』ということになっている。僕は上の人たちに対して文句を言っているんですけどね」

 そんな中でも、小松とグロージャンは腐らずに必死に戦っている。

 チームメイトのパストール・マルドナドは荒れたレースが続いており、いまだノーポイント。しかしグロージャンは、かつて非難を受けた荒っぽい走りが嘘のように堅実で、チームメイトを上回る速さを見せ、マシンで優っているトロロッソ勢と同等の8ポイントを稼いでいる。

「ロマンは去年の後半戦に成長したあの積み重ねがあったからこそ、今年どんなに酷くてもきちんと戦って、予選でもチームメイトに対してほとんど勝ってるじゃないですか? パストールなんてクラッシュしまくっているけど、 2年前のロマンだったら、今のパストールと同じようになっていたと思います」

 グロージャンをそれだけ成長させたのも小松なら、目の前の苦境のなかで耐え忍び、堅実に戦わせているのも小松だ。高校の時は数学が苦手で英語もまったくできなかったというのに、F1の世界を目指してイギリスの大学に飛び込み、ここまで叩き上げてきた小松だからこそ、今の苦境にも真摯に向き合い、チームを鼓舞し、自分たちにやれるだけのことを貫き通すことができるのかもしれない。

「優勝でも20位でも、仕事の量は変わらないんですよ。みんな許された時間の中で最大限に働いていますから。マルシアの仕事量がメルセデスAMGより少ないわけでもない。とはいえウチは、開幕戦は水曜の夜は徹夜で、金曜も1時間しか寝られませんでした。グランプリでそんなのは初めてでしたね」

 超高速のイタリアGPでは、ザウバーに先を行かれ、同じルノー製パワーユニットを積むケータハムからの突き上げをくらうほど苦戦を強いられた。それは空力パッケージの不出来ゆえの結果だったが、昨シーズン後半戦に優勝争いを繰り広げていたチームとしては屈辱的な週末だったと言うしかなかった。

 しかし、どんな難題を突きつけられようとも、その解を求めることに執念を燃やし、そこに快楽を見つけ出すのが技術者というものだ。その点においては、2014年のF1は面白い。

 小松は言う。

「いちエンジニアとしてはやりがいがあります。技術者としてのリサーチプロジェクトだと考えれば、やっていて面白いです。これまでとはまったく違う観点からものを見なきゃいけないし、知らなかったこともたくさん勉強しなきゃいけない。そういう意味ではすごく面白い。でも僕らはレースをして結果を出さなきゃいけないですからね。そういう意味では最悪です」

 最後にそう言い切るあたりが、小松らしい。きれい事だけで飾ったり、自分を正当化したりしない。協調性を重視する日本人的思考とは無縁で、言うべきことは言い切る。小松が小松たるゆえんだ。

 この先もロータスにとっては厳しいシーズンが続く。しかしきっと、これからも小松がレースをあきらめることはないだろう。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki