“ぬぅ”っと妖怪や幽霊が現れる「すっぽん」ってなに?

写真拡大 (全3枚)

静岡県浜名郡舞阪町にある浜松湖といえば、「すっぽん」養殖発祥の地として知られている。そんな舞阪町が、すっぽん養殖100周年を記念して2000年に「すっぽんの日」を制定。“月とすっぽん”のことわざにちなんで十五夜の日が選ばれた。

舞阪町観光協会有志は今年も「すっぽんの日」を祝し、9月6日に開催された「浜名湖すっぽん元気まつり」ですっぽんの身やだしを使ったスープを市民に提供したという。なんとも贅沢なお祭りだ。

中秋の名月といえば美しい月に目がいってしまいがちだが、この季節はすっぽんにも脂が乗り、栄養価が高く食べごろの時期なのだとか。すっぽんといえば精力増強のイメージが強いが、豊富なコラーゲンで美容効果も期待されている。食欲の秋にはもってこいの食材なのだ。

■妖怪が現れる「すっぽん」!?
そんな「すっぽん」、じつは食欲の秋だけでなく、「芸術の秋」を楽しむ際にも注目したいところ。歌舞伎ファンの中には「食べないすっぽん」を想起する人もいるはず。それが“幽霊”や“妖怪”が現れるという、「すっぽん」だ。

日本の伝統芸能である歌舞伎、その舞台装置は長い歴史とともに進化を遂げてきた。そんな歌舞伎の舞台装置に欠かせないものといえば、舞台の床の一部がくりぬかれ、奈落(舞台の床下にある空間)から舞台上にせり出してくる「迫・迫り(せり)」と呼ばれる装置だ。

歌舞伎の世界では、すでに18世紀の半ばから「迫り」が存在しており江戸時代には人力で大道具や役者を昇降させていたのだという。その「迫り」のなかでも、“幽霊”や狐が人間に化けた“妖怪”などが現れる「迫り」が「すっぽん」と呼ばれる。

観客が客席に座った際、下手側(左手)に見える通路が、いわゆる「(本)花道」と呼ばれるもの。場合によっては上手側にもうひとつ仮花道を設置し、「両花道」の演出をすることもある。この(本)花道の「七三(しちさん)」と呼ばれる場所に設置されている小型の「迫り」が「すっぽん」だ。

役者が“ぬぅっ”と首を出す様がすっぽんを連想させることから、この名がついたと言われている。「すっぽん」は、原則として妖術使いや妖怪、幽霊、また空想の生き物など、この世のものでないもの(※人間以外の役)が使うという決まりだ。

歌舞伎初心者には物語の展開が分かりづらいことも多いが、「すっぽん」からはこうした人間以外の存在が登場すると知っていれば、それだけで演目の世界に入って行きやすいかも……?

■すっぽんを堪能できる演目の数々
では、どういった演目で「すっぽん」を堪能することができるのだろうか。

たとえば、「すっぽん」を使う演目のなかでも有名なのが「義経千本桜」だ。これは平家滅亡の後、頼朝との不仲になった源義経を中心に、生き残りの平家たちの動向を描いた作品で、現在でも上演される人気演目である。

この作品に登場する佐藤忠信。実は、神通力(じんつうりき)を持った源九郎狐が化けていた姿……。そんな源九郎狐が登場する「河連法眼館(四の切 しのきり)」というシーンで使われるのが「すっぽん」だ。

狐の本性を現して以降の忠信のせりふは、それまでとは打って変わり、「狐詞(きつねことば)」と呼ばれるせりふ回しが用いられる。狐らしさを表現するために指先をまげて狐の手を模し、狐の毛並みをおもわせる白い絹の衣装で登場――。

欄干渡りや宙づりが披露されるなど、外連(けれん)と呼ばれるダイナミックな演出が楽しめるシーンとして愛されている。

このほかにも、カエルが化けた滝夜叉姫が登場する「将門」、鯉が化けた志賀之助が登場する「鯉つかみ」、さらにネズミが化けた仁木弾正が登場する「伽羅先代荻」でも「すっぽん」が使用される。

このように、人間以外の存在が登場し、「すっぽん」を用いた演出のおもしろさを堪能することができる作品はさまざま。実際に客席で観てみると、独特の怪しげな雰囲気に魅了されてしまうこと間違いない。

食欲の秋と芸術の秋を、共に「すっぽん」で楽しんでみるのも一興かもしれない。
(はなふさ ゆう)