レース序盤の静謐(せいひつ)な緊張感に満ちた展開から中盤の劇的なバトル、そして最終盤ではコンマ数秒のタイム差でありながら相手を寄せ付けずに完璧にレースを支配する圧巻の締めくくり......。シルバーストーンサーキットで行なわれた第12戦イギリスGPは、史上最年少王者のマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が、またもや全方位的な勝負強さを発揮して勝利を収めたレースだった。

 前戦の第11戦チェコGPは、開幕以来破竹の快進撃を続けてきた連勝についにストップがかかり、4位でフィニッシュ。昨年MotoGPへステップアップして以来、完走したレースではワーストリザルトなった。レース翌日にブルノサーキットに居残って行なった事後テストでは、なぜ優勝を争う走りができなかったのかを検証した。

「ブルノのレースではベストセットアップを見つけることができなかった。コース特性も僕には合っていなかったのかもしれない。さらに、何らかの理由でリアがかなりスピンしてしまった。不思議なのは、土曜も速かったし決勝日朝のウォームアップでも速かったのに、レースではなぜか苦戦してしまった、というところ。月曜にまったく同じセットアップで走り出したら、速く走ることができたんだ。なにかひとつの問題があってそうなったのではなく、いろんな要素が絡みあった結果なのだろうと思う」

 前戦の決勝レースで不本意なリザルトに終わった原因を分析したマルケスは、この月曜の事後テストで問題を解決した際の変更点については「タイヤを変えただけなんだよね」と、あっけらかんと答えた。

 ことほど左様に、常人の域を超えた強さを披露し続けるマルケスは、今回の第12戦でも金曜日午前のフリープラクティス1回目から、全セッションで終始トップタイムを記録。圧倒的に優位な状態で日曜の決勝レースを迎えた。

 対照的に、ヤマハ陣営は金曜の走り出しで低迷。シルバーストーンで2012年と2013年の2年連続優勝を飾っているホルヘ・ロレンソ(モビスター・ヤマハ)は、タイヤ性能を存分に引き出すことができず、初日(金曜フリー走行)の順位は全23選手中11番手。

 本人もこの低迷にはさすがに頭を抱えたようだが、そこは二度の世界タイトルを獲得した技倆とヤマハファクトリーチームの豊富な引き出しで対応し、土曜の予選は3番手。日曜の決勝でも、序盤からマルケスを背後に従えてトップを走り続け、マルケスがアタックを開始した中盤以降でも、ラインを交錯させて激しいバトルを繰り広げた。

 何度かマシンが接触するような激しい駆け引きを経て、最後はマルケスがコンマ数秒の優位をつかんでレースを支配し、今シーズン12戦中11勝目を達成した。

「今日はこんなレース展開になるとは予想していなかった。僕は土曜の午後や今朝のウォームアップと同じようなペースで走行できたけれども、決勝レースではホルヘが序盤からハイペースで飛ばしてきた。金曜と土曜よりも暖かくなった日曜の温度条件で、ヤマハのふたり(ロレンソとロッシ)がいいリズムで走っていた。最後はホルヘと戦って、25ポイントを獲得できたのでよかった。(勝てなかった)ブルノのあと、表彰台の頂点に戻れてうれしいよ」

 そう話す口ぶりや全20周回のレースの印象からは、最初から最後まで両者が無我夢中で戦い抜いた熱戦のようにも見えるのだが、優勝を収めた当の本人、マルケスにしてみれば、沈着冷静に状況に対応し、狙いどおりのタイミングで勝負を仕掛けてつかんだ優勝、というのが真相のようだ。

 上記の言葉に続き、「レースでは序盤からいい調子で走れたけれども、最後まで様子を見ながら戦略的に走って、中盤以降から攻めるようにしたんだ。その後、一度抜き返されて自分もミスをしたけど、18周目に再度自分が抜き返してからは少し距離を開くことができた」というコメントにも、それははっきりと現れている。

 マルケスとロレンソは、第6戦イタリアGPでも今回と似たような接近戦を繰り広げ、最後はマルケスが勝利を収めた。

 そのときのバトルと比較をすると「ムジェロのときの方が難しかった。あのときは最初から最後までずっと100%で走り続けたけれども、今回は自分の方が速そうだったので、序盤は後ろにつけて走っていたんだ」とレース展開を振り返りつつ、「たしかにムジェロのほうが大変だったけど、ラクなレースなんてないよ。今日も全力で走った。このコースはバンプ(路面の凹凸)も多いし、あっちこっちでマシンがスライドしたけど、愉しいレースだった」と、しっかりフォローを入れることも忘れない。

 一方、ロレンソはマルケスとの戦いに敗れて2位に終わったものの、低迷した金曜からの上げ幅を考えれば、まず今回は納得のレース、という表情だった。

「金曜は1周あたり1.3秒のタイム差があったことを考えれば、20周の決勝レースを0.7秒差でフィニッシュできるとは思ってもいなかった。自分たちが抱える問題を解決するために、決勝前のウォームアップで微調整を加えて、マシンのリーンアングル(バンク角)を稼げるようになったんだ。レース終盤にタイヤが摩耗しはじめてからは、序盤のようにコーナー立ち上がりで充分に加速することができず、ブレーキングで負けても加速でリカバーしてくことができなかった。それでも、初日から考えればかなり良く出来たので、今回はいいレースウィークだったと思うよ」と、むしろさばさばした表情で今回の敗因を自己分析した。

 ロレンソのチームメイト、バレンティーノ・ロッシは3位表彰台を獲得したものの、トップ2台とは8秒近い差をつけられたフィニッシュだった。

 ロレンソと同じマシンで、金曜は同じように低迷して土曜に劇的な改善を果たしながら、決勝レースのリザルトには大きなタイム差が開いてしまった。その原因についてロッシは、自分はずっとシルバーストーンが不得意で今回初めて表彰台を獲得できた一方、ロレンソは当地を大得意コースにしているという差が大きい、と話した。

 さらに「レースのラップタイムはホルヘと僕はそんなに変わらなかったけれども、ホルヘの方がタイヤの温存がうまくて、最後までグリップ力を上手に残していた」と分析。次の第13戦は、ロッシの自宅からもほど近いサンマリノGPだが、「去年は、ブレーキングに大きな課題を抱えていたので4位に終わった。それでもレース半分くらいまで、トップ集団について走れた。今年はブレーキを強く出来ているしバイクのセッティングもよくなっているから、最後まで彼らと勝負できると思う。今年はホンダ、とくにマルクがレース終盤に圧倒的な強さを見せていて、最後まで軽々とペースを維持できているようなので、僕たちも最後まで勝負できるようにバイクのいいバランスをみつけたい」とホームGPに向けた抱負を話した。

 去年の第13戦サンマリノGPはロレンソが優勝、マルケスは2位で終えている。今年のレースでマルケスが優勝を飾れば、12勝目。ミック・ドゥーハンが1997年に達成したシーズン最多勝記録に並ぶことになる。

西村章●取材・文 text by Nishimura Akira