いきなり別のクルマの話で恐縮なのだが、先日発売されたダイハツの新型コペンは世界唯一の軽自動車スポーツカーであり、その開発リーダーをつとめたF氏 は、長年シャシー開発や走りの味つけを担当してきた人物。そんなダイハツきっての"走りのプロ"が、新型コペンの開発で参考・目標にしたクルマとして、 真っ先にあげたのがポルシェと、ほかでもないフォード・フィエスタだった。

 ポルシェは世界最高峰のスポーツカーだから、軽自動車とはいえスポーツカーのコペンが参考にするのは、当然といえば当然だ。そのいっぽうで、コペ ンはほかのダイハツ軽自動車と、クルマの基本部分を共用するFF車である。というわけで、コペンがより具体的な"目標"としたのが、同じFF車であるフィ エスタ......ということだ。

 最近でもフォーカス(第52回参照)やクーガ(第68回参照)などを好んで取り上げている私は、いうまでもなくフォードファンである。だから、「フィエスタを目標にした」という一点だけで、新型コペンは楽しいスポーツカーにちがいないと、(乗る前から)確信した。

  現在のフィエスタは世界中で販売されるワールドカーだが、そもそもは欧州で開発されて、欧州だけで販売されてきた典型的な"欧州フォード"のひとつだ。こ の最新のフィエスタも世界中で生産されてはいるが、開発を主導したのは欧州拠点。しかも、この日本仕様もドイツ製で、いまだに"正真正銘の欧州車"の味わ いが、ムンムンに色濃いのだ。

 フィエスタを含む欧州系フォードは、とくに(ただでさえ走り自慢が多い)欧州において"走りがいいクルマ" という確固たる定評を得ている。欧州のクルマメディアでコンパクトカーの比較テストというと、必ずといっていいほどフィエスタが引っ張り出されて、少なく とも走りでは"ベスト"とか"トップクラス"と評されるのが恒例である。

 フィエスタのクルマづくりは良くも悪くも基本に忠実で、奇をて らったり、分不相応に高性能な部分はない。だから、フィエスタの走りのツボを、写真や数字などの具体例で表現しにくいのが、本当に口惜しくてしかたない。 いつものように「とにかく乗ってみて」としかいいようがないクルマだ。

 フィエスタは4本のタイヤが本当に生き物のようにヒタリと吸いついて、ステアリングやシートから伝わるグリップ感は、道路に素っ裸で座って、アス ファルトを素手でなでているかのようにリアル。小さいナリして速度が上がるほど乗り心地はピタリと落ち着いて、ステアリングやアクセル、ブレーキ......と いった微妙な操作すべてに、嬉々として反応するから、街中でもなんでも、まさに"操っている"という実感は絶えることがない。

 日本仕様は16インチなどというちょっと過剰気味のスポーツタイヤを履いているんだが、それでも矢のように直進して、ワンダリング(=ワダチなどで進路が乱されること)もほとんど感じられない。フィエスタの基本フィジカルが優秀な証拠である。

  そしてエンジンも強力無比。フィエスタのエンジンも昨今の欧州で流行っているダウンサイジングターボのひとつで、従来の1.6リッタークラスの性能をも つ。ただ、他社の同等エンジンが1.2〜1.4リッターの4気筒なのに対して、フィエスタは1.0リッターの3気筒。それなのに、アクセルひと踏みでのけ ぞってしまうほどパワフル。しかも、3気筒とは思えない滑らかな高級感すらただよう。いやホント、このエンジンはマニア悶絶の歴史的な名機といってもよ い。

 冒頭のダイハツF氏は、フィエスタの走りの美点を「ワインディング(=曲がりくねった山坂道)を走るときのクルマの姿勢と、インフォ メーションの伝え方」と説明した。なるほど、そこがフィエスタのツボである。ことわっておくが、新型コペンの開発中にはフィエスタはまだ日本で販売されて いなかったし、軽自動車とフィエスタは販売上のライバルでもなんでもない。なのに、コペンの開発で、ダイハツはフィエスタを目標にした。

  F氏へのインタビューでフィエスタの名前が出たとき、その意外性とダイハツの見識、私のツボはもうビンビンに刺激された。そして、軽自動車の開発で、より によってフィエスタに目をつけるあたり、やっぱりプロはわかってらっしゃる......と、私はひとり感涙を浮かべちゃったりしたのだった。

佐野弘宗●取材・文・写真 text&photo by Sano Hiromune