毎年夏に開催されるサイクルイベント、ツール・ド・妻有。数十人から始まり、今では600人を越える参加者を誇る。越後妻有トリエンナーレの開催年には全員で同じジャージで疾走する。

写真拡大 (全4枚)

深い夏の緑が茂る山間のきつい勾配を、揃いの黄色のジャージを着た選手たちが団子状の緩やかな集団を形成しながら息を切らせ気味に駆けていく。頂きの手前わずかに失速したかのように見えると、次の瞬間下り坂の重力に引っ張られ自転車は綺麗に加速していく。集団がすうっと糸を引くように伸び、一本の長いラインを形成し山肌を流れるように下っていく。

ツール・ド・妻有。コシヒカリで有名な新潟の越後妻有地域を中心に行われ、今年で9年目を迎えるサイクリングイベントだ。2000年代に入ってからの自転車ブームで多くのサイクリングレース/イベントが開催されるようになったが、これはただのサイクリングイベントではない。

イベント自体がアート作品として認められているのだ。世界的な国際芸術祭として名高い「大地の芸術祭 越後妻有トリエンナーレ」の正式作品としてエントリーされている。越後妻有トリエンナーレとは3年に一度新潟の十日町・津南町を中心に開催されるもので、地域全体をひとつの美術館と見做して、広い地域に多くの現代アートが偏在する地域参加型芸術祭だ。

「2000年のトリエンナーレに作品を出品し会場を自転車で回ったのですが、皆作品ばかり見て、途中にある折角の綺麗な景色を全然見ていなかったんです。作品と作品をつなぐミュージアムツアーのような作品ができれば地元のこともわかるようになるし面白いかなという思いから企画しました」

そう話すのはツール・ド・妻有の発起人であり実行委員会委員長の伊藤嘉朗さんだ。

しかし3年に一度、トリエンナーレの開催年に600人の参加者が揃いの黄色いジャージを着て走行するのを除くと、普通のサイクルイベントと何ら変わらないように見える。どこがアートなのだろうか。

「まず単純に揃いの黄色いジャージが山の中をジグザグ走っていく様子が美しいということがあります。『動く彫刻のようだ』と言ってくれる人もいます」

越後妻有の自然を舞台にしたインスタレーション(一つの空間全体を作品として体験させるアートの手法)という側面に加え、多様な人が入り交じる面白さがあると伊藤さんは続ける。

「通常アートイベントというと、アート好きばかりが集まってしまいます。でもツール・ド・妻有にはただの自転車イベントだと思って参加する人もいますし、イベントがやってきたことを喜んで参加する地元の人たちもいます。トリエンナーレ好きのアートファンで、自転車を初めて買って参加する人もいますが、そういう人はごく一部です。(越後妻有トリエンナーレの)アートディレクターの北川フラムさんも、アートとは関係のないアスリートが来ることを面白がってくれたのだと思います」

アートに馴染みの少ない人が参加することで新たなケミストリーが生まれると伊藤さんは言う。

「地元の人はもともとアートとは無縁な人が多かったのですが、(トリエンナーレが3回目を迎える)2006年頃から現代アートに対して作家も考えてもみないような鋭い意見をいうようになってくるんです。逆にアートファンだけの集まりですと、自家中毒をおこしがちです」

9年目を迎えたツール・ド・妻有は、伊藤さんの意図をも越えた作品として成長していっている。地元の人が勝手にスイカやキュウリを配るエイドステーション(給水所)を作ったり、イベントジャージを着たもの同志が東京や北海道など、妻有とは離れた場所で出会い親交を深めたりと、いろいろなレベルのコミュニケーションが発生してきている。

今後GPSやAR(拡張現実)技術を使って、このイベントを進化させることも検討しているという。

たしかに面白そうなイベントではあるが、これは「アート」なのだろうか?そもそもアートとは何なのだろうか?

「難しい質問ですね。あることを伝えようとしたとき、たとえばこの町は過疎が進行していて、こういう人が住んでいて、どういう産業があるかという情報は、文章で読んでも中々頭に入ってこないと思うんです。でもこういうイベントで実際に自転車で走ってみると、急峻な地形に棚田がある様子とか、人々のフレンドリーさとかが実感でき、網羅的ではなくともより深く伝わることがあると思うんですよ」

つまりあることに別の視座を与えることによって、より深く物事を伝えるようにするための装置がアートというわけだ。

今年のツール・ド・妻有は8月24日の開催で、残念ながら参加申込みをすでに打ち切っているが、来年2015年はいよいよ3年に一度の越後妻有トリエンナーレの開催年。この年にこのイベントに参加してみたいと思う人もいるだろうが、興味を持った人はどうすればいいのだろうか。

「一番いいのは見てもらうことです。選手として参加する以外にも、勝手にエイドステーションを出したりすることもできます。またツール・ド・妻有の様子は映画にもなっています」

海外の映画祭にも出品されている短編映画『名前のない道〜TOUR DE TSUMARI』は、越後妻有のきれいな山間を自転車が駆けていく様子や地元の人々との交流が、静謐で美しい音楽とともに収められている。

映画の一般公開の予定はないが、9月16日には都内で上映イベントが開催されるので、興味のある方は『名前のない道』Facebookページでチェックして欲しい。また同ページではDVDの購入方法も記されている。

アート好きにも、自転車好きにも稀有なこのイベント、来年の参加に向けて今からトレーニングを初めてみてはいかがだろうか?
(鶴賀太郎)