【新車のツボ84】日産ティアナ試乗レポート
「今のティアナってどんなクルマ?」と訊かれて、即座に正しくイメージできるのは、失礼ながら、よほどのクルマ好きか日産ファン、あるいは自分で旧型のティアナにでも乗っている(いた)人くらいだろう。
日産ティアナは日本でも最大級に近いサイズの4ドアセダンで、駆動方式は前輪駆動。エンジンは普通の4気筒。価格は200万円台後半〜300万円ちょい。安いクルマではないが"高級車"というほどでもない。同じ日産のスカイラインもティアナとほぼ同サイズだが、こっちはベンツビーエムなどとガチンコ勝負を想定して、各部もティアナより明らかに高級。価格も400万円台後半以上だ。
そんなティアナがどうにも存在感希薄な理由は、こういう「手頃で快適、そして実用的」なセダンが、今の日本ではもう完膚なきまでに人気がない(!)ことがひとつ。で、当の日産がそういう空気を読んで、この最新型ティアナでも今年2月の発売当初から、積極的な広告宣伝がほとんどされなかったことにある。月販目標もわずか数百台......と、最初から割り切った少量ビジネスだ。
ちなみに、それでも日産がティアナをしつこく売り続けるのは、日産がトヨタとならんで、セダンの(少なくなったとはいえ皆無ではない)固定需要を抱えているからだ。たとえば「わしゃ、クルマは死ぬまでセダン」と心に決めて定期的に買い替える"昔はブイブイ鳴らした(?)熟年層"や、法人営業車(社会通念上、セダン以外は使いにくい)などの固定客が、日産には今もけっこういる。
日本ではこのように"知る人ぞ知る系"のティアナだが、世界的には、日本での日陰イメージとは正反対の超絶人気車。とくに世界の二大自動車市場であるアメリカと中国で絶大な人気を誇り、アメリカ(現地名アルティマ)では"乗用車売り上げNo.1"を、つねにトヨタ・カムリやホンダ・アコードと三つどもえで争うビッグセラー商品なのだ(ライバルも日本車なのが誇らしいね)。
ティアナと同じような境遇のカムリやアコードが、日本では"ハイブリッド"というツボを前面に押し出してなんとか販売台数を稼いでいるのに対して、国際的にもハイブリッドを持たないティアナは、日本でも2.5リッターの純エンジン車のみ。ハッキリいって、スペックではまったくといっていいほど目立ったツボはなく、強いていえば、初代からの伝統である"助手席オットマンシート"が、奥さんのご機嫌をうかがいたいダンナ衆のツボを、やんわりとつっつく程度。内外装やメカニズムでもスカイラインほど凝ってもいない。誤解を恐れずにいえば、ティアナは"ドンガラ(≒ボディ)がデカイだけの大衆セダン"である。
というわけで、マニア的には特筆すべきツボが皆無に近いティアナは、しかし、乗るとやけに気持ちいい。見た目には(昭和的な)フワフワ系の乗り心地と誤解するかもしれないが、そこは日産屈指の国際派。世界の最新トレンドはしっかり押さえてあり、しかも日本では前記のように"昔は鳴らした系オッサン"がターゲットだから、日本仕様のティアナはとくにガッチリ俊敏系の仕上げ。ハイブリッドのように複雑なメカも持たないので、運転感覚もじつにさわやか、かつ軽快である。トランクもあきれるほどほど広い。
それにしても、ティアナに乗ると、素直に「大きいクルマは気持ちいいなあ」と思えるのが嬉しい。本当の運転好きには、こういうドンガラが大きいFFセダンがピッタリである。ここでいう"運転好き"とは数字やハイテクにこだわるスペック中毒でも、信号ダッシュ力だけを評価基準とする直線番長でも、あるいは都市高速や山道でグリグリ走るだけのハンドリングオタクでもない。とにかくクルマで遠くに出かけること、みずからステアリングを握って移動すること自体を楽しむ、真の意味での"運転"を好む人のことである。このサイズになるとスカイラインのような後輪駆動もめずらしくないが、細かい操縦性はともかく、横風や雨などの天候にも左右されずに、ロングドライブで安心感があって疲れにくい......という意味では、ティアナのような前輪駆動のメリット大である。
背の高いSUVやミニバン、そしてコンパクトカーがいかに進化したといっても、それと同等の技術を、サイズに余裕があるセダンに投入すれば、クルマの基本能力はやっぱりセダンがいちばんなのだ。ティアナに乗ると、そういうクルマの本質のツボがよくわかる。
佐野弘宗●取材・文 text by Sano Hiromune