栗山監督の一番の悩み「大谷は平気で泣きを入れてくる」
栗山英樹監督就任1年目の2012年にリーグ優勝を果たした北海道日本ハムファイターズだったが、2年目の昨年はパ・リーグ最下位に沈んでしまった。そして勝負の3年目。陽岱鋼、稲葉篤紀、ミランダといった主力が次々と離脱し、開幕投手を務めた吉川光夫も不振により二軍落ち。それでも2年目の大谷翔平が投手として一本立ちし、3年目の上沢直之を筆頭に新戦力が台頭するなど、現在パ・リーグ3位につけている。指揮官である栗山監督はここまでの戦いをどのように分析し、これからどんな戦いを仕掛けていくのだろうか。
―― 6月が終わりました。70試合を戦って34勝35敗1分の借金1。それでもパ・リーグの3位です。監督としてここまでをどんなふうに振り返りますか。
「苦しみまくってますよ。ホント、修行させられまくってます」
―― ただ、これだけ故障者が続出して、それでもほぼ5割......健闘しているという考え方もできると思いますが。
「そういうふうに言ってくれる人も多いんですけど、正直、陽岱鋼がいない、ミランダもいない、(小谷野)栄一も稲葉(篤紀)もいない、開幕で並べたメンバーがこれだけいなくなれば、今が一番苦しい時期だというのは間違いないと思います。ただ、僕は今の若いメンバーでも勝てる、もっとやれると思ってる。交流戦だって、ひとつ負け越しちゃいましたけど、僕の中では5つくらいは貯金できたという感じがあったんです」
―― どのあたりが誤算だったんでしょう。
「誤算というよりこちらのミスで勝ち切れなかった試合がありましたからね。まぁ、優勝も最下位も両方経験すれば最悪の事態っていうのはかなり最悪だし、最高というのは相当、上だということはわかりますから。そう考えると、監督の想定から外れる事態なんて、めったにあるもんじゃないですよ(苦笑)」
―― とはいえ、今年のキャンプの時、監督は「今年、日本一になるところから逆算すると、どういうメンバーでなければならないのかはイメージできている」とおっしゃっていました。その日本一になるメンバーというのは、開幕戦で組んだオーダー(陽岱鋼、西川遥輝、大谷翔平、中田翔、ミランダ、小谷野栄一、稲葉篤紀、大引啓次、大野奨太)だったんじゃないんですか。そこから考えると、今のメンバーはかなり想定外だと言えるんじゃないかと......。
「うん、それはそうかもしれません。でも、V9のジャイアンツのように本当の力があるチームならば、メンバーが固定できて、想定した方向へそのまま行ったほうが勝ちやすいと思うんです。ところが僕らみたいに選手が育つことを期待しながら戦っていくチームというのは、逆に想定しなかったメンバーがどれだけプラスアルファをもたらしてくれるかが大事になってきます。単なる足し算ではなく、掛け算となってチームが進んでいく方が、明らかに日本一には近づく。そういう考え方からすれば、僕が最初に想定したイメージとは違う形で勝っている方が強いチームになっている可能性があります。チームというのは生き物ですから、日々、変わっていく。その状態を、間違わないよう判断していくのが僕の仕事です。今日は水をあげなきゃ、今日は太陽に当てなきゃ......そういうことを積み重ねてきた結果、今、僕が監督になったときに3年後をイメージした若い選手たちが、ようやく成長し始めている。そういう成長のプラスアルファも、ファイターズが日本一になるための条件だと思っています」
―― なるほど......ならば今、開幕前のイメージを越えて、監督をワクワクさせるような成長、変化を遂げてくれている選手といえば、誰になりますか。
「中島卓也、西川遥輝、近藤健介。この3人の内野手は、期待値からすればまだ全然行き切れてないんだけど(苦笑)、それでもワクワクさせてくれています。今、あえて内野手と言いましたけど、もちろん近藤のキャッチャーを考えてないわけじゃない。でも、近藤のサードというのは、彼の入団1年目から、外野も含めて僕はイメージしていました。だから1年目の日本シリーズから代打として使いましたし、練習では内野でノックを受けてもらったりして、ずっと準備をさせてきた。そうすると野球の神様が、ここだというピンポイントのタイミングで指示を出してくるんです。だって誰がケガをするのかなんて、野球の神様にしかわからないでしょ。(小谷野)栄一がケガして(5月1日、ライオンズ戦)、サードがあく。大引もいない(その日から、下半身の張りで3試合欠場)。そうなると、ショートに(中島)卓、サードに近藤を使おうということになる。だから、最後は僕が決めるんじゃない。野球の神様の指示に沿っているだけなんです。(西川)遥輝のセンターにしても、(陽)岱鋼がケガするなんて考えたくない。でも、遥輝のスピードを生かすには一番広いところを守ってもらうのがいいかなと思っていたので、岱鋼がケガをしたとき、センターに置いてみた。ただ、それが野球の神様が求めていた答えだとは限りません。それを、僕も感じ取らないといけない。そうやって、僕らは野球の神様に試されているんだと思います。ちゃんとイメージしているのか、ちゃんと考えているのか、ちゃんと準備しているのかって......」
―― そういう監督の未来予想図のイメージは選手にはその都度、伝えているんですか。
「ううん、伝えてません(笑)。だから選手にしてみれば僕の意図がわからないと思うことも多いだろうし、チームの誰にも言ってないことだってあります。僕が考えているのは、孫子の『兵法』にもある通り、最初は温情、次はルール、それから競争意識だということなんです。選手のことを愛するという温情がベースにあるのは変わりません。でも2年目になれば選手との距離感も変わってくるので、去年は組織を生かすためのルールを徹底させたかった。で、3年目の今年、厳しく見えるかもしれない選手交代や一、二軍の入れ替えは、起用法で選手たちに危機感を持ってもらいたいという思いからです。古代中国の時代から何千年もの間、人はこうやって苦しんで戦ってきたんだなということを、改めて感じますよね」
―― そうやって監督が就任当初からブレずに信念を貫いてきた結果、今年、もうひとり、とんでもない成長を遂げている選手がいます。
「確かに(笑)。今、一番ワクワクさせてくれているのは、大谷翔平です。アイツがあの若さで夢見た、誰も歩いたことのない二刀流という道......マンガみたいなことを目指すと言って、実際にそれをある程度、実現させているわけだから、これは本当にすごいことだと思う。ただ、僕の中ではまだまだだと思ってます。だって翔平の持ってるものはこんなものじゃないし、だから腹の立つことも多い。あんなすごい球を持ってるのに、打たれてるでしょ。あり得ない(笑)。でも、ピッチャーとしての素材の良さが出始めてるのを見ると、ホッとしますよね。もともとバッターとしてはプロでもレギュラーの力があることはわかっていたし、ピッチャーとしての翔平が、そのバッターとしての力にどこまで追いつけるのかがカギだと思っていたから......とくにあの甲子園(6月18日のタイガース戦、8回を投げて被安打1、11奪 三振、無四球、無失点の完璧な内容で今季6勝目をマーク)でのピッチングは、やっとここまで来たかと素直に嬉しかったなぁ。僕が見た甲子園での翔平といえば、(花巻東)高校時代、ケガをおしてマウンドに上がって、苦しみながらも必死でカーブを投げていた翔平だった。その姿を思えば、翔平もファイターズに来て少しは前へ進んでくれたのかなと初めて実感できた気がします。やっぱり翔平に関しては、ウチにそれだけの責任がありますからね」
―― とはいえ、高卒2年目だということを考えると、成長のスピードはかなり早いですよね。
「うん、最初はもっと荒々しく抑え始めるのかなと思っていましたけど、案外、落ち着いたピッチングで抑えている。コツのつかみ方が早いのかもしれません。むしろ、あまりピッチャーとして早く進みすぎると体がついていかないんじゃないかと、そっちの方が心配ですよね。まだ19歳で(7月5日で20歳)、体の成長は止まってない。そんな中で体に負荷をかけるわけにはいきませんからね。実際、翔平や上沢(直之、20歳)がマウンドで投げてると、正直、怖くてしょうがない。打たれるんじゃないかという怖さじゃなくて、ケガするんじゃないか、体が持たないんじゃないかという怖さ。いくら体が大きくてもまだ成長段階だし、にもかかわらず、とんでもなく強いボールを投げる。翔平なんて、普通に投げて155キロなんだから。そんなピッチャー、過去にもあんまりいないでしょ。ベースが155キロにあれば、ヒジや肩への負担もかなりのものだし、そういう怖さは、勝てば勝つほど増していく。実際、翔平を代えると、ホッとするもんね(苦笑)」
―― キャンプの時点では、いい球を投げたいという欲よりも、点を与えない、あるいは勝つということをどれだけ優先させられるかが課題だとおっしゃっていました。シーズンに入ってみて、2年目の大谷選手は、そういう先を読んだピッチングができていると感じますか。
「それはすごく感じます。逆に、一時は変化球をすごく少なくさせて、真っすぐを増やせと言ったほどです。勝たなきゃいけないという意識を植え付け過ぎて、変化球に頼りすぎていたんですね。翔平はものすごく負けず嫌いなんですよ。もともと『絶対に勝ちたい』という気持ちが強いから、マウンドでは人が変わっちゃう。『降りろ』と言ってもマウンドを降りないし、『泣きはナシだからな』とずーっと言ってるのに、『イヤだ、もう1イニング行かせて下さい』って平気で泣きを入れてくる。翔平には何回言ったか......おい、ふざけるなよって(苦笑)」
―― 最後に、監督は開幕前には、日本一から逆算すると大谷翔平が化けることが必要だとおっしゃっていました。では、大谷選手が化けた今、日本一から逆算して次に必要なことは何だと思いますか。
「それは、吉川光夫と斎藤佑樹のふたりが先発に戻ってくれることかな。今の先発陣に加えて、あのふたりがどれだけ勝ち星を挙げてくれるかというのが、これからのプラスアルファになる。カギを握るのは吉川と斎藤......あとは、中田翔の爆発です。チームで唯一、定着できているのが4番の翔なんだけど、4番としてはまだ、全然ですからね(苦笑)」
石田雄太●文 text by Ishida Yuta