『戦士の休息』落合博満/岩波書店

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2013年ペナントレースの大詰め、巨人と楽天の日本シリーズがいよいよ始まった。期待にたがわぬ、手に汗握る熱戦が繰り広げられているが、それはそれとして、なんだかウキウキしているのが今年Bクラスに低迷した中日ドラゴンズファンである。

なにせ谷繁元信選手がプレーイングマネジャーとして新監督に、落合博満元監督がゼネラルマネージャー(GM)に就任するというのだ。こんな朗報はあるだろうか。
『中日ドラゴンズあるある』『中日ドラゴンズあるある2』(いずれもTOブックス)という著書を持つ筋金入りのドラゴンズファンの私も、10月9日未明の新監督人事発表のニュースには驚喜した。まったく不安がないというわけではないが、期待が明らかに上回っている。同じ思いのドラゴンズファンは多いはずだ。
今回の人事の肝は、なんといっても球団初のGM職となる、落合新GMである。
監督として、ドラゴンズ在任8年間で4度の優勝と1度の日本一という優れた手腕は誰もが知るところだが、谷繁新監督はプレーヤーとして野村克也の持つ最多試合出場記録を目指すため、当面の間(記録達成に要すると見られる2年間)は落合GMがチーム作りに直接手を下していくのだという。

では、落合GMはどのようなチームを作っていくのだろうか?
8月に刊行された最新の著書『戦士の休息』(岩波書店)から、来季のドラゴンズを占うヒントを探ってみよう。
とはいえ、この本は野球の本ではない。無類の映画好きである落合が、ドラゴンズファンのスタジオジブリ・鈴木敏夫プロデューサーからの依頼で、月刊冊子『熱風』に書いた映画エッセイをまとめたものだ。
ジョン・ウェイン、三船敏郎、オードリー・ヘップバーンらへの愛を語る一方で、『コクリコ坂』での宮崎吾郎監督の演出に注文をつけたり、園子温監督の『冷たい熱帯魚』を「私は理解することができない」と一刀両断したりと、映画本としても読みどころが多いが、やはり注目すべきは映画の話をしようとしてもついつい溢れてしまう野球の話である。
むしろ、ついつい溢れてしまった話だからこそ、よりストレートに落合の野球観が表れている部分が多く、大変興味深い。その中から、落合の考える5つの野球観を抽出してみた。

●ファンにストレスを与えない野球をやる

これは本書の中で引用されている、落合が現役引退直後に出した著書『野球人』(ベースボールマガジン社)の中の一節だ。
近い将来、監督になったらこういう野球をやる、という七項目のうち、筆頭に挙げられているのがこの宣言である。
これだけを読むと「えっ」と驚く人も多いかもしれない。落合監督時代のドラゴンズといえば、ディフェンスの野球という印象が強いからだ。内野ゴロで1点をもぎとり、投手陣が最小点差をスレスレで守り切って勝利する。とにかく胃が痛くなるような試合が多かった。
しかし、落合の言う「ストレス」は、そういう話ではない。
「映画ならば作品全体の評価以前に、野球ならば勝ったのか負けたのかという結果以前に、ひとつひとつの場面で観る人たちが納得できるプロセスを積み重ねていかなければならないと思っている」
プロ野球ファンは「ここはこうなるだろう」「次はこうなるはずだ」と展開や采配を予測しながら試合を観ていることが多い。逆にいうと、セオリーやプロセスを無視した采配が行われ、それが裏目に出るとファンは一番ストレスが溜まっていく。
万全のプロセスを積み重ねて会心の勝利を得る。これがファンにとって一番ストレスのない、爽快な野球である。点差は関係ない。

●「温故知新」で勝つ

落合は2004年の監督就任初年度、キャンプ初日に紅白戦を行ったり、六勤一休制のスケジュールを組んだりしたことで話題を呼んだ。「落合は監督になってもオレ流」と言われ、勝つためにはどんな奇手を仕掛けてくるかわからないとも言われるようになった。それが「ドラゴンズは不気味だ」というイメージにつながっていったのである。
しかし、落合はそんな物言いを否定する。自分は何か特別なことをした覚えもなければ、新しいものを生み出したわけでもないというのだ。
落合が大切にしていたのは、「温故知新」というキーワードである。
「私が監督として仕事を始める際に考えていたのは、すでに七〇年近い歴史を持っていたプロ野球界で、過去の監督がどんなことをしてきたか、あらためて検証しておくことだった」
キャンプ初日の紅白戦も、六勤一休制も、いずれも過去に誰かが行っていたことであり、勉強不足の記者が「オレ流」と騒いでいたに過ぎないと落合は語る。
「どんな仕事でも、それを始めるにあたっては、その職種や業界の歴史を繙き、どういうことをやって成功し、どういうことで失敗しているか学んでおくものだろう」
こう語る落合のことだから、初めてのGM職についても、しっかりと研究して臨んでいるはずである。アスレチックスの名GMビリー・ビーンを描いた映画『マネー・ボール』も当然、観ているという。

●マンネリズムで勝つ

落合が好きな映画は、チャンバラ映画や西部劇だ。
「最後は正義が勝つ」というお決まりのストーリーが心地よいのだという。
同じ理由で、『007』シリーズや『男はつらいよ』シリーズも落合のお気に入りだ。
いずれも「型にはまった」「王道」という意味での「偉大なるマンネリズム」が大きく働いている作品である。
「偉大なるマンネリズム」を野球に置き換えると、不動のオーダーに犠打を絡めたセオリーどおりの攻め方、そして終盤の必勝リレーだ。
しっかりした勝ちパターンを作ることができるチームは、とにかく強い。たとえば荒木と井端の1、2番コンビが出塁して点を取り、浅尾、岩瀬のリレーでリードを守り切る。これが落合監督時のドラゴンズの「偉大なるマンネリズム」だった。
しかし、それらは一朝一夕に構築できるものではない。
「偉大なるマンネリズムを追求すること、それこそがプロフェッショナルの仕事と言い換えてもいいかもしれない」
どのようなプロフェッショナルの仕事を見せてもらえるか、楽しみだ。

●言葉の力で勝つ

現場にいない落合GMと現場にいる谷繁新監督、それに選手、コーチらが密接なコミュニケーションをとり、一致団結して戦っていけるのか? 
試合中はベンチで表情ひとつ変えず、試合後のインタビューでも多くを語ろうとしない監督時代の落合の姿を覚えている人も多いだろう。どうしても寡黙な勝負師というイメージが強く、チーム内のコミュニケーションに不安を感じる人も多いはずだ。
しかし、監督の頃の落合は、何か思うところがあれば、それを必ず選手本人を呼んでしっかり伝えていた。言葉は使い方ひとつで相手を落胆、失望させる危険性があることを熟知しているからこそ、メディアを通して選手に何かを伝えるということは一切してこなかった。
「野球人としての私は誰よりも言葉を大切にし、言葉の持つ力でいくつもの目標を達成してきたのだと思っている」
選手として、監督として、常に高い目標を公言していたのも、「言葉の力」を味方につけて目標を達成するためだ。今回のGM就任記者会見でも「まず第1歩が優勝」と言い切ってみせた。コミュニケーションがどうこうというレベルではないのである。

●野球はエンターテイメントではない

プロ野球を、映画と同じように「エンターテインメント」と表現することに、落合は違和感を表明している。
アメリカでは、映画をエンターテインメントとするのに対して、メジャー・リーグは「ナショナル・パスタイム(国民的娯楽)」と呼ばれている。落合流の解釈では、映画などのエンターテインメントは“創作”を楽しむ娯楽であり、野球は“現実”を見る娯楽。現実を見る娯楽に“魅せる”要素など必要ないというのが落合の考え方だ。
「申し訳ないが、選手たちのひとつひとつのプレーは誰かに見せるためにやっているわけではない。周りなどきにせず、勝利だけを追い求めている姿を見るのがスポーツ観戦の本質であり、楽しみ方なのだ」
勝利に向かってまい進している選手にファンサービスを求めるなど本末転倒であり、勝利こそ最大のファンサービスであるという落合の考え方は、監督時からまったくブレていない。

あらためて、こうしてチェックポイントをまとめてみると、ドラゴンズファンとしてはより一層明るい気分になる。谷繁監督、落合GMらによる来季のドラゴンズの戦いぶりが、今から楽しみでしょうがない。満足いくシーズンを見届けたら、そのときは『中日ドラゴンズあるある3』を出させてもらおう……。
(大山くまお)