五輪開催地はいかに決まるのか? をより深く知りたい場合は、猪谷千春著『IOC:オリンピックを動かす巨大組織』(新潮社)がオススメ。

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2020年夏季オリンピックの開催都市が、いよいよ9月8日早朝(※日本時間)、アルゼンチンの首都・ブエノスアイレスで開かれる第125次IOC総会において決定する。

ここ最近、開催地決定の最後の鍵を握ると言われているのが、投票直前に行われる「最終プレゼンテーション」での、各国首脳のスピーチだ。今回も、トルコからはエルドアン首相が、スペインからはフェリペ皇太子が出席し、安倍総理大臣もG20が開かれるロシアを経由して、決戦の地・ブエノスアイレスに乗り込む予定となっている。
だが実際のところ、国の顔、の演説にどれほど効果があるのだろうか? ここ数回のIOC総会と各国首脳の関係性を振り返ってみたい。



■<第117次IOC総会>笑うブレア、沈むシラク〜'12年夏季五輪決定投票

記憶に新しい2012年夏季五輪の開催都市は、2005年7月にシンガポールで開催された第117次IOC総会で決選投票が行われた。
ロンドン、パリ、マドリード、ニューヨーク、モスクワの5都市が立候補。ロンドンが選ばれたのはご存知の通りなのだが、下馬評で一番人気と目されていたのは、ロンドンではなくパリだった。
ではなぜ、ロンドンは逆転できたのか? 
ひとつには、ロンドン五輪招致リーダー(後のロンドン五輪委員長)を務めた、セブ・コー氏の感動的な招致プレゼンテーションだと言われている。そしてもうひとつの要因が、ブレア首相のロビー活動だ。
パリ側も、フランスのシラク大統領がロビー活動を行ったのだが、ロンドン側はブレア首相に加え、シェリー・ブレア夫人やデビット・ベッカムも加わるという熱の入れよう。特にブレア首相は、ちょうどホスト国を務めるG8サミット直前という過密スケジュールにかかわらずのきめ細やかな対応が、IOC委員の心を掴んだと言われている。
そしてブレア首相とシラク大統領が雌雄を決したこの総会を契機に、首相、元首クラスの大物が開催都市決定投票出席するようになっていく。


■<第119次IOC総会>豪腕・プーチンがみせた戦略〜'14年冬季五輪決定投票

来年開催される2014年冬季五輪には、ロシアのソチ、韓国の平昌、オーストリアのザルツブルクの3都市が最終決定投票にノミネート。2007年7月にグアテマラシティで開催された第119次IOC総会において、ソチが選ばれている。だがここでも、IOCの評価報告書で最も評価が高かった平昌が敗れる、という逆転現象が起きている。
ソチ逆転勝利の一因と言われているのが投票直前に行われた招致スピーチだ。
平昌側からは、韓国・盧武鉉大統領(当時)が母国語で招致スピーチを行ったのに対し、ソチ側は、ロシアのプーチン大統領が、IOCの公用語として定められている英語とフランス語の二言語で流暢なプレゼンテーションを行い、政府の全面支援を宣言した。
普段、母国語以外でスピーチをしない豪腕大統領が、IOCのルールに従った……そんな配慮と戦略が、IOC委員の投票動向に影響を与えたのだ。


■<第121次IOC総会>何もしなかったオバマ、余計なことをした鳩山〜'16年夏季五輪決定投票

2016年の五輪開催都市には、シカゴ、東京、リオデジャネイロ、そしてマドリードの4都市が最終決選投票にノミネート。2009年10月にデンマークのコペンハーゲンで開催された第121次IOC総会において、「南米初の五輪開催」という大義名分を打ち上げたリオが見事開催都市に選定された。
上記で、ソチ五輪選考時には、プーチン大統領の「2言語スピーチ」が功を奏したと書いたが、ここではブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領(当時)が、あえて母国語(ポルトガル語)で情熱的なプレゼンテーションを行い、IOC委員の心を掴んだと言われている。
また一方で、「対戦相手」にも恵まれたと見る向きがある。

シカゴの招致プレゼンテーションにかけつけたオバマ大統領だったが、スピーチの中で「政府の全面支援」について言及しなかった。国家元首が駆け付ける以上、IOC委員は当然、その言葉を期待してスピーチを聴く。事実、過去に投票会場にまで詰めかけた国家元首の中で、政府支援を公約しなかったのはオバマ大統領が初めてだ。IOC委員にしてみればそれだけに「肩すかし感」が強く、その影響もあってか、当初最有力と言われていたシカゴが、一回目の投票でまさかの落選。ちょうど支持率が低下しはじめていた当時のオバマ大統領にとって、さらなる痛手となった。

そして東京を代表して招致スピーチを行ったのが、当時の鳩山由紀夫首相だ。以下、IOC名誉委員である猪谷千春氏の著書『IOC:オリンピックを動かす巨大組織』に、鳩山スピーチに対する当時のIOC委員たちの感想が書かれているので引用したい。

《このときは、日本の鳩山由紀夫首相も東京のプレゼンテーションのなかで演説した。しかし、直前に行った国際連合総会での演説の余韻があったのか、環境問題の話が多くなってしまい、IOC委員からは「ここは国連ではない」という声が聞かれた》

ここでいう「国際連合総会での演説」とは、政権交代直後の勢いそのままにぶちあげた「温室効果ガスの25%削減」についてである。注目されるとそれを続けてしまうのがなんとも鳩山氏らしいが、猪谷氏はさらに続ける。

《実はこの鳩山演説には裏話がある。最初に原稿をみせてもらったときは、三分の二までを環境問題が占めていたので、これでは招致演説としてダメだと申し上げた。しかし、首相の演説原稿はすでに閣議了承をしているので変更できないという》

後に各方面が振り回されることになる「温室効果ガスの25%削減」問題が、五輪招致にも影響を及ぼしていたとはなんだかせつなくなる。
ちなみにこの招致スピーチ、計画段階では安倍首相が行うことになっていたのがもうひとつの裏話。
2007年7月の段階で、石原慎太郎東京都知事(当時)が、開催地が決まる2009年のIOC総会に安倍晋三首相に出席を要請、了承を得ていると述べているのだ。その後政権交代が起こり、役回りが鳩山氏に移ってしまったのである。

今回の安倍首相の招致スピーチにはそんな因縁も絡んでいるのだ。
そしてその内容と結果いかんでは、オバマ大統領のように支持率低下を招くキッカケにもなり得る。
8日のIOC総会ではそんなところにも注目してみてはいかがだろうか。

(オグマナオト)