優勝の懸かった東アジアカップ最終戦――。引き分けてもタイトルを手にできる日本に対し、韓国は勝たなければ優勝できない。また、試合間隔は韓国のほうが1日長く、ましてやソウルでの決戦。韓国が序盤から攻勢に出てくるのは想定内のことだった、と高萩洋次郎は言う。

「押し込まれるのは分かっていたし、厳しい試合になるのも分かっていた」

 だが、それにしても、一方的に攻められ続けた。

 疲労のためか、前線からのプレスが掛けられない。それでも前半はディフェンスラインを上げようとしたため、相手のディフェンダーやボランチに、ディフェンスラインの裏や、空いているサイドに正確なフィードを送られてしまった。なかでも、原口元気と槙野智章の左サイドが徹底的に狙われて、何度も危ないシーンを迎えている。その左サイドにボランチの青山敏弘が引っ張られるから、中盤の中央では山口螢が孤軍奮闘するハメとなった。すると今度は、ザックジャパンがボールサイドに人数を密集させるのを逆手にとって、韓国は大きくサイドを変えて揺さぶってきた。そこに、韓国の周到なスカウティングの成果が見て取れた。

 そうした劣勢のなか、クリアを拾った青山敏弘の振り向きざまのフィードで柿谷曜一朗が抜け出し、鮮やかな先制ゴールを奪った。

「(青山)敏くんはサンフレッチェでも(佐藤)寿人さんにああいうボールを出しているので、そのイメージが浮かびました」

 柿谷がそう語れば、「狙いどおりだった」と青山も言う会心のカウンター。しかし、リードは長く続かなかった。39分には左サイドからワンツーを使って中央に進入してきたユン・イルロクに寄せ切れず、ミドルシュートを決められてしまう。

 ほとんど何もさせてもらえなかった前半について青山は、「ボールホルダーにアタックに行けない分、中盤は下がらざるを得なかった」と悔む。同じくボランチの山口螢も、「サイドに起点を作られるシーンがかなり多くなってしまった」と振り返った。

 そこで後半、日本は修正を試みた――。

 指揮官の指示は、「相手のボランチにしっかりプレスを掛けろ」「青山と山口のボランチはもっと高い位置で守備をしろ」というものだった。それを受けて、高萩が全力で相手のボールホルダーを潰しに行く。それは前半、あまり見られなかった光景だ。高萩はこう語る。

「あのままではボールを回されるだけなので、運動量を上げていかないといけないなと。もう、守備だけになってもいいから、コースを限定したり、ボールを奪いに行くことだけを意識しましたね。そうしたら次第に前にスペースが生まれてきた。ボールを受けられるようにもなったので、後半から切り替えてよかったです」

 高萩が前から行くことで、連動するようにボランチのふたりも、前半よりも高い位置にポジションが取れるようになった。また、前半から飛ばしていた韓国のペースが落ちたこともあり、高萩がドリブルでボールを運んでいくシーンも増えた。

「(高萩)洋次郎くんがかなり走って、右に左に守備をしてくれたので、僕も助かった部分があった」と柿谷は言う。

 守備陣に目を向ければ、コンディション不良によってベンチに下がった槙野に代わり、右サイドバックに入った徳永悠平の奮闘が光った。前半、対応に苦戦し、ゴールを決められたユン・イルロクを封じると、途中から右サイドハーフに起用された山田大記の守備意識も高く、右サイドが安定する。

「もう少しボールが収まれば攻撃参加したかったけど、どうしても守備の時間が長くて……。(山田)大記も守備に追われて可哀そうだったけど、そこは割り切って、自分の役割をまっとうしてくれたと思う」と、徳永が山田のことを気遣えば、センターバックの森重真人は「(徳永)悠平さんの安定感がこの試合のキーポイントだったんじゃないかと思う」と、徳永の奮闘を労(ねぎら)った。