『大東京トイボックス』(うめ/幻冬舎)と『プリキュア シンドローム!』(加藤レイズナ/幻冬舎)。
『トイボ』の主役・天川太陽のスティーブ・ジョブズとの共通項とは?

うめ/プロット・演出担当の小沢高広と作画担当の妹尾朝子の2人組漫画家。『ちゃぶだい』で第39回ちばてつや賞大賞を受賞。現在「コミックバーズ」に(既刊8巻)を連載中。また、「@バンチ」で連載中の『南国トムソーヤ』1巻が7月9日に発売された。

加藤レイズナ/フリーライター。webマガジン幻冬舎「お前の目玉は節穴かseason2」、日経ビズカレ「世のなか、これでいいんですか?〜ゆとりの社会学習」を連載中。3月9日に初の著書『プリキュア シンドローム!』を発売。

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『プリキュア シンドローム!』(以下『プリシン』)の著者:加藤レイズナは、『大東京トイボックス』(以下『トイボ』)のキャラクター:百田モモなのか!? そんなテーマからはじまった漫画家うめさんとの対談は、作者による「主人公のキャラクター否定」という驚きの展開に。モノを作ることへのこだわりに迫る座談会後編です。(前編はこちら)


加藤 天川太陽がゲームディレクターに向いていない、ってどういうことですか? 主人公なのに!
小沢 『トイボ』を描くにあたって、ゲーム業界のいろんな方に取材させてもらったんです。その中でお会いした「ゲームディレクター」の皆さんって、アイデアを具体的に出すというよりは「調整」の役割が大きいんですね。色んな人の才能を上手に引き出して組み合わせて、っていう仕事がかなり重要な要素なんですよ。でも、太陽はそれができない。独善的だし、わがままだし、人の意見は無視するしで、本来「ディレクター」には向いてないんですよ。
妹尾 そこを結構長い間悩んでいて……ようやく最近ですよ、こんな奴(笑)でもアリかもなぁと思えてきたのは。今、『スティーブズ』というスティーブ・ジョブズの伝記マンガも描いてるんですが、それを描くようになってから、「あ、こういう人いるんだ。こういう人でもいいんだ!」と気づけたんですね。そこから、強いリーダーシップって組織においては結構大事なんじゃないかなと考えるようになったんです。
小沢 「これはダメだ!」が言えないと「まぁいいか」でプロジェクトが進んでしまう。それは、考えてみれば怖いことですよね。強制的に「NO」を出せる人がいることで、下にいる人間もすごく考えるようになるから。だから、プリキュアにおける「鷲尾システム」も意外に有効なのかもしれない。『プリシン』読んで驚いたもん、プロデューサー鷲尾さんのリーダーシップ。組織にひとりジョブズがいると、レベルは高くなるよね。
妹尾 失敗するリスクも高いし、うまくいっても周りは最悪だけどね(笑)
加藤 鷲尾さんもずーっと苦しんでいたのが、そこだと思うんです。鷲尾さんも適当にやりたい時だってあるんだろうけど……でも、できないんでしょうね、きっと。


「加藤レイズナ=百田モモ」説に続いて飛び出した『天川太陽=スティーブ・ジョブズ』説。組織をリードする上で重要なのは、強いリーダーか調整役か、という視点は興味深い。実際、太陽が自分のエゴをどこまで出していいのか悩むシーンは『トイボ』には頻繁に出てくる。その都度「エゴがなくてゲームが作れるか!」と切り返していたのだが、その裏でこんな作者の悩みがあったのか、ということに驚かされた。


加藤 ちなみに、うめさんのところはどっちが「NO」を言う立場なんですか?
小沢 ウチの場合はお互いが「NO」を出すから、また他とはちょっと違うよね。
── お互い「NO」が出せるっていうのはスゴイですね。でも、そうなると制作にすごく時間がかかりませんか?
小沢 打ち合わせが一番長いね。『トイボ』だと、一週間くらいは打ち合わせに時間を割いているかもしれない。ネタ出し→まとめ→ダメ出し、の繰り返し。そこからようやくネームを描いて……
妹尾 私の描いたネームに、またダメ出しするんですよ(笑)。まあ、お互いにダメ出ししてるからね。よく「2人だけでやっていて、どうやってダメ出しするの?」って聞かれることもあるんですけど、“どちらかが作った”という感覚ではなくて、シナリオにしても絵にしても“2人の作品”という認識でいます。できた物に対して客観的に2人でダメ出しをしていく。
小沢 だから、このシーンは自分の手柄だ、と自慢することも……俺はしてるか?(笑)
妹尾 してるよー。「これ、俺が考えたんだよ」ってネチネチ言ってる(笑)
加藤 『プリシン』でもそうだったんですけど、そういう制作側の事情を知ると、作品ってもっと楽しめますよね。
小沢 だんだんスタッフロールを見るのが一番面白くならない?
加藤 面白いです! 「この人知ってる! あー、あの人の当時の役職ってこれなんだー」っていう。楽しいです。
小沢 1冊本を出すと、人は変わるねー。
加藤 まあでも、モモみたいに変わりたかったですよね。制作者になりたい、とは思わなかったけど、制作者に自分の声を届けられたモモはちょっと羨ましいですね。
小沢 でも、モモはまだ出してないんだよ、自分のゲームを。出したら変わるはずなんだよね。もっと見えてくる現実もあるし、一番最初の洗礼としての「ネガティブな感想」も上がってくるし。
加藤 俺が鷲尾師匠に出会って変わったように、モモは太陽師匠によって変わるのか……楽しみです。俺、モモと年齢一緒なんですよ、24歳。
小沢 あぁそうか! 凹むにはいい年齢だよね(笑) そうそう、『プリシン』を読んでみての感想がもうひとつあって、すごく子ども向けの仕事がしたくなりましたね。
加藤 おぉ! それは、嬉しいです。
小沢 いろんな制約がある、っていうのも逆に面白いし、それに基本的に子どもは大きくなっていくからファンが次々入れ替わる。「プリキュア」だって、最初に見ていた子が今でも見ているわけじゃないもんね。そのシビアなマーケットで一回モノを描いてみたいな、と思った。
加藤 少年誌って今まで描いたことありましたっけ?
小沢 ない。でも、実は『トイボ』の前にもうひとつ考えていた企画があって、<幼稚園児の息子がいるお母さんが、実は特撮モノの脚本家>っていう話を描こうかって考えてた時期があります。お母さんが作っているお話なんだけど、息子は現実世界の出来事だと思って見ている、という子どもの可愛さや親のジレンマを描いてみたかった。
加藤 面白そう!
小沢 ただ、当時まだ自分たちに子どもがいなかったから深いところまで考えられなかったのと、「子ども向けエンタメ」を作っている人たちの資料がなかったから描けなかったのね。でも、この本(プリシン)を原作にすれば、正直漫画は描けると思う。
加藤 おぉぉ、原作『プリキュア シンドローム!』、ぜひ!!
妹尾 というか、『トイボ』の原作としても使えるよね、この本。アニメ制作会社だけじゃなく、玩具メーカーの人や作詞家さんとか、いろんな立場の人間が出てくる群像劇なところとか。トイボの前に読みたかったよね。
小沢 そう、ゲームでもアニメでも、どの業界でもクリエイティブにおける悩みってみんな同じっていう話が載っているからね。


『大東京トイボックス』と『プリキュア シンドローム!』。どちらもモノを作るギリギリのところで戦う人間を描いているから、たがいに共感する部分が出てくる。作者同士のシンクロっぷりは聞いていて面白いし、逆にちょっと嫉妬もしてしまった。加藤、やっぱり羨ましいぞ。そしてうめさんの語る<幼稚園児の息子がいるお母さんが、実は特撮モノの脚本家>、すごく読んでみたい! というわけで、今後のうめさんの活動予定を最後に聞いてみた。


── 先の展開を細かく決めていない、という話がありましたけど、逆に大まかな流れは考えているわけですよね。『トイボ』は何巻で終わりにする、というのはもう決めてるんですか?
小沢 それはね、決めてるんだけど、まだここでは言えない話。
加藤 えー、教えてくださいよぉ。
── でも、すごく規模の大きな話になってきましたよね。ストーリーにしても、『トイボ』という作品の置かれた環境にしても。
小沢 そうなんだよね。モーニングで連載してた頃は、最初から「10話で様子を見る」と言われていたこともあって、大きな流れを作りにくかった、ということもあるんですが。だって、10話じゃゲームは作れないですから。
加藤 確かに、リアリティがないですよね。
小沢 10話じゃ「ゲームを作るところの肝」はどうやっても見せられないなぁと思って、それで考えたのが「海外版」という展開なんです。海外版用のリメイク作業だったら、なんとかある程度面白い場面を描けるだろうという制約でやったのがモーニング時代の『東京トイボックス』だったんです。でも幻冬舎のコミックバーズに移ってからはその縛りがない。いつで終わりますというのがないし、もしかしたら途中で終わらせられちゃうかもしれないけど(笑)。そうすると、話を螺旋階段の様にだんだんと大きくしていくことができて、その結果が今、大きな話になってきた、というのはありますね。
── 結末はともかく、今後の予定で言えることは何かありますか?
小沢 『トイボ』9巻は年内には出すつもりでいます。もしくは、来年に延ばしちゃって、マンガ大賞をもう一度狙う!っていう邪な考えもないわけではないですが(笑)、まあ、たぶん年内に出ます。(※注:マンガ大賞のノミネート資格は単行本の最大巻数が8巻までの作品)
妹尾 あとは、7月9日に『南国トムソーヤ』というまた違った作品の1巻が出ますので、そちらもぜひ。『トイボ』を読んで、文字が多くて読みにくい、っていう反応がたまにあるんですけど(笑)、『南国トムソーヤ』はトイボに比べたら絵で楽しめるはずなので、そんな読者の方にもオススメします。
小沢 あとはねー、同じく7月9日から池袋リブロで「デジタル原画展」をやります。ウチは全部をデジタルで描いているんですが、アナログ派の人に「デジタルは原画展できないじゃん」と言われたことがあって。
加藤 あー、原画展。
小沢 僕も色んな原画展を見に行きますけど、原画展の何が面白いかというと、「雑誌よりも単行本よりも遥かに生々しい!」という点だと思うんですね。それこそ、缶ビールと生ビールくらいに違う感じがする。
── 確かにありますね。
小沢 その感覚をデジタルでも味わえないか、と考えた時に、デジタルで描いた漫画が一番キレイな状態って、やっぱりモニターに映しているときなんですよ。モニターに映っている漫画は単行本にはないキレイさがある。じゃあ、モニターを並べて、そこに原画を映せばいいじゃん! と。だから、原寸サイズよりも一回り大きい液晶ディスプレイを並べて、そこにどんどん原画を映していこうという企画です。
加藤 なるほどー。
小沢 あとデジタルのメリットとしては、一枚の絵の中で、コマ枠、線画、トーン、文字、吹き出しと全部別々のレイヤーになってるんですね。そのレイヤーがひとつひとつ増えて行く過程も全部見てもらうことができる。いいでしょ、「デジタル原画展」。たぶん世界初です。
妹尾 好きだよねー、世界初。
小沢 もう大好き(はぁと)世界初! 業界初!(笑)
加藤 そうだ、前に俺の名前のキャラ、『トイボ』の中で描いてくれたじゃないですか(コミック5巻)。アレの続きを描いてくださいよ。
小沢 あー。実はね、一回描いたんだけど、幻冬舎から「脇役過ぎる」ってボツ食らった。普段は何も言われない『トイボ』唯一のボツ!
加藤 えーーーー。

(オグマナオト)