話題の映画『グスコーブドリの伝記』は感動的な映画……かと思いきや原作と全然違って、なんだこりゃー!? 最初のほうで油断してると、仰天映像続出すぎて度肝抜かれるトンデモ作品、スクリーンで見て!

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コマーシャル見たら、小田和正の曲が流れてくるもんですからさあ。
自己犠牲は尊いよ映画になっちゃうのかな、うーん、とあんま期待してなかったんですよ。
ところが見て仰天。なにこれ原作と全然違うじゃないの、奇妙な映像作っちゃったなあ!?

映画『グスコーブドリの伝記』は宮沢賢治の小説のアニメ化。実は1994年に一回アニメ化されてるので二回目です。
監督は『銀河鉄道の夜』の杉井ギサブロー。キャラクターデザインはますむらひろし。おなじみ猫です。
2009年完成予定だったのが、事業破産など重なってのびのびになって、2011年の文化庁の映画支援事業の製作対象になったおかげで完成した作品です。
大変だね。

『グスコーブドリの伝記』は読んでいただけば分かると思いますが、実はめっちゃ短いんですよ。
ページ数にして50ページくらい。あっさりはじまってあっさり終わるので、大人になってから読むと「あれ?」ってなりますよ。
しかし賢治はすごかった。童話の短い文章で、様々な角度から読み取れる表現が山ほどあるので、十人十色にイメージできる書き方をしています。
たとえばこんなの。

男は手に持った針金の籠のようなものを両手で引き伸ばしました。「いいか。こういう工合(ぐあい)にやるとはしごになるんだ。」

どういう具合だ!?
この映画のすごいところは、曖昧な表現や言葉にされていない背景や世界観を、それはもう自由な映像に創りあげて完成させてしまったところなんです。
「こういう工合」をちゃーんと絵にしてます。割りと予想外の形で。

もうねー、ブドリが向かうイーハトーブ市なんて、なにをどうやったらそうなるの?!ってくらいの超機械都市になってますからね。岩手進化しすぎじゃないの。
エスカレーターから乗り物から超未来。ぶっちゃけ今の世界より遥か向こう側に行っちゃってます。
個人的に好きなのは、街中のレールにぶらさがった乗り物がプロペラで超高速移動しているシーンと、クーボー博士の謎飛行機。
SF好きなら見ておいて損はない。ジブリ飛行機もびっくりですよ。

そして、あまりにも映像の自由度が高すぎて途中から見事なまでに原作とかけ離れた地平に飛んでいきました。

一番びっくりしたのは、昭和初期の日本の大都会的風景が出てくるシーン。あちこちに鳥居が立っていて、その中を駆け抜けて浅草の十二階に登るんですよ。
関東大震災で崩れた、江戸川乱歩とか『帝都物語』でお馴染みのアレ、凌雲閣です。
えーっ、ちょっと待ってそんなシーンあったっけ!?
読んだ記憶ないぞ……いや待てひょっとしたら読みこぼしてるのか……慌てて読みなおしたんですがありませんでした。
かわりに、ちゃんと浅草の十二階と同じように、電動式エレベーターはついています。
どういうことなの???
とはいえ、このシーンが無駄かというと、そんなことはない。少なくとも映画館に行ってお金払って見る価値はある、すげー映像になってます。
東京の街がミニチュア的技法でに撮影されていて、その中に散らばる鳥居を縦横無尽に駆け回るのはなかなか爽快かつ不気味な映像。
……あれ、なんの映画の話してるんでしたっけ。そうそう『グスコーブドリの伝記』ね。

「イーハトーヴ」の駅も、ブドリの夢の中で「銀河ステーション」になっており、ばけものの行き交うシーンに。あんまりにも珍妙なキャラだらけなので、映像的にどえらい面白い。さながら千と千尋とブドリの神隠しですよ。
面白いけど当然そんなシーン原作にないよ、ないですよ。
しかもさらわれた妹のネリは、とあるところで働かされていて出会うこともままならないし。
また、ブドリを裁判にかける幻想シーンでも、ひしめきあう魑魅魍魎のようなばけものの嵐。
原作から全速力で走り去っていっています。びっくりした。

ここで「ピン!」と来た人もいるかもしれません。
『グスコーブドリの伝記』は人間が厳しい自然の中で戦うリアリティの強い話ですが、その前身である
『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』は、物語の大枠こそ一緒ですが、ばけものだらけで難解極まりない奇作です。
未完結なので書店では入手困難な作品ですが、今は便利なもので。
宮沢賢治 ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記
無料で読めます。
正直、『グスコーブドリの伝記』よりこっち読んでから見に行ったほうが、面白いです。
「裁判」とか「奇術」とか「ばけもの」とか、映画に散りばめられている鍵がわんさか載っています。
マジメなブドリを描きながらシンプルに話はまとめつつも、背景設定や謎の幻想シーンの多さを見ると『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』の猥雑さの方が映像的に近いんですよ。

じゃあどのくらい『グスコーブドリの伝記』の原作度に近いのか。
基本筋は一緒ですが、ものすごく重要な部分、ネリの描写とラストシーンが決定的に違う。
ここ変えていいの!? まずくない!?

でもこのアニメが、杉井ギサブローによる『グスコーブドリの伝記』の解釈としての映像化なら、強引に感動映画化するよりはるかに有りだと思います。
もう映像的に面白そうなもの全部めちゃくちゃ詰め込んで、原作の方でよく言われる「自己犠牲色」をざっくり省いてるんですよ。
このアニメのテーマは「自己犠牲」じゃないですよ多分。

もうちょっとだけ書くと、最初に出てくる、ネリをさらった男が何度も出てきます。
原作だと「三日ばかりの後、面倒くさくなったのかある小さな牧場の近くへネリを残してどこかへ行ってしまったのでした」とすっげー扱い雑なんです。けれど彼、かなりしつこく何度も出てきます。
もうこの映画の中で、ある意味ブドリと並ぶくらい目立つんですよ、人さらいの男。
たまげるよね。
テグス工場のシーンも本来は火山につながる流れとして描かれているのですが、全く別物の幻想シーンになっています。
もうとことん映像的に面白いことやりたい放題やっていて、本来の話からの跳躍が尋常じゃないのなんの。

ここまで変えるんなら、作品のテーマがあるんでしょう?と言われたら、多分あると思います。
でもそれはきっと見る人それぞれ違うはず。
まずは予想外の映像を見て「えええー」と楽しんじゃえばいいです。

あと、専門用語関連に関しては一切解説がありません。
賢治ファンならわかるかもしれないけど、そうじゃなかったらなんのことやら、という単語バンバン出てきます。
映画を見る前におさえておくといい単語を幾つか解説してみましょう。

オリザ
いちばん大切な食べ物。稲の学名が「オリザ・サティヴァ」なので、お米のことと思われる。

沼ばたけ
田んぼのこと。稲とか田んぼと言わないでこの言葉を使っているので、とても日本に見えない世界を作ってます。

テグス
今は釣り糸のことを指しますが、この作品中ではその原料になる糸をつくるカイコのこと。おそらくヤママユガ。

銀河ステーション
「銀河鉄道の夜」に出てくる駅。「グスコーブドリの伝記」には出て来ません。生と死の境界線みたいなところという説が多い。

炭酸ガス
二酸化炭素。要するに作中の火山が爆発して二酸化炭素が大量に出れば、温室効果で気温が上昇するだろう、という目論見。

石油
オリザの沼ばたけに石油をばらまくシーンがありますが、これは明治時代に稲の天敵で飢饉の原因によくなっていたウンカを退治する農薬代わり。とはいえちょっと流しすぎです。

他にもいっぱいありますが、雰囲気でさらっと流しちゃうんですよ。
「試問」っていう言葉が出てきても解説ないもんだから「指紋」に聞こえますが、おかまいなしです。試問してないし。
そのへん全部映像の描写にまかせて、大胆に改変した面白さ、味わってみてください。

いやー、小田和正の歌に騙されたわ。
杉井ギサブローの頭の中を見せられたかのような映画でした。

あ、お子様を連れて行くお父様・お母様方へ。
映画版の『グスコーブドリの伝記』の絵本は非常に良い出来ですが、内容は原作と全然違いますので、宮沢賢治の原作文章のほうとあわせて見せてあげてくださいネ。

(たまごまご)