ソウルのアートな唐揚げ屋に聞く、「どうしてそうなったんですか?」
韓国はソウル。うちの近所に、すごい唐揚げ屋がある。入り口には電飾とともにマネキン、テレビ、ギター、何かのお面、ビールの空箱、お札のようなものが、森のように大量に飾られており、それぞれにサイケデリックアートとでもいうべき極彩色のペイントと、「2階にあがれば足がなくナる唐揚げサービス!←何も考えていないコメント」「OPEN 月火水18:28 木金土18:32」といった、何とコメントすればいいのか分からない韓国語の文句が、ひとつひとつ確認していたら気を失いそうな密度で施されているのである。
多くの通行人は、この店の前で足を止めたり止めなかったり、写メを撮ったり撮らなかったりしながら通り過ぎていくのだが、勇気を持って入り口を通り抜け、先にある階段をあがると、ワンフロアとベランダからなる、入り口のテンションと変わることのない空間が、薄暗い照明の下に広がっており、そこがまさに唐揚げ屋「パサッ」であった。
天井にはビールの箱や空き缶、紙コップ、ゴミ袋など、日常生活ではあまり吊り下げたりしないものが大量に吊り下がっており、窓ガラスには霊魂が踊るような一筆書きのペイントと、何かが書かれたポストイットが隙間なく配置されている。他にも、指の部分を切断したゴム手袋、椅子にかぶせられたタンクトップ、やたら場所をとる椰子の木をイメージしたような造形物と、ありとあらゆるオブジェがむやみやたらに設置されており、情報量の過剰さに呆然となる。
こうした個性的すぎる空間なのに、お客さんは意外と少なくはなく、地味な格好をした大学生やおしゃれな女性客がテーブルを囲み、何ごともないかのように唐揚げとビールで談笑しているものだから、一層訳が分からない。
いったいどういう考えで、このような唐揚げ屋が生まれるのだろうか。お店に何度か顔を出し、意外にも日本語が上手だった店長さんと仲良くなったころ、彼の頭の中を知りたく取材要請してみた。店長のカン・サンボンさん(36歳)は、ひょうきんながら丁寧なところのある人で、カメラを持ってきた著者に、「私のヌード以外なら何でも撮影していいですよ」と丁寧に言った。
まずこのお店のインテリアのコンセプトについて質問すると、「ないです」と一言。やはり……なご回答である。
それで終了するわけにはいかないので、具体的に質問してみた。「あの瓶にかぶさったゴム手袋は、何で指の部分がないんですか?」と聞くと、「輪切りにして、輪ゴムにしました」。「じゃあ、あの天井につるさがったビールの箱は何なんです?」と聞くと、「ビールの宣伝ですよ」。「なぜ椅子にタンクトップを?」と聞くと、「友達の家に来たような親近感を演出しようと思って」。意外にも、それぞれ実用的な意味があったのだ! 目から鱗とはこのことだ。
基本的に、インテリアのためにお金をかけることはしない。「ゴミやリサイクルできるものを使ったりします。新しく買うよりも、想像力が大きくなっていいのではと思います」。友人には「いらないものがあったら持ってきて」と話しているのだとか。
壁に描かれている酩酊感たっぷりのペイントも、彼が描いたが、特に美術を習っていたわけではない。ちなみに大学は英文学科だったそう。
それにしても、ひとつひとつ見るとむちゃくちゃやっているような印象なのに、お店としては奇妙なバランスで統一感がとれており、感心させられる。そのことを話すと、「衝動的にやっただけです」と店長。
「インテリアが増えれば、売り上げが増えるのでは」との考えから、常にオブジェが増える一方だと話す。
ここにあるインテリアのうち、90%は彼の作品だが、残りはアルバイトとともに制作している。「生産的なことを一緒に行うことで、バイトたちと仲良くなります」と、尋常ではない景色とは裏腹な、意外にもまっとうな経営者としての意見に、こちらもほほうと感心してしまう。
そして自分がリピーターとなり驚かされたのだが、これらの複雑なインテリアは、訪れるたびに変化しているのである。お客様へのおもてなしを忘れない、行き届いた顧客サービスといえよう。「毎日ではないですが、1週間に2〜3回はどこかを変えますね」と店長。「何もしないのは、自分に対して、ダメなんじゃないかと思ってしまいます」。
2006年に4.5坪の唐揚げ屋を出して以来、移転を繰り返し、現在の場所となる弘大前に移転したのが2010年のこと。新しい店舗に移ることも、考慮にあるという。
「自宅は本と机しかなく、とてもシンプルなんですよ。このお店みたいなインテリアも好きですが、今は味にかける努力と、インテリアにかける努力が逆転してしまい、ちょっと反省しています。もし次のお店を始めるなら、シンプルなインテリアの、味にこだわったお店にしてもいいかなと。まあどうなるかわからないですけどね」。それって普通の飲食店ですよね……という言葉は飲み込むことにし、どんな形であれ、こんなアグレッシブな店長の店がおもしろくならない筈はないだろう。
一件むちゃくちゃなように見えても、ひとつひとつにその人ならではの理由があるものである。皆さんも、理解が難しいものに出会ったら、「どうしてそうなったんですか?」と聞いてみてはいかがだろう。
(清水2000)
取材協力:パサッ ソウル市麻浦区東橋洞182-7 2階 電話02-363-375
天井にはビールの箱や空き缶、紙コップ、ゴミ袋など、日常生活ではあまり吊り下げたりしないものが大量に吊り下がっており、窓ガラスには霊魂が踊るような一筆書きのペイントと、何かが書かれたポストイットが隙間なく配置されている。他にも、指の部分を切断したゴム手袋、椅子にかぶせられたタンクトップ、やたら場所をとる椰子の木をイメージしたような造形物と、ありとあらゆるオブジェがむやみやたらに設置されており、情報量の過剰さに呆然となる。
こうした個性的すぎる空間なのに、お客さんは意外と少なくはなく、地味な格好をした大学生やおしゃれな女性客がテーブルを囲み、何ごともないかのように唐揚げとビールで談笑しているものだから、一層訳が分からない。
いったいどういう考えで、このような唐揚げ屋が生まれるのだろうか。お店に何度か顔を出し、意外にも日本語が上手だった店長さんと仲良くなったころ、彼の頭の中を知りたく取材要請してみた。店長のカン・サンボンさん(36歳)は、ひょうきんながら丁寧なところのある人で、カメラを持ってきた著者に、「私のヌード以外なら何でも撮影していいですよ」と丁寧に言った。
まずこのお店のインテリアのコンセプトについて質問すると、「ないです」と一言。やはり……なご回答である。
それで終了するわけにはいかないので、具体的に質問してみた。「あの瓶にかぶさったゴム手袋は、何で指の部分がないんですか?」と聞くと、「輪切りにして、輪ゴムにしました」。「じゃあ、あの天井につるさがったビールの箱は何なんです?」と聞くと、「ビールの宣伝ですよ」。「なぜ椅子にタンクトップを?」と聞くと、「友達の家に来たような親近感を演出しようと思って」。意外にも、それぞれ実用的な意味があったのだ! 目から鱗とはこのことだ。
基本的に、インテリアのためにお金をかけることはしない。「ゴミやリサイクルできるものを使ったりします。新しく買うよりも、想像力が大きくなっていいのではと思います」。友人には「いらないものがあったら持ってきて」と話しているのだとか。
壁に描かれている酩酊感たっぷりのペイントも、彼が描いたが、特に美術を習っていたわけではない。ちなみに大学は英文学科だったそう。
それにしても、ひとつひとつ見るとむちゃくちゃやっているような印象なのに、お店としては奇妙なバランスで統一感がとれており、感心させられる。そのことを話すと、「衝動的にやっただけです」と店長。
「インテリアが増えれば、売り上げが増えるのでは」との考えから、常にオブジェが増える一方だと話す。
ここにあるインテリアのうち、90%は彼の作品だが、残りはアルバイトとともに制作している。「生産的なことを一緒に行うことで、バイトたちと仲良くなります」と、尋常ではない景色とは裏腹な、意外にもまっとうな経営者としての意見に、こちらもほほうと感心してしまう。
そして自分がリピーターとなり驚かされたのだが、これらの複雑なインテリアは、訪れるたびに変化しているのである。お客様へのおもてなしを忘れない、行き届いた顧客サービスといえよう。「毎日ではないですが、1週間に2〜3回はどこかを変えますね」と店長。「何もしないのは、自分に対して、ダメなんじゃないかと思ってしまいます」。
2006年に4.5坪の唐揚げ屋を出して以来、移転を繰り返し、現在の場所となる弘大前に移転したのが2010年のこと。新しい店舗に移ることも、考慮にあるという。
「自宅は本と机しかなく、とてもシンプルなんですよ。このお店みたいなインテリアも好きですが、今は味にかける努力と、インテリアにかける努力が逆転してしまい、ちょっと反省しています。もし次のお店を始めるなら、シンプルなインテリアの、味にこだわったお店にしてもいいかなと。まあどうなるかわからないですけどね」。それって普通の飲食店ですよね……という言葉は飲み込むことにし、どんな形であれ、こんなアグレッシブな店長の店がおもしろくならない筈はないだろう。
一件むちゃくちゃなように見えても、ひとつひとつにその人ならではの理由があるものである。皆さんも、理解が難しいものに出会ったら、「どうしてそうなったんですか?」と聞いてみてはいかがだろう。
(清水2000)
取材協力:パサッ ソウル市麻浦区東橋洞182-7 2階 電話02-363-375