(※写真はイメージです/PIXTA)

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長寿化や物価高を背景に、多くの人が不安を抱える「老後資金」。しかし、現役時代から無駄遣いせず、長年かけて十分な老後資金を準備しても、思いもよらない事態に直面する場合があります。月に約26万円の年金と貯金3,000万円を持ちながらも、極端な節約を徹底した70代夫婦の事例を通し、老後資金の本当の役割と「使えなくなるリスク」について、CFPの石川亜希子氏が解説します。

節約がモットー…〈老後資金3,000万円〉を使わず抱え込む73歳夫

ヒロシさん(仮名・73歳)は、妻・アヤコさん(仮名・70歳)と都内で2人暮らしをしています。夫婦には娘が1人いますが、すでに独立しており、現在は夫の転勤に帯同して海外で生活しています。

夫婦は、月に約26万円の年金を受給しているほか、貯金が約3,000万円あります。数字だけ見れば、老後も安心できるだけの資産があるように思えますが、ヒロシさんは「これからなにがあるかわからない」と不安を募らせ、受給している年金の範囲内で生活することを徹底していました。

あまり裕福ではない家庭に育ったヒロシさんは、現役時代から、無駄遣いせずコツコツ資産を積み上げることをモットーに生きてきたのです。そのため、いまでも通帳の残高が減ることを極端に嫌がり、アヤコさんが提案する旅行や外食も「そんなにお金を使えない」と断ってばかり。

海外で暮らす娘からも、何度か「こちらに遊びに来ないか」という誘いがありましたが、ヒロシさんはそのたびに「お金がかかるからいい」と見送っていました。

それならと、アヤコさんが近場で気軽に楽しめるイベントにヒロシさんを連れ出しても、「これはいくらだ」「家に同じようなものがあるだろう」と、内容よりも値段を気にしてばかりいました。

「いまの貯金があるのは自分の努力のおかげ」といって貯蓄に誇りを持つヒロシさんに対し、アヤコさんは少し寂しく思っていました。

自宅で転倒…引きこもりがちになった夫に、妻がこぼした“ひと言”

そんなある日のこと。ヒロシさんは自宅の階段で足を滑らせ転倒し、骨折してしまいました。幸い、入院は短期間で済みましたが、治っても足を少し引きずるように。

ヒロシさんは、「こんな姿を見られるのは恥ずかしい」と、これまで以上に外に出かけず家に引きこもりがちになってしまいました。

やることもなく、お金を使うことも拒否され、ただ家にいるだけ……。テレビで旅番組を見ていたアヤコさんが、ポツリとつぶやきました。

「あ、娘がいる国だ……あなたの足が悪くなる前に、行けるうちに行っておけばよかったね」

ヒロシさんはなにもいい返すことができませんでした。

【CFPの助言】お金だけでなく、気力や体力も大切な「資産」

「長生きリスク」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これは、想定していたよりも長く生きることで生活費や医療費がかかり、お金が足りなくなってしまう状態を指します。

長生きすることをリスクと捉えるなんて悲しい話ですが、だからこそ多くの人は「できるだけ資産を減らさないように」とお金を貯めます。

しかし、長生きリスクに備えていくらお金を準備しても、今後は別のリスクが立ちはだかります。それが、「使えなくなるリスク」です。年齢とともに、体力や気力は確実に低下し、行ける場所やできること、楽しめる範囲は少しずつ狭くなっていきます。

「資産」というと、多くの人はお金のことだと考えますが、時間や体力・気力も資産です。お金は使わなければ減りませんが、時間と体力はなにもしなくても確実に減っていきます。

お金を貯めることももちろん重要ですが、ヒロシさんには、「貯めた“資産”をどう使うか」という視点が必要だったといえます。

必要額から逆算して、「使えるお金」を可視化する

総務省「2025年(令和7年)家計調査報告」(※1)によれば、65歳以上の夫婦のみの無職世帯において、支出の平均は約29万6,000円となっています。受給している26万円の年金の範囲で生活しているヒロシさん夫婦は、かなり節約しているほうでしょう。

ヒロシさんの一番の不安の種は、今後、医療費や介護費がかかってくることですが、日本の公的医療・介護保険制度では、自己負担額に上限があります。また、医療費と介護費の両方がかかり自己負担額が高額になってしまった場合も、「高額介護合算医療費制度」(※2)があり、自己負担限度額が定められています。

この自己負担額を超えた場合は、超えた分の金額については支給されます。ヒロシさん夫婦であれば、上限額は年間で56万円です。ただし、申請しないと支給されない点には注意が必要です。

年金収入と貯金額、そして、かかってくるであろう医療費や介護費から逆算してみることで、「毎年これくらいなら使って問題ない」という金額の目安が見えてきます。そうすれば、娘夫婦を訪ねる旅の計画も、現実になっていた可能性があります。

ヒロシさんが守り続けていたのは資産ではなく、「減らない安心」だったのかもしれません。

老後の時間は有限…資金計画を立てる際には「使う計画」もセットで

もちろん、老後の生活にはお金が不可欠です。使わずに置いておいた通帳の残高は、安心を与えてくれるでしょう。しかし、貯金が多ければ多いほど安心とは限りません。お金は、将来の不安に備えるためだけではなく、「いまをよりよく生きるため」に使うものでもあるからです。

誰かと過ごす時間や、旅行・趣味といった体験にはリミットがあります。老後資金の計画を立てる際には、単にお金を貯めるだけでなく、そのお金を「いつ・なんのために」使うかを決め、お金を使う許可を与えることも大切です。

〈出典〉
※1 総務省「2025年(令和7年)家計調査報告〔家計収支編〕」https://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/tsuki/pdf/fies_gaikyo2025.pdf

※2 公益財団法人長寿科学振興財団「介護保険の高額介護合算療養費制度とは」
https://www.tyojyu.or.jp/net/kaigo-seido/kaigo-hoken/kogakukaigogassanryoyohiseido.html

石川 亜希
CFP