インタビュー中も仲良しっぷりがひたすらだだ漏れていた

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“夏といえばTHE ALFEE”――アルフィーファンの中ではTHE ALFEEと夏の親和性が高い。それは“夏イベ”と呼ばれるライブを'82年に始め、途中の中断はあったものの、ほぼ毎年特別なライブを開催してきたからだ。今年は8/15、16に横浜のKアリーナで40回目となるイベントを行う。そんな彼らに、それぞれの夏や、プライベートの話を聞いてみた――。

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高見沢「やっぱり夏というと個人的には“ライブ”のイメージ。最初のイベントが'82年の所沢航空記念公園で5000人くらいのお客さんが集まってくれて、初の野外ライブに興奮しましたね。バンドとしてキーボードとドラムを入れ始めた頃で、あの規模でできたというのは嬉しかったな」

インタビュー中も仲良しっぷりがひたすらだだ漏れていた

坂崎「あの当時はローディーもいなくて、自分たちで楽器のセッティングもしてたよな」

高見沢「今でも覚えているけど、オープニングでギターの音が出なくてさ」

坂崎「そうそう! あれ、音が出るまでに5〜6分かかったな」

桜井「その間を延々と同じフレーズでつなげていてさ、“早く音を出してー”って(笑)」

高見沢「アンプのパイロットランプは点いているし、ボリュームも上がっているし。エフェクターのセッティングもできてるし……、って焦りながらアンプの所へいったらスタンバイスイッチが入ったままだった(笑)。初めての野外での思い出ですよ」

デビュー前の船上ライブ!?

坂崎「思い返すと、高見沢がバンドに入った時、まだ大学生だった'73年かな? 歌舞伎役者さんたちの夏のイベント『俳優祭』に出させていただいたことあったよね。デビュー前だけど、あれが初めての野外じゃないかな」

高見沢「ああ、あったね。野外というか、船上で演らせてもらったやつね」

桜井「確か持ち曲が7曲しかなくて、ずっと同じ曲を回して(笑)。それもオリジナルではなく、コピー曲だったしね」

高見沢「桜井の同級生のドラムを入れて、俺がエレキを弾いて坂崎がベース。桜井はボーカルで、ハンドマイクで歌っていて」

桜井「あの時、まだベースを弾いてなかったからな」

坂崎「当時、俺が日本橋の浜町に住んでいて、近くの浜町公園でよくギターを弾いていたんだよ。そこに近所の中学生とか高校生が聴きに来てくれていて、その中に市川門之助さんという歌舞伎役者のお子さんがいたんだ。公園のすぐ横に家があったんだけど、それをきっかけに家にも遊びにいくようになって。門之助さんから『俳優祭』ってイベントがあるから、そこで演奏してほしい、って頼まれたんだよね」

高見沢「あれはすごかったよな。ステージから“見たことがある!”歌舞伎役者さんが何人も目の前で踊っているんだから(笑)」

坂崎「夏恒例の歌舞伎のファンを集めてやるイベントで、東京湾クルーズの『さるびあ丸』の船上でハウスバンドやらせてもらったの。ギャラもいただけたし、面白かったよなぁ」

高見沢「その時にギャラが出ていたのは知らなかったけど(笑)」

坂崎「え?5万円もらって、みんなで分けたじゃん」

桜井「いや、分けてないね(笑)」

高見沢「もらってないよ(笑)」

坂崎「分けたか、みんなで何か食べたかしたと思うけど……」

高見沢「5万円分も食べられるかよ(笑)。でも、あれがギャラをもらった最初の仕事じゃない?」

坂崎「ライブをやって、ギャラまでいただいて、いい夏の思い出だね」

秩父の夏

桜井「夏、というと2人と同じようにライブの思い出が一番だけど、子どもの頃の夏も思い出しますね」 

坂崎「桜井の実家の秩父だと、川遊び、涼しさ呼ぶ魚のつかみ取りとか?」

高見沢「(吉田)拓郎さんの『夏休み』の世界だね」 

桜井「あと街路灯に虫がいっぱいいてさ。今はあまりいないよね。虫も少なくなったのかな、あんな田舎でも本当にいなくなった。これって気温も関係しているみたいだよね、35度を超えると蚊とか虫も出てこなくなるんだって」

高見沢「え!? 蚊も熱中症になるの(笑)」

桜井「30度から32度くらいがちょうどいいみたいだよ。35度になるとゴキブリもカメムシも出てこないってさ」

近年の野外は「無理」

高見沢「昔は昼間暑くても、夕方になると風が吹いてきて涼しくなって。俺たちが野外で夏イベをやっていた頃は、日が落ちてきて夕景になって……」

坂崎「そこに、ステージの照明が入ってね」

高見沢「そういう感覚だったけど、今はもう野外でライブをやるのは無理だよね」

坂崎「自分たちも無理だけど、お客さんはもっと無理。開場時間が14時くらいになるでしょ、その時間だと熱中症で体調を壊すよな」

高見沢「今はアリーナとか屋内になったけど、仕方ないよね。場所の問題もあるし、昔に比べて音に対する問題も大きくなったしね」

桜井「俺らは音、デカいからなぁ(笑)」

高見沢「あとさ、台風で強風が吹く中にイベントやって、会場で飛ばした銀テープが会場外に飛ばされて、電線に引っかかって会場付近一帯が停電になったこともあったな」

坂崎「スタッフが近隣住民の家を一軒ずつ直接回って謝罪をしたんだよね」

高見沢「近隣にお住まいの方にもご迷惑をおかけしたし、翌日の新聞の社会面にも掲載されたからね。でも、今ならもっと大ごとになっていたかもしれないね」

――40回目の“夏イベ”を前に、半世紀以上をともにしてきた3人は、初めての野外ライブや今では考えられないハプニングを振り返った。だが、70歳を超えた彼らが語り合ったのは夏の思い出だけではない。【後編記事】「僕らは優柔不断を絵に描いたようなバンド」…THE ALFEEが語る“愛の免許返納”と手放せない愛車の歴史では、新曲『Crossroad―愛の免許返納―』にちなみ、3人の恋愛観や免許、手放せない愛車への思い、さらにホールコンサート3000回を超えた先について聞いた。

取材・文/蒔田稔

デイリー新潮編集部