《恩師が初告白》中村敬斗 小2で自ら希望、“神判断力”養った8年間の「脳トレ特訓」
「サッカー王国・ブラジルとワールドカップの本大会で対戦するのは’06年ドイツ大会のグループステージ以来。このときは玉田圭司選手のゴールで先制するも、猛反撃にあい、1対4の完敗でした」(スポーツ紙記者)
20年ぶりにサッカー王国に真剣勝負を挑んだサムライブルー。今大会は中田英寿氏、小野伸二氏らを擁したジーコジャパンを超える“日本サッカー史上最強”のメンバーが揃ったーー。
長年、日本のウイークポイントであったゴールキーパーだが、守護神として鈴木彩艶選手(23)が君臨。23歳にして日本のゴールを守り、好セーブを連発した彩艶は、プライベートでは“優等生”だ。
「幼いころから、道に落ちているごみを拾うなど真面目な性格で、チームメイトにも、移動中のマナーを注意していたといいます。プロになってからもそのストイックな姿勢は変わりませんでした。’23-’24年シーズンにクラブでチームメイトだった藤田譲瑠チマ選手(24)から、彩艶選手は『面倒くさいぐらい真面目』と評されていました。自炊する際に、『無駄な脂はとらない』と言って、鶏のむね肉を食べるときも皮をはいで食べ、藤田選手にもこの食べ方をすすめたことがあったそうです」(サッカー関係者)
自身やチームメイトに対しては、自制を求める一方で、知人には気遣いを忘れないようだ。彩艶が定期的に訪れている埼玉県川越市にあるイタリアンバル「Brighton Cafe」の代表・恵比寿徹也さんは、こう証言する。
「彩艶が知人の紹介で初めて来たのは、彼が浦和レッズとプロ契約を結んだ高校2年生のときでした。早くからプロになる選手は挨拶や返事などが身についていないこともあるのですが、彩艶は当初からハキハキしていてしっかり者という印象でした。
メールのやり取りでも文面が丁寧なんです。今でも、メールを送るたびにすぐにレスがきます。浦和から川越までは距離があるのですが、律義によく来てくれました。去年、帰国した際には、彩艶がイタリアのクラブでプレーしているので、『パスタの味などは、相当舌が肥えてきましたからね』なんて言って、私の料理にもプレッシャーをかけてきましたよ(笑)。頼もしいです」
■日本の点取り屋の意外な食生活
一方、最前線でゴールを狙う上田綺世選手(27)にも、食の面で個性的なこだわりがーー。
「上田選手は法政大学時代、試合前に必ず、昼食に加えて雪見だいふくとグミを購入して食べていたそうです。プロになった今でも、妻でインフルエンサーの由布菜月さん(28)と一緒に週に1回程度アイスを食べていると聞いています。その理由を『僕はそんなに意識高い系ではないですし』と話していました」(前出・スポーツ紙記者)
点を取るだけでなく、前線で泥臭く体を張り、ハードワークする上田。その運動量を支えているのは規格外の食欲にあるようだ。
「上田選手は大食漢だそうです。以前インタビューで、『僕、めちゃくちゃ食べるんです』と言い、洋食店で、パスタ、ハンバーグ、ライス、ピザ、アヒージョとバゲットを一度に食べたと話していました。これは日常的に食べている量だといいます。以前、インスタグラムに焼いた大きな肉の塊の写真を載せて《久々の自炊 889g》と綴っていたこともありました」(前出・スポーツ紙記者)
“爆食伝説”の上田と共に、日本の攻撃をけん引するのは、中村敬斗選手(25)。
「中村選手は6月15日のオランダ戦で相手ディフェンスを欺き、股抜きシュートを決めました。
6月21日のチュニジア戦では、開始早々、左サイドを崩して、先制点となる鎌田大地選手(29)のゴールをアシストしています」(前出・スポーツ紙記者)
日本を決勝トーナメントに導いた中村の“神判断”は幼少期からの努力の成果のようだ。
レンタルフリースペース「Slap Snails」の代表で、ニューロパフォーマンストレーナーとして、アスリートのための脳トレーニングを指導する依田匡弘さんが明かす。
「敬斗自ら希望して脳トレ教室に来たのは小学校2年のときでした。ちょうど私が教室を始めたときで、1期生に。ほかに生徒はいませんでしたので、うちの男児3人も交えて、4人で授業をやりましたね」
依田さんの行った脳トレーニングとはーー。
「“サッカーの自主トレノートを書こう”と敬斗に指導すると、《シュートが入った》とか《失敗した》とか、毎回1行だけ書いてきましたね。これに『どうして失敗したの?』と聞くと、『まっすぐ足に当たらなかった』と返ってきて、さらに『どうすれば、まっすぐに当たるかな』と細かく聞き返し、自分で考えさせました。
私の脳トレ授業では、禅問答のように本人とじっくり対話するんです。週1回2時間の指導を彼が高校2年になるまで続けました」(依田さん)
■「プロになってW杯の得点王に」
中村の考える力は、依田さんのサポートもあり、順調に培われていった。依田さんが続ける。
「小学校6年生になったときに『柏レイソルの下部組織をやめました』とお父さんが言ってきましたね。“自由にドリブルさせてくれない”のが不満だったとか。
すでにこのころは、敬斗に『将来どうするんだ』と聞けば、『プロになって、ワールドカップで得点王になる』と言っていたので、『そうだな、それに向かっていこう』と話しました」
中村が中学1年生からガンバ大阪とプロ契約を結ぶ高校2年生まで所属していた「三菱養和サッカースクール」で、彼を指導した生方修司チーフコーチは当時のことをこう振り返る。
「初めて彼に会ったときに、『このクラブはドリブルをしても大丈夫ですか』と言ってきたのが印象に残っています。そういうことを言ってくる子は今までいなかったので、これはかなりこだわりがあるのだろうなと、少し驚きましたね。
ボールを相手に取られたら、走って取り返しに行くことを条件にドリブルを認めると、そのルールをきちんと守っていました」
果敢なプレーを見せる中村だが、グラウンドの外では“控えめキャラ”だったそうだ。
「“俺が俺が”っていう感じの子ではありませんでした。後ろのほうで、チームメイトが言っていることに、ニコニコ笑ってるような感じで。グラウンドでは、攻撃の部分に関しては、もう本当に彼が引っ張っていくような姿勢を見せてくれて。試合前の円陣とかミーティングでは、『今日は絶対勝とうぜ!』とか『絶対ビビんないで行こうぜ!』と仲間を鼓舞するなど、頼りになるところを見せてくれました」(生方チーフコーチ)
三菱養和SCでは中学3年生にして、高校年代の試合に出場していた中村。そのころ、依田さんのジムには、世界的スター選手であるクリスティアーノ・ロナウド選手(41)も利用したというニューロトラッカーというトレーニングソフトが導入された。
専用の3Dグラスを装着し、モニター上に浮かび上がる8つの立体的なボールを目で追っていくトレーニングで、判断力の向上や、感情のコントロール、記憶力の向上などに効果があるといわれている。依田さんとのトレーニングは中村のプレーを支える土台となっているようだーー。
「今回の大会が始まる前には、『出るだけじゃないぞ』とメールを送りました。オランダ戦の得点シーンを見ても、“次の瞬間に相手がどう動くか”を冷静に見極められているのがわかりました。私の指導が役に立っているかなと、うれしく思いましたね」(依田さん)
大一番で発揮された中村の判断力は、自らの意思で始めた脳トレ特訓の賜物であったーー。
