【藤谷 昌敏】なぜ日本の自衛隊員や外交官は罠に落ちてしまったのか…自殺者まで出た「中国ハニートラップ」の巧妙すぎる手口

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色仕掛けによって、国家の機密情報などを引き出す「ハニートラップ」。ドラマや映画の話ではなく、実際に世界中で行われており、過去に日本でも事件化している。

前編記事『「米FBIもまんまと騙された」英国の諜報機関も警告…!日本人が知らない「中国ハニートラップ」の恐るべき実態』に続き、元公安調査官で、金沢工業大学産学連携室主任研究員の藤谷昌敏氏が解説する。

過去に日本でも起きている「ハニートラップ事件」

日本においても複数のハニートラップ事件が発生している。外務省、自衛隊など政府機関に対する工作事例であり、自殺者が複数出るなど非常に痛ましい事件となった。いずれも女性を媒介とする国家安全部もしくは公安部の暗躍が推測される。

●在上海総領事館員自殺事件

2004年、在上海日本国総領事館で公電通信事務を担当していた通信担当官(当時46歳)は、機密性の高い公電文書を扱っていた。2003年当時、この館員はある中国人女性「劉」(源氏名)と交際していた。

中国の公安当局は、「劉」を連絡役として、館員と連絡をとるようになった。接触してきたのは40代の公安局関係者・唐と、通訳・陸の2名だった。

2004年5月、唐は、在ユジノサハリンスク日本国総領事館への異動が決定した館員に対し、「なぜ異動を黙っていたのだ」「領事館員の出身官庁を教えろ」などと脅迫した。

その後この館員は、「中国側がさらに重要な情報である領事館の公電システムを要求することになるであろう」と考えた。結局、館員は同月5日に合計5通の遺書を綴り、6日午前4時頃、領事館内の宿直室で自殺した。

この事件は、外務省本省、内閣情報調査室で調査され、外相、内閣情報官、官房副長官までは報告されたが、当時の官房長官や小泉首相には報告されず、一般にも報道されなかった。

遺書により自殺の経緯を知った外務省は、これが領事関係に関するウィーン条約(外交官の権利等について定めた国際条約)に違反すると考え、中国政府に対して、2度に渡り口頭で抗議および真相の究明を要求した。

日本の場合、こうした工作事件は不祥事と捉えられがちであるが、決して個人の責任ではなく、組織全体で取り組むべき問題である。本来ならば、きちんと事実確認をして、今後の防止策を立て、組織全体に浸透させていくべきである。

館員が尊い命を犠牲にしたことで、この事件は一応の決着はついた格好だが、領事館の暗号システムが中国側に漏洩していれば、日本領事館や他の在外公館の動きや外務省の意思は全て中国側に筒抜けになり、外交の上で決定的に不利な状況に置かれたはずだ。

この事件以降、外務省職員の歓楽街立ち寄りは一切禁止されたが、中国の情報機関は、今でもあらゆる機会を狙っていることを我々は忘れてはならない。

防衛省・自衛隊創設以来最悪の情報漏洩事件

●海上自衛隊上対馬警備所情報漏洩事件

2006年4月、海上自衛隊上対馬警備所の1等海曹(45歳)が、無届けで中国上海への渡航を8回繰り返したうえ、注意文書の「識別参考資料」を上司の注意を無視してコピーして持ち出していたことが内部告発で発覚した。

同海曹は、2005年1月同僚の3等海曹(28歳)と上海に旅行した際、日本人向け完全個室制カラオケ店で中国人女性の接客を受け、親しくなり、計約350万円の海外送金をし、2006年3月までに会うため計8回も上海に渡航していた。なお、同僚の2等海曹(39歳)も計7回、一緒に上海に行った。

このカラオケ店は、2004年5月に在上海日本総領事館内で自殺した館員(46歳)が、交際していた女性が所属していたカラオケ店「かぐや姫」である。

7月4日、海上自衛隊佐世保地方総監部は同海曹を無断渡航で懲戒処分(停職10日間)にし、同僚の2等海曹も計7回の無断渡航で懲戒処分(停職8日間)とした。問題は、このカラオケ店「かぐや姫」が公安当局の支配下で、客となった日本人の情報が筒抜けだったことである。外務省の事件が起きた後、歓楽街に近づかないように言われていたのにもかかわらず、自衛隊員らは出入りしていた。

なお、実際に資料を提供したかどうかは不明だが、他に事情聴取を受けていた1等海曹(42歳)が10日佐世保停泊中の護衛艦「あさゆき」艦内倉庫で自殺した。

●イージス艦情報漏洩事件

海上自衛隊第1護衛隊群(神奈川県横須賀市)の2等海曹がイージス艦の構造図面などを持ち出したことが発覚した。

神奈川県警本部警備部と海自警務隊は極めて秘匿性の高い「特別防衛秘密(特防秘)」に当たるとして、2007年4月4日以降、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法違反の疑いで捜査を進めてきたが、2008年1月に2等海曹の中国籍の妻を出入国管理及び難民認定法(出入国管理法)違反容疑で調べた際、同県警が押収した外付けハードディスク(HDD)内にイージス艦の情報が発見されたことで発覚した。

捜査当局は情報の流出元や経路の特定を進めていたが、2007年12月13日、事案の発端となった開発隊群プログラム業務隊所属(当時)の3等海佐を逮捕したことが報じられた。

特別防衛秘密が含まれていることを認識していた上で情報を拡散させた行為が極めて悪質であるとして、当該3等海佐は初の日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法違反容疑で起訴(2008年12月に懲戒免職)されたほか、流出の舞台となった海上自衛隊第1術科学校では一連の事案に係わった隊員5名が書類送検されるという、防衛省・自衛隊創設以来最悪の情報漏洩事件となった。

東ドイツ国家保安省シュタージによる「ロミオ作戦」

ハニートラップの標的となるのは男性だけとは限らない。冷戦期、ドイツ民主共和国(東ドイツ)の秘密警察・諜報機関シュタージの長官マルクス・ボルフは、別名「顔のない男」と言われ、西側情報機関でも高名な人物だった。

マルクス・ボルフは、二枚目の男性スパイを西ドイツ政府の独身女性秘書・分析官・政治家秘書などに接近させ、恋人関係や夫婦関係になって協力関係を迫った(ロミオ作戦)。

ボルフは、徹底した事前調査(経歴・趣味・思想・孤独感など)を行い、理想の男性像を演じるよう訓練された男性(ロミオ諜報員)を接近させた。彼らは恋愛関係を長期的に維持し、信頼関係の中で機密情報を入手するように訓練されていた。

多くは性的関係よりも心理的信頼の構築が中心で、女性に離れがたい思いをさせることが得意だった。時には偽の結婚式を挙げ、シュタージの関係者が親族として参加するなど巧妙な欺瞞作戦を実施した。この作戦は、女性の「弱さ」ではなく善意・理想主義・恋愛感情・孤独感を利用した点が特徴で、発覚しにくく極めて効果的だったとされる。

ロミオ作戦が最も成功した例として、西ドイツ情報機関(BND)分析官ガブリエレ・ガストの事件がある。

ガブリエレ・ガストは、1968年、東独旅行中に「カール」と名乗る男性(ロミオ諜報員)と出会い、カールは彼女の知性と理想主義を巧みに刺激し、恋愛関係を構築した。ガストは、「東西平和のために力を貸してほしい」と説得され、20年近くスパイ活動を継続し、首相向け極秘文書を首相本人より先に東独へ渡すほど深く取り込まれた。

日本人の危機意識の低さが問題の根底

ハニートラップは、工作活動のきっかけとなる場合だけではなく、相手を完全に取り込むための有効な方策であり、男女の関係は外部に露見しづらいため、発覚されにくい。中国とロシアは今後も国家的な目的遂行のために、ハニートラップを駆使していくことだろう。

そしてハニートラップは、米国や英国などの欧米諸国だけが狙われているのではなく、日本にとっても他人事ではない。特に中国の情報機関にとって、日本は同じ東アジア系で漢字圏であり、外見も似ており、考え方や嗜好傾向も熟知している。

日本でも、出会い系アプリなどを多くの人が利用していることから、中国の女性工作員と接触が始まるケースもあるに違いない。特に政治家、公務員や先端科学技術を扱う企業・研究所などの社員、職員は、いつでも自分が中国情報機関のターゲットとなる可能性を認識しておくべきだろう。

中国系の飲食店に立ち寄らない、近づいてくる女性に注意することなどが必要である。こうしたことは日常的な学習がなければ、身につかないことであり、企業や大学、官公庁は危機管理の観点で積極的に研修などに盛り込んでいくべきである。

そもそも、問題の根底にあるのは日本人の危機意識があまりにも低いことである。大学レベルの教育プロセス自体にインテリジェンスについて学ばせる機会を設けることやスパイ行為自体を取り締まる単純スパイ罪を取り入れた「スパイ防止法」の整備が必要である。

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