テキサス州の州都、オースティンの魅力を音楽ファン目線で掘り下げた観光レポート連載(全4回)。第2回はこの街の象徴であるライブハウス編。前半は資料やガイドとしても役立ててほしい注目ヴェニューまとめ、後半は筆者の体験記をお届けする。カントリーの名店では想定外の出来事も……。

※【オースティン音楽旅行記】記事一覧はこちら

オースティンといえば「世界のライブミュージックの首都」。ジャンルや有名無名を問わず、数百もの会場で連日ライブが繰り広げられている。観光パンフレットでも大々的に取り上げられており、SXSWなどのフェスで使用されている会場も多い。

音楽ファンにとっては夢のような環境だが、あまりの膨大さゆえに「どこから行けば?」と困惑する人もいるだろう。まずは前回Vol.1に引き続き、Omar Lozanoさんとオースティン観光局のおすすめを教えてもらった。


オースティン観光局が作成したマップ。本稿では中心部の6th StreetとRed River Cultural District、南西のSouth Lamar、東のEast Austinを紹介

6th Street:ナイトライフの象徴的ストリート

ダウンタウンの中心にある大人気エリア。木〜土曜の夜は生演奏でにぎわう歩行者天国となり(※動画はこちら)、道沿いに並ぶヴェニューのドアは開け放たれ、路上では流しのミュージシャンが演奏する。レゲエ/スカ/ラテンなど最高のヴァイブスを届けるFlamingo Cantina、B.B.キングやジェームス・ブラウンからゲイリー・クラーク・ジュニアまで訪れたブルースクラブAntone's Nightclub、2階パティオでセッションを繰り広げるThe Blind Pig Pubなど、味のある名店も目白押し。

Antone's Nightclubにビリー・ストリングスが出演


日中のThe Blind Pig Pub。夜中は2階が生演奏で賑わう。今回は曜日の都合でホコ天は体験できず、次回はがっつり楽しみたい(Photo by Shiho Sasaki)

Red River Cultural District:ヴェニューひしめく文化地区

バーベキュー(ソース)の名店としても知られるStubb's Bar-B-Qでは、2500人収容の屋外円形劇場「Waller Creek Amphitheater」に日本からLampも出演するなど全米ツアー中の実力派が集う。同店の向かいにあるMohawkは、900人収容の寛ぎやすい屋外ステージが魅力。Empireは修理工場を改装した1000人規模の「Garage」、DJスペースとしても活用される「Control Room」、小川沿いの「Patio」という3つのステージを備え、音楽フリークが駆けつける。

ほかにもアンダーグラウンドロック系のChess Club、その名の通りテキサス・サイケの系譜を受け継ぐThe 13th Floorといった小箱や、後者の隣にあるゴス/オルタナティブ系のElysium、メキシコ/ラテン音楽で沸き立つMala Vida(TikTokを眺めるだけで楽しい!)、クィアパーティー「TuezGayz」を毎週開催しているBarbarellaといったナイトクラブも揃う。Omarさんの一押しはCheer Up Charlies。LGBTQ+フレンドリーなこの店では店内と屋外にステージがあり、ライブやDJイベントのほかドラァグショーや映画上映も行なわれる。

Stubb's Bar-B-Qの紹介映像

Cheer Up Charliesでのパフォーマンス映像、会場の雰囲気もよくわかる

その他の主要ヴェニュー

Moody Centerは同市最大規模となる15000人収容の多目的アリーナ。2022年にオープンしたばかりで、同年にはハリー・スタイルズが一挙6公演を行なった。

観光名所でもあるテキサス州議事堂からすぐ近く。ウォータールー公園の景観に溶け込むオープンエアな円形劇場、Moody Amphitheaterは5000人収容。ヴァンパイア・ウィークエンドが2024年4月、ここで皆既日食に合わせて最新作のお披露目ライブを開催している。

1700人キャパの中堅ライブハウス、Emo'sは2023年にザ・キラーズがサプライズ出演したことでも話題に。この街随一のジャズクラブElephant Room、アフリカ音楽のDJや生演奏を楽しめるSahara Loungeも気になるところ。他にもライブを楽しめる場所はたくさんあるわけだから、質・量ともに凄まじい充実ぶりだ。

※South Congress地区のヴェニュー(The Continental Clubなど)は本連載Vol.3、ACL Live at The Moody TheaterはVol.4で詳しく紹介

South Lamar:映画館と味わい深い歌心

予習を済ませたところでライブハウス巡りの旅へ。その前に、最初の目的地であるオースティン南部のSouth Lamar大通りで少し寄り道をした。

リチャード・リンクレイター、テレンス・マリック、ウェス・アンダーソンといった名監督とも縁の深いオースティンは映画産業も盛んだ。全米40館以上を誇る映画館チェーン、Alamo Drafthouseはこの街で1997年に開業した。新作も古い名画も並ぶプログラムに加えて、上映中においしい料理を楽しむことができるのも売りの一つ。

筆者が覗いたときは、ちょうど全米最大級のジャンル映画祭、ファンタスティック・フェストの真っ最中。館内は多くの観客や関係者で混み合っていた。映画館のすぐ隣にカナビス専門店があるのはさすがヒッピーの街だ。

※South Lamar編の地図(Google Map)はこちら



ファンタスティック・フェストで沸き立つAlamo Drafthouse(Photo by Shiho Sasaki)

この付近はローカル料理のOdd Duck、テックス・メックスのMaudie's Too、寿司やラーメンなどレストランの宝庫。日中は暑かったので、家族経営の手作りパイ屋さんTiny PiesでPie Freezeを注文してみた。自家製パイフレーバーとバニラカスタードを混ぜ合わせた冷たいシェイクは絶品だ。


Tiny Piesで注文したPie Freeze。パイも間違いなく美味しいはず!(Photo by Shiho Sasaki)

South Lamar大通りを南下するにつれ、アメリカらしい郊外色が強まっていく。そして映画館から徒歩6分、お目当てのSaxon Pubに到着した。この街ではCactus Cafeと並ぶアコースティック寄りの名店で、ウィリー・ネルソンなどの大物も含めて、30年以上の歴史で3万回ものライブが行われてきたという。筆者の友人である若林恵さんから、WIRED編集長時代にSXSWでここを訪れた際、優秀なシンガーソングライターが揃い踏みだったと聞いて気になっていたのだ。

筆者が観たクラウディア・ギブソンは、ケルト音楽のエッセンスも感じるフォーキーな声と楽曲の持ち主で、その腕前から地元シーンの豊かさも実感できた。150人キャパの親密な空間で、バーカウンターもあるが騒ぐノリではなく、みんな椅子に座って静かに聴き入っている。


Saxon Pub。外観にもテキサスらしい情緒が漂う(Photo by Shiho Sasaki)

クラウディア・ギブソン、筆者がSaxon Pubで観た当日のライブ映像

ちなみに、Saxon Pubのすぐ脇には「South Austin Music」という筋金入りのギターショップがある。パフォーマー/観客が楽器を手に取る環境まで整っているのは音楽の街ならではだ。

ここから大通りを3km近く下ったところにあるBroken Spokeもオースティンの人気店だ。2024年で開業60周年を迎えたホンキートンク(カントリーを演奏するバー)の老舗。『クィア・アイ』のシーズン6「ブロークン・スポークの決闘」のなかで描かれているように、ペアで踊るテキサス・ツーステップのレッスンを受講することもできる。


South Austin Musicはギターの品揃えが抜群。店内にいた犬が可愛かった(Photo by Shiho Sasaki)

East Austin:泣きながら踊るパンクとカントリーの真髄

夜は6th Streetのもっと東側を歩いてみた。中心部より人通りは少なくなるが、店の照明が煌びやかで散策するのは楽しい。1940年代から営業しているテックス・メックス料理のCisco's、メスカル専門バーのLa Perlaは外装もキュートだし、屋外テラスもあるダイナー兼バーのRevelryでは、日によってライブやDJも楽しめる。

まずはOmarさんから「ロック好きならぜひ」と推薦されたHotel Vegasへ。ローカルバンドを大音量で楽しめる150人キャパのライブハウスで、入り口に貼られたフライヤーからもパンク・テイストが伝わってくる。この日は新人ショーケースで入場料は10ドル。最初に観たバンドは演奏も見た目も骨太だったが、2番目のスリーピースはいわゆるスラッカーバンドで、ヘロヘロな歌やMCの緩さに親近感を抱いた。

※East Austin編の地図(Google Map)はこちら


Hotel Vegasの外観。ネオンに惹きつけられる(Photo by Shiho Sasaki)


2組目のバンド。本当にユルユルでした(Photo by Shiho Sasaki)

Hotel Vegasはバーも充実していて、東京のライブハウス事情を思うと羨ましいかぎり。店頭でプッシュされていたブラッドオレンジのネグローニは酸味も効いている。

さらに、店の奥には広大なバックヤードがあり、ピクニックテーブルもたくさん設置されているので、転換時間にまったりできるのがありがたい……と思ったら、実は800人収容の屋外ヴェニューであることを後で知った。ここに何度も出演しているのが、筆者も大好きなガレージサイケの帝王Osees。最近も2023年のSXSWに続いて、2024年のLEVITATION(本連載Vol.1で紹介)では4日間連続で爆音ライブを披露しており、さぞかしクレイジーな盛り上がりだったに違いない。

Hotel Vegasの屋外スペースに出演したOsees、2023年のSXSWにて

そこから徒歩2分でハシゴしたのは、ホンキートンクのThe White Horse。週末は長蛇の列ができあがるエリア屈指の人気店で、カントリー、ロカビリー、ロックンロールといった極上のルーツ音楽を浴びながら、観客たちが思い思いにダンスする。店内にはウイスキーのタップ、裏庭にはタコスのフードトラックがあり、食事や人間観察をしながら寛ぐのもいい。しかも入場料は破格の5ドル。シカゴにおけるGreen MillやKingston Minesと同様、地域の憩いの場にして外せない観光スポットであり、個人的にも楽しみにしていた。

心待ちにしていたのには理由がある。オースティンの気候や街並みが、カントリーと驚くほどフィットすることに気づいたからだ。

宿泊したホテルの部屋にはレコードプレイヤーがあり、棚からひと掴みしたウィリー・ネルソンの『Lost Highway』を試しにかけたら、自分のなかでスイッチが突然切り替わった。温暖だが乾ききったわけではない絶妙な湿度、豊かな緑とのどかな空気が、ウィリーの歌声と妙にしっくりくる。アメリカ国民がアイデンティティの拠り所とするカントリーは、日本人の自分にはどこか遠い存在のように感じる部分もあったが、ようやく理解の糸口を掴めたような気がした。

オースティンのThe White Horse楽しかったな。夜中にこうやってカントリーを聴くのはとても楽しかった。 pic.twitter.com/q4V74lbDd0
- 小熊俊哉 (@kitikuma3) November 9, 2024

筆者がThe White Horseで撮影した動画。バンドの演奏に合わせて老若男女の観客たちがツーステップを踊る


The White Horseのアイコニックな看板と広いテラス席(Photo by Shiho Sasaki)


店内にはビリヤード台も置いてあった(Photo by Shiho Sasaki)

店内に入ると、カントリーハットやウエスタンブーツを着こなす男女がいる一方で、カジュアルに一杯を楽しむ人もいる。ビールが入った冷蔵庫には「ZZトップを大統領に」というステッカーが貼ってある。段差の低いステージで演奏するのは、日曜夜のレギュラーを務める5人組のArmadillo Road。ダンスフロアには幸福な景色が広がり、土の匂いを感じさせるカントリーソングが心に染み渡っていく。

筆者は今にも泣き崩れそうだった。実はパスポートをなくしたことに気づいたのだ。アメリカの本質に触れようとしていたとき、自分は日本人である証明を見失いかけていた。肌身離さず持ち歩いていたはずなのに……動揺のあまりググってみるも、ヒューストンの日本国総領事館で再発行するには260kmも移動しなければならない。

カントリーソングの多くが、メジャースケールの明るい曲調で「涙」を歌ってきた。泣き笑いにも似た音楽は、逆境のときこそ切なく胸に刺さる。葛藤を浄化するような歌とアンサンブルに浸り、やさしさに包まれながらホテルに戻ると、机のうえにパスポートがポツンと置いてあるのに気づき、しばらく嗚咽が止まらなかった。

【オースティン音楽旅行記】は全4記事
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【Vol.1】SXSWを生んだ街が「奇妙」であり続ける3つの理由
【Vol.2】「世界のライブミュージックの首都」どの会場から行ってみる?(※本ページ)
【Vol.3】音楽ファン垂涎のレコード店、ホテル、ディープなカルチャースポット巡り(※11/14 17時公開)
【Vol.4】伝説の音楽番組『Austin City Limits』50年の歴史に触れる(※11/15 17時公開)

※取材協力:ブランドUSA、オースティン観光局


Photo by Shiho Sasaki