トランプは「いつでも電話してこい」と私の肩をたたいた…、元駐アメリカ全権大使が見た「トランプの素顔」と「大統領選の行方」

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元駐米大使が見たトランプとハリス

大接戦となっているアメリカ大統領選は、トランプ、ハリスの両候補ともに決め手を欠いたまま投票日(11月5日)を迎えようとしている。

日本外交の専門家は、この状況をどのように受け止めているのか。

元外務省事務次官で、おもに前トランプ大統領の時代にアメリカ合衆国駐箚特命全権大使をつとめた杉山晋輔氏(早稲田大学特命教授)は、このほど『日本外交の常識』(信山社)を上梓した。ちょうど石破茂内閣が誕生し、日米地位協定やアジア版NATO構想が俎上にあがるなか、議論のベースとなる外交知識を理解するうえでうってつけの書籍である。

日本では安倍政権の期間中に、日米外交の中心に身をおいた杉山氏に大統領選の見方とこれからの日米関係について訊いた。

――10月上旬にアメリカに滞在されたそうですね。11月5日は、大統領選の投票日ですがどうなりそうですか?

もともと、トランプ候補が優勢だと見られていて、バイデン大統領が選挙を降りた。それでもトランプが有利だろうと思っていたら、ハリス候補が頑張ってね。日本ではハリス優勢という報道が多いようですが、トランプも盛り返しています。私もアメリカで、いろんな人から情勢分析を聞いたが、結局どちらが勝つのかまったくわからなかった。

投票後もすぐに結果は出ないでしょうね。それくらいの激選で、大勢が判明するのは翌週、あるいはもっと先になるのではないでしょうか。

――杉山さんは2018年1月から21年1月まで駐米大使を務められました。日本外交にとって、トランプとハリスのどちらが好ましいと言えるのでしょうか?

私がアメリカに駐在したのはブッシュシニア大統領の時ですが、大使になったのはトランプ大統領が2年目に入ったころです。ですから、トランプとはふたりで話をしたことがあるし、そのスタッフにも知り合いが多いのです。

今回、訪米して彼らに会ってきたがトランプが当選した場合のチームの陣容もすでにできていて、国務長官のリストもありました。実際、その通りになるかは分かりませんし、トランプが本当にそう考えているのかもわからないのだけれど、政策を固めている人たちの議論はすでに始まっていた。

そういう意味で、トランプが当選した場合の方が見通しは立ちやすい。

しかし、ハリスが当選した場合については、私にははっきりと言える材料はありません。

バイデン大統領は、私の大使の任期の終盤の2021年1月に就任しました。だから、私は宣誓式に出て日本に帰ってきました。バイデン大統領とは少し話をしたけど、ハリス副大統領とは握手をしたことがある程度です。

しかも、ハリスが大統領になったとしても、いまのバイデンチームがそのままホワイトハウスに留まるわけではありません。政権の中身はがらりと変わり、ハリスチームがやってくるわけですが、だれがチーフスタッフとなり、だれが国務長官になるのか、その中身はまだまだわかりませんね。

ひとつ言えることは、我々が、どちらが大統領になってほしいと望んだとしても、あまり意味がないということです。決めるのはアメリカの国民ですし、どちらが大統領になっても我々はうまくやらなければならないのですからね。

トランプの「隠された魅力」

――ハリスは、意外と民主党内で評判がよくないという話を聞いたことがあります。

私は2年前の中間選挙のときにも訪米しましたが、ワシントンで話を聞いてみると、たしかに民主党の上院議員たちのなかでハリスの評判は芳しくありませんでした。だから、ハリスが大統領候補になれば、トランプが有利だという話しも聞いた。

共和党のアンチ・トランプのなかには、バイデンのままならトランプは負けるが、ハリスが出るとトランプ候補が大統領になってしまうというのがブラックジョークとして語られていましたね。だから、バイデンが撤退してハリスが候補になったとき、トランプの勢いが増すのだと考えられていたわけです。

トランプは、7月にペンシルバニア州のバトラーで銃撃され、彼の猛々しい写真が全世界に報じられたこともあり、トランプの勢いは変わらないと思っていた。ところが、ふたを開けてみればハリスが候補者となるとトランプを逆転してしまいました。

そのとき思いましたね。ホワイトハウスの周辺でトランプがいい、ハリスがいいと言いあっていても、国民はそうは考えていないのだと。日本でも同じですよね。永田町や霞が関が望んだとしても、国民はその通りには受け入れない。これが民主主義です。

ハリスは、非白人で女性、トランプは78歳だけどハリスはまだ60歳と若い。元検察官でロジカルだし、演説もうまい。トランプもマスコミには嫌われていて共和党内にアンチもいる。でも、プア・ホワイトのなかには熱狂的に支持する人がいるし、大統領時代に閣僚として彼の脇を固めていた人のなかにはトランプラバーがいるわけです。

――杉山さんは、大使時代にトランプと一対一で話をしたことがあるそうですね。直に話をして、彼の人柄をどう評価していますか。

すごくチャーミングな人。ちかくで話をすると、テレビで感じる猛々しい印象とは全くちがう、温かさがある。もっとも、リーダーはそうでなければ、政権を続けることはできないものですよ。

二人で話をしたとき、その場にいたのは令嬢のイバンカさんと、もうひとり閣僚がいましたね。その場で私はトランプの前に座らされて話をした。彼は話も面白いが、ボディラングリッジが魅力的なんです。手をにぎったり、肩をたたいたりしてね。最後に「いつでも電話して来い」と言ってくれた。

もちろん、大使が直接、大統領に電話できるわけじゃありませんが、そのあと部屋の外に待機していた首席補佐官たちとは、すぐに電話ができるよう取り計らってもらいました。多くの人はトランプを攻撃的だと思っているかもしれないが、報道されていることだけがトランプの全てではないわけです。

私はハリスの人柄はわかりませんが、やはり大統領となろうとする人はそれを支える人がたくさんいるわけですから、途方もない魅力を持っているのだと思いますね。

様変わりするアメリカの「二大政党」

――最近では、アメリカの二大政党の性格も様変わりしているという印象です。杉山さんには、いまの民主党と共和党はどのように見えているのですか。

日本にも、第一次大戦後に、政友会と民政会の二大政党の時代が7年間くらいありましたよね。でも、日本ではなかなか二大政党が根づかない。そこはポリティカルカルチャーが全くちがうからなんだと思います。アメリカは、共和党のイメージはエレファント(像)で赤、民主党がドンキー(ロバ)で青というようにどっちかを選ぶ。対立軸を明確にするのがアメリカです。

共和党が保守で民主党がリベラルですが、いまでも党大会に行けば、雰囲気が象徴的にそのことを表しています。

共和党大会の雰囲気はクラッシー。男性はスーツでパリッと決めて、女性はドレス。食事は、高級なレストランを好み、あるいはフライドチキンやペプシコーラを飲む。民主党はTシャツとジーパンで党大会にやってきて、ピザを食べるという感じです。

ただし、最近ではその中身がどんどん変化しています。

かつては共和党の支持者は高学歴で富裕層のイメージだったが、最近は民主党のほうが医者とか地主とか大学教授の支持者が増えています。教育水準でも所得水準でも民主党のほうが高いイメージとなってきた。労働組合は伝統的に民主党支持だけど、トランプが大統領になってからは必ずしもそうではなくなっています。

よく、「アメリカの分断はトランプが作った」と言われていますが、私はそうは思いませんね。政治文化の体系は10年単位で変化してきましたが、ここ10年でアメリカで分断が生まれ、その結果としてトランプが生まれた。つまり、アメリカの分断がトランプを生んだのです。

トランプは、従来の共和党とはちがう非伝統的な強い個性を持っていることでアメリカの分断を象徴しているわけですが、このような時代では、たとえトランプがいなかったとしても、また他の分断を象徴するリーダーが出たでしょう。

トランプは、大統領になる前には一度も公職に就いたことがありませんでした。不動産業の富裕層、テレビの司会者として有名ではあったけど、ホワイトハウスとは無縁の非主流派。

逆にバイデンは、37年間、上院議員をやって外交委員長もやり、副大統領を8年やっていま大統領です。つまり、日本的にいえば永田町と霞が関のサークルにずっと住んでいたエスタブリッシュメントがバイデンでした。

アメリカのメディアの人たちがよく言うことは、「バイデンをニュースにしてもあまり視聴率は取れないが、トランプを出すとみんなが観てくれる」ということ。バイデンのモノマネはウケないけれど、トランプのモノマネをする人はスターになる。ここにアメリカのいまが象徴されていると思いますね。

では、ハリスはどうでしょうか。

女性で非白人という話題性がある。でも、ヒラリー・クリントンもトランプに阻まれて大統領になれなかったということもあった。それはガラスの天井(見えないジェンダーギャップ)という見方もできるかもしれないが、元検察官でエスタブリッメントのハリスより、トランプの方が多くの人にとって身近な存在だという見方もできるのではないでしょうか。

どちらが勝つかは分かりませんが、今回の大統領選挙からは、アメリカの変化の行方を感じ取るべきなんだと思いますね。

後編記事『元駐アメリカ全権大使がすべてを語った!「日米関係の現実」と「陰謀論の真実」――日本人が知っておきたい「日本外交の常識」』で、さらに『日本外交の常識』に込めた杉山氏の真意について迫っていきます。

元駐アメリカ全権大使がすべてを語った!「日米関係の現実」と「陰謀論の真実」――日本人が知っておきたい『日本外交の常識』