米大統領選で注目「ふたつのジェンダーギャップ」
女性の社会進出が進むとともに、その影響力も増しているという(写真:bilanol/PIXTA)
いよいよ来月に迫ったアメリカ大統領選挙。前回につづき、今回の選挙でも史上まれに見る激戦が予想される中、勝敗を分ける要素として上智大学の前嶋和弘教授が指摘するのが、「アメリカにおけるふたつのジェンダーギャップ」の存在です。
女性の社会進出が進むアメリカでの、ジェンダーによる支持政党の傾向と、トランプ支持層の意外な実像について、前嶋氏に聞きました。
※本稿は、前嶋氏の共著『分断されるアメリカ』から、一部を抜粋・編集してお届けします。
女性は大きな差で「明らかな民主党寄り」である
――カマラ・ハリスについて、先生はどのように見ていらっしゃるのでしょうか? バイデンと政策は違ってくるのでしょうか?
前嶋和弘氏(以下、前嶋氏) 基本的にはバイデンの支持層をそのまま受け継ぐと思います。分断の時代ですので、民主党の支持層と共和党の支持層は分かれていますから、その点は変わらないと思います。
ただし、違いは、アメリカのメディアが大げさに報道していますが、既存の民主党の支持層が戻ってきたということです。人種マイノリティの黒人だったり、ヒスパニックだったり、他に若者、さらに女性たちがハリス支持で戻ってきているということです。
近年のアメリカの選挙では、ジェンダーギャップというとふたつの意味があります。ひとつは、大統領選挙において、女性は共和党候補よりも民主党候補の方に10から15ポイント多く投票するという傾向があります。大きな差で明らかな民主党寄りであることです。
ただ、撤退前の今年の選挙ではバイデンの女性からの支持はトランプに比べると8ポイント程度高く、やはり大きかったのですが、出口調査で15ポイントもトランプに上回っていた前回の2020年選挙に比べると、限られていました。バイデンからハリスへの禅譲を機にジェンダーギャップも戻ってきました。トランプとの差は15ポイント以上の調査が多く、2020年のトランプとバイデンとの差まで戻っただけでなく、女性ということもあってさらに数字は上積みとなっています。
もうひとつのジェンダーギャップは「投票率」
もうひとつのジェンダーギャップは、投票率です。女性の方がどちらかというと選挙に行くのです。投票率が高い。それが大きいと思います。
アメリカの選挙は1970年ごろまで男性の方が、投票率が高かったのですが。女性の社会進出が進むとともに、女性の政治進出の必要性も高まり状況は変わりました。妊娠中絶の合法化を認めたロー対ウェイド判決(1973年)をめぐる是非については、国を二分するイデオロギー的な争いが続きました。
また、男女の平等を憲法修正条項に加えるERA(男女平等憲法修正条項:Equal Rights Amendment)議会承認(1972年)から80年代までの各州による批准運動は女性が政治に積極的に参加せざるを得ない、大きな要因となりました。
1980年の大統領選挙で男女の投票率は逆転。1990年代では2ポイント台、2000年以降では3ポイント台、近年では4ポイント近く女性の投票率の方が高くなっています。男女ですので、母体の人口も大きいので数パーセント違うだけでも差が出ます。白人女性に限れば、共和党が高い場合もありますが、トータルとしては女性の投票率の高さが民主党の支持率の高さにつながっています。
また女性とともに、黒人、ヒスパニック、アジア系の人種マイノリティの支持も2020年のバイデンの数字に近くなってきました。今年の選挙での人種マイノリティからのバイデンの支持がだいぶ落ちていて、大きく懸念されていました。
しかし、バイデンであっても、最終的には現在のハリスと同じような数字になっていたかもしれません。というのも、選挙戦が本格化したら、やはりトランプ嫌いの女性や人種マイノリティは目立ってきたと想像されるためです。ただ、ちょうど、大統領選が盛り上がってきたときにハリスが大統領候補になったので、人種マイノリティや若者や女性がハリスの支持に回っているように見えているのは間違いないと思います。
「トランプは嫌」という共和党支持者も、いるにはいる
――共和党の中からもハリス支持の声が上がっていますが、それは、共和党の分裂を意味するのでしょうか、それとも、もともと民主党候補に投票する可能性がある人たちが声を上げただけなのでしょうか?
前嶋氏 後者です。共和党の中にもトランプが嫌だと思っている人はいます。アメリカ国民の3割弱が共和党支持です。民主党は国民の3割強が支持しています。
無党派層は全体の3割か4割程度ですが、「中間層」では全くなく、無党派層の中は、3分の1ずつ、共和党寄りの層(lean Republican)、民主党寄りの層(lean Democrat)、全くの無党派と分かれています。だからアメリカ国民の4割ぐらいが「共和党支持+共和党寄り」です。そのなかにはトランプが嫌だという人はいます。
アメリカの場合、党派性が強くなればなるほど選挙に行きます。無党派層の中の無党派は全く選挙に行きません。かつては「レーガンデモクラット」のような民主党支持者が共和党候補に入れたり、その逆もありましたが、現在はその可能性は極めて少ないです。
無党派は選挙に行く可能性が低いのですが、それでも共和党寄りは共和党候補に、民主党寄りは民主党候補に、投票所に連れていけば入れます。無党派の共和党寄りが民主党候補に入れるケースは極めてまれです。その逆もそうです。
ただ、トランプの場合、これまでの共和党の主流だった人たち=あえていえば残党といってもいいのですが=からは強い反発があります。その人たちはトランプの外交政策に反対であるニッキー・ヘイリーを応援した人たち、あるいは反トランプの保守系団体「リンカン・プロジェクト」の人たちです。
2012年のトランプの前の共和党の大統領候補はミット・ロムニーでした。トランプから言わせればロムニーは「リパブリカン・イン・ネーム・オンリー(RINO)」で、「名ばかりの共和党員」です。「RINOの方が民主党よりもたちが悪い」とトランプは強調しています。
ロムニーは民主党大会に呼ばれるのではないかといわれていました。噂では、最終日にスペシャルゲストとして、ビヨンセかテイラー・スイフトかロムニーの名前が挙がっていました。結局登壇しませんでしたが、このようにロムニーのような、わずかな数の過去の残党のような人物がハリスにつくのです。
ジョージ・W・ブッシュ政権の副大統領でかつては民主党支持者が最も嫌っていたディック・チェイニーが強いハリス支持、トランプ批判で話題となりました。ブッシュやブッシュ家のほとんどの人たちもハリスにいれるでしょう。ただ、既に共和党は「トランプ党」なので、ロムニー以前のリーダーたちは過去の遺物です。言葉遊びではないですが、共和党支持者にとっては「異物」といっていいかもしれません。
――ロムニーやブッシュがハリスに共鳴する部分はどこなのでしょうか?
前嶋氏 国際協調路線です。ブッシュは「思いやりのある保守主義」でした。ブッシュはあまりスペイン語が話せませんが、ヒスパニックの人たちを取り込むために、演説でスペイン語を話すようにしていましたし、スペイン語のCMも多用しました。トランプが同じことをやるとは全く想像できません。
それに、ブッシュには移民排斥的なところは全くありませんでしたので、トランプが許せないところがあると思います。一方、トランプにとってはロムニーやブッシュは「ディープステート」(影の政府)そのもので、叩きのめしたい存在です。オバマもそうですが、トランプもイラク戦争などのテロとの戦いを進めたブッシュを批判しています。
「銃撃事件」が与えた影響はほとんど消えた
――トランプ銃撃事件がありましたが、トランプの政治姿勢に何か影響を与えたのでしょうか?
前嶋氏 ほぼないといっても間違っていません。トランプを銃撃した犯人はトランプでもバイデンでも、どちらを銃撃してもよかったのです。たまたまトランプが近くに来たので狙っただけです。党派的な背景はありません。
今回の大統領選挙では、実はここまで「確トラ」「ほぼトラ」だったタイミングはたった一瞬もありません。トランプの場合、岩盤支持層は離れませんが他の支持は得にくく、決して強い候補ではないです。
トランプはけっして「強い候補」ではない
そもそも、今年の選挙戦でトランプがバイデンを世論調査で上回ってもせいぜい3ポイント程度でした。
2020年選挙ではバイデンは常に約5〜10ポイントはトランプに対してリードしていたのと大きな差です。今年はバイデンもその勢いがなく、トランプもバイデンも「弱い候補」として並んでいました。討論会も銃撃事件も共和党大会も選挙戦の情勢にほとんど影響を与えていません。
確かに、共和党支持者を短期的に固めるには効果はあったかもしれませんが、それだけです。
バイデンの「失態」が問題になったトランプとバイデンの討論会のときは3ポイント程度の差が出ましたが、それから逓減し、トランプの銃撃でまた上がり3ポイント差。
それからやや減り、共和党大会のときもトランプとバイデンの差は再び3ポイント程度となりました。3ポイントリードで、「ほぼトラ」とか「確トラ」というのは笑止千万です。
トランプは、選挙という観点では「弱い候補」です。自分の支持層しか固められません。トランプが撃たれて立ち上がったポーズを見て、トランプが強いリーダーと思うのは、もともとのトランプ支持か、無党派層の共和党寄りの人たちに少しいるぐらいです。
(前嶋 和弘 : 上智大学教授)