低所得家庭の子ども約3人に1人が体験ゼロ…「体験格差」という深刻な問題を解決するのに必要なこと

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習い事や家族旅行は贅沢?子どもたちから何が奪われているのか?

低所得家庭の子どもの約3人に1人が「体験ゼロ」、人気の水泳と音楽で生じる格差、近所のお祭りにすら格差がある……いまの日本社会にはどのような「体験格差」の現実があり、解消するために何ができるのか。

発売たちまち6刷が決まった話題書『体験格差』では、日本初の全国調査からこの社会で連鎖する「もうひとつの貧困」の実態に迫る。

*本記事は今井悠介『体験格差』から抜粋・再編集したものです。

低所得者層の小学生の約3人に1人が「1年間体験ゼロ」

2022年12月15日。文部科学省で記者会見を行い、全国初の「体験格差」実態調査の速報値を発表した。「低所得家庭の小学生の約3人に1人が1年間体験ゼロ」という調査結果は、当日中に多くのテレビや新聞などで報道された。

長年にわたり光が当たってこなかった「体験格差」という課題が世の中にどのように受け止められるのか。正直なところ不安な気持ちが大部分を占めていた。だが、報道を見た現役の子育て家庭や元当事者、子ども支援の関係者たちをはじめ、多くの人々がSNS等で「体験格差」の解消を訴えてくれた。思いを同じくする方々の存在に勇気をいただいた。あれから1年以上が経ち、「体験格差」という言葉をメディアで目にする機会が増えたように感じる。小さいながらも社会が一歩前に進んだことを実感している。

しかし、「体験格差」の議論に積極的に参加している人々の多くは、子どもと直接関わる人たちに限られているというのが現状だ。「体験格差」を私たち社会の課題として捉え、解決を目指していくには、より多くの人たちに議論に参加してもらわなくてはならない。本書の執筆を決意したのは、まさにそのためだ。

体験格差の問題解決に必要なこと

一方、「体験格差」に関する認知を広げるだけでは、この問題は解決しない。解決策が提示されないままに、過度に子育て家庭の不安を煽ることになれば、結果として経済的に豊かな家庭はさらに子どもの体験にお金や時間を投じ、格差を広げることにもなりかねない。

だからこそ、「体験格差」という課題を必要以上に大きく見せたり、逆になきものとして扱ったりするのではなく、データや当事者の声から見えてくる課題の実情を捉え、具体的な解決策や今後の論点を提示することで、社会全体で課題解決に向けた議論を深めていくための土台をつくりたい。そんな思いで、本書を書き進めてきた。

「体験格差」解消を目指す理由

なぜ私は「体験格差」の解消に取り組むのか。原点は、学生時代に遡る。

学生時代にボランティア活動をしていたNPO法人ブレーンヒューマニティーの当時の代表の紹介で、とあるキャンプにスタッフとして参加した。そのキャンプは、ある施設で行われ、不登校や引きこもりなどの状態にある青年期の若者が数週間にわたり共同生活をするというものだった。

そこで出会った若者の一人は、参加した初日の頃は、喜怒哀楽などの表情がまったく見えなかった。運営に関わる職員さんに話を聞くと、「彼は、幼い頃から不登校状態で、長きにわたり人や社会とのつながりを持てなかったんだよ」と言う。

参加者の中には、学校や職場、家庭などの人間関係につまずき深い傷を負っていたり、発達障害や疾患などを抱えている人もいた。

個別の状況は異なるが、いずれも本人だけの力ではどうすることもできない事情によって、人や社会とのつながりを断たれてしまっていた。そんな若者たちが「今の状況を変えたい」という思いで、勇気を振り絞って参加していたのが、そのキャンプだったのだ。

自己肯定感を得ていく若者たち

普段は昼夜逆転状態にある参加者もいたが、共同生活では、早朝に起きて、一緒に朝食と昼食のお弁当をつくる。そして、朝から出向き、地域の福祉施設や、NPOでボランティアとして働く。

夜の振り返りの時間では、「施設の利用者さんからこんな声をかけてもらい嬉しかった」といった具合で、一人ひとりがその日に「体験」したことを参加者同士で話し合う。

働くこと。地域の様々な人と出会うこと。人と共同で生活すること。一緒に料理をしたり食事をとったりすること。自然の中で過ごすこと。

参加者たちは、キャンプでの様々な「体験」を通じて湧き起こった自分の感情を他者に受け止めてもらうことで、ありのままの自分を肯定する感覚を得て、少しずつ自信を取り戻していったようにも見えた。表情がなかった彼も、時間の経過とともに、だんだん表情が見えてくるようになった。キャンプ後にアルバイトを始めた若者もいたようだ。

当時の自分はスタッフとして力不足で、失敗もたくさんした。しかし、そこで「体験」には、人が本来持っているその人らしさと可能性を引き出す力があることを学んだ。何歳になってからでも、「体験」を一つひとつ積み重ねることでそれは可能だと今も信じている。

困難を抱える青年期の若者たちの姿をこの目で見てきたからこそ、私は子ども時代の「体験格差」をなくし、子どもや若者が生きやすい社会をつくりたいと思っている。

文化や体験と出会い、地域の大人と出会う

最後に、私たちが取り組み始めた新たな挑戦についても紹介させていただきたい。

私たちは、2021年より、「体験格差」の問題に本格的に取り組むことに決め、2022年に新たなプロジェクト、子どもの体験奨学金事業「ハロカル」をスタートさせた。経済的な困難を抱える家庭の子どもたちに、スポーツや文化芸術などの習い事やクラブ活動、キャンプなどの体験活動の費用に利用できる奨学金(クーポン)を提供するとともに、地域で活動する「コーディネーター」が、子どもたちと地域の体験活動をつなぐ役割を担う。本書の最後に紹介した東京都墨田区周辺地域のほかにも、全国のいくつかの地域でプロジェクトが始動しており、各地の「コーディネーター」たちと協力しながら日々活動している。

「ハロカル」という名前には、「ハロー・カルチャー(=文化や体験との出会い)」「ハロー・ローカル(=地域の大人との出会い)」という二つの意味が込められている。子どもたちが「やってみたい」と思う体験ができる。それだけでなく、体験を通じて子どもたちが地域で活動する大人たちと出会いつながっていく。体験をきっかけに、地域で子どもたちを見守り支える環境をつくりたい、そんな思いで「ハロカル」を立ち上げた。

先日、「ハロカル」を利用して地域のクラブ活動に参加している家庭の保護者の方が「子どもたちにとってクラブでの活動が生活の一部になって、なんだか新しい居場所ができたような気がします」と話してくれた。別の保護者の方からは、大人と接することが苦手で挨拶もできなかった子が、ピアノ教室の先生と出会い大人と話すことができるようになったという話も伺った。「ハロカル」を通じて少しずつ、でも確実に、子どもたちと地域の新しい接点が生まれていることを感じる。

新しいチャレンジはまだ道半ばだが、全国に仲間を増やし、「体験」を通じて子どもたちを地域社会で包摂することのできる環境をつくっていきたい。

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