町田ゼルビアのホーム(町田GIONスタジアム)

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 大詰めを迎えているサッカーJ1リーグで、多くの話題を振りまいているのがFC町田ゼルビア(=町田)だ。昨シーズン就任した黒田剛(ごう)監督(54)に率いられ、J1昇格1年目から優勝争いに食い込んでいる(現在3位)。その町田には一方で、監督やチームに対するSNSでの批判が続いている。プロでは珍しいロングスローの多用や、PKを蹴る前にボールに水をかける行為などについて、「紳士的ではない」などとの指摘が相次いでいるのだ。誹謗中傷と取られるものも多々見え、Abema TVの社長でもある藤田晋オーナーは「もう限界です」とコメント。刑事告訴という強硬手段を取ると明言した。町田を巡るピッチ外での騒動は、出口が全く見えていない。

町田ゼルビアのホーム(町田GIONスタジアム)

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【写真】黒田監督とJ1昇格時の町田

 優勝争いが佳境を迎えるこの時期にもかかわらず、サッカーJ1は、町田の話題で持ちきりだ。今月15日、藤田オーナーが「昨年来、クラブの好調な成績と比例するように、無数の誹謗中傷を浴びており、(中略)これ以上はもう看過しないことを決意しました。(中略)イジメの構図と同じです」と発表した。Jリーグに限らず、どのプロスポーツチームや選手も、SNSでの誹謗中傷には頭を悩ませている。ところが、本件について、Jリーグの監督や関係者に聞くと、意外な反応が返ってきた。

賛否両論相次ぐ

 今シーズン町田は度々物議を醸してきた。

 6月、天皇杯の予選で筑波大と対戦、まさかの敗戦を喫した。この試合で町田の4選手が負傷した。また、「ため口だった」などとして、監督自身がピッチ上で相手選手と口論することも。試合後には「(筑波のプレーに)憤りを覚える」とコメントした。しかし、むしろラフプレーを仕掛けたのは町田の方ではなかったのかと“検証”する動画がSNSに登場。どちらが悪いのか、一時、SNSでは論争が繰り広げられた。

 続いて大きな話題となったのが、町田の選手がPKを蹴る際に、複数回、ボールにペットボトルで水をかけたこと。ボールを走らせることが目的と思われる。ルールブック上では禁止されていないが、類を見ない行為であり、これもまた大きな物議を醸した。

 スローインの際、ロングスローを多用する行為も賛否が相次いだ。しかも町田はその際、スリップを防ぐためにタオルでボールを拭くことも。この是非についても、議論は沸騰した。9月28日の広島戦では、広島の選手がこのタオルに水をかけ、町田が広島に見解を求める書面を出す騒ぎとなった。

 この他にも、守備重視でボールを奪い、縦へのロングボールを出してカウンターから得点を狙うというスタイルや、勝利のためには時間稼ぎも厭わない姿勢については、賛否両論が相次いでいる。

「好きじゃない」

 これらの行為について、Jリーグの関係者はどう思っているのか。あるOBは言う。

「まあ、大人げないと言いますか…。監督が大学生にキレるなんて聞いたことがありません。筑波との試合も見ましたが、向こう側は普通のプレーをやっていたと思います。それに、そもそも町田はJ2時代から、反則に取られないものも含め、ラフプレーは多かった印象が強い。自分の時だけそれを言うのもいかがなものかと思いました」

 10月20日現在の数字で、J1の20チーム中、町田の警告数は4番目、ファール総数は2番目に多い。

 また、スローインの際、タオルでボールを拭く行為についても、

「反則ではないですが、対抗して広島がタオルに水をかけるなど、既に場外乱闘に発展しています。町田は水をかけられないよう、タオルを袋に入れてピッチ外に置いているといいますから、その執念は皮肉な意味ですごい。町田は怒っていますが、でも広島の行為だってルールブック上では反則じゃないですからね。お互いに泥仕合ですよ。争いが競技そのものとはかけ離れたところに行っているのが極めて残念です」(Jリーグ関係者)

 とりわけ疑問視する声が多いのは、PKの際の「水かけ」行為だ。Jリーグの監督経験者は言う。

「あの行為こそ町田の“戦術“を象徴していますよね。ルール上は問題ない。ならば何でもやってしまおうという、町田の哲学を著しています。ルール上問題なくても、他の誰もそんな指示はしないし、考えもしませんよ。正しいか正しくないかはともかく、あのサッカーは好きじゃない」

ジーコ「唾吐き」の記憶

 既に報じられているが、Jリーグ初代チェアマンの川淵三郎氏は16日、自身のSNSで、誹謗中傷は許されないとした上で、こうも発信した。

「PKの時ボールに水をかけるなんて明らかに非紳士的行為で見ていて不愉快に感じた」

 8月17日の第27節、対磐田戦で、高崎航也主審は、町田のFW藤尾翔太がPKの際に水をかけたボールの交換をジャッジした。これに対しても川淵氏はこう述べた。

「審判がボールを変えるだけでは無く直ちにイエローカードを出すべきだった」

 1994年、Jリーグ元年のチャンピオンシップ(V川崎(現東京V)―鹿島)で、鹿島のジーコ氏(元日本代表監督)が川崎のPKの際、判定に不服の意を示すため、ボールに近寄り、唾を吐いた。この時の主審(高田静夫氏)はジーコ氏に「非紳士的行為」としてイエローカードを出した。ジーコ氏は累積警告になり退場処分となった。

「川淵さんはこの行為を見て、オレがJリーグのチェマンである限りジーコは絶対許さないと激怒していました。子どもたちが真似をしたらどうするんだとも‥」(夕刊紙記者)。

「子どもに見せられない」

 実際、Jリーグの関係者に聞くと、「町田のサッカーを子どもに見せられない」という声も少なくない。また筆者も、少年サッカーのコーチから「子どもが真似し始めたらどう指導して良いのかわからない」と悩みを吐露されたことがある。

 先のボールの交換をジャッジされた試合の後、黒田監督は「審判団は(水かけについて)見解を示してほしい」とコメント。それを受けて審判団は、「競技規則に“ボールに水をかけてはいけない”という記載はない」とした上で、「“かけてもいい”とも書いていない」(JFA佐藤隆治審判マネジャー)と苦渋の見解を示した。

 その後、記者から「あなたがクラブのコーチだったら、子どもにそういう指導をしますか」と問われて、「しません」と即答している。

オーナーの鶴の一声

 黒田監督は、青森山田高校で28年間指導し、全国高校サッカー選手権大会で優勝3回を遂げる強豪に育て上げた。教え子には、鹿島アントラーズの柴崎岳(元日本代表)や、U23代表でスュペル・リグ・ギョズテペSK所属の松木玖生などがいる。その黒田監督に目をつけたのが藤田オーナーだった。

「町田は22年、J1昇格を目指し、新監督を招聘しました。強化部の意中の人物は元日本代表の反町康治さんや戸田和幸さんなどでしたが、藤田オーナーの“鶴の一声”で黒田監督に決まった」(前出記者)。

 黒田監督の指導は確かに熱い。プロの選手たちに「君たちは高校生より下手くそだ」とムチを入れ、他のJクラブでは珍しく、攻守にそれぞれ担当コーチを置く。青森山田時代をよく知るJクラブの監督経験者は「黒田さんのやり方には一点のブレもないですよ。高校時代から勝つためならなんでもやれ! ですから」と言う。試合中、コーチたちが一気呵成に審判団や相手選手に“口撃”する場面は、今季のJ1ではお馴染みの光景になった。「黒田軍団」の誕生である。そして彼のバックにはオーナーがいる。逆らえば「クラブでの“居場所”は無くなります」(前出記者)

擁護する声も

 一方で、町田を擁護する声ももちろんある。ボールへの「水かけ」はともかく、南米や欧州では、ホームゲームになると、事前に自チームが攻撃するエンドに水を撒いたり、芝に“細工”をしたりすることはまま見られる。「マリーシア(ずるがしこい行為)」をしてまで勝利をもぎ取ろうとする執念は、日本と比べて桁外れに強い。南米や欧米ですら稀である「水かけ」までして、批判をものともせずに勝負に徹する町田と黒田監督の姿勢は、勝利への執念の薄さ、すなわち、日本が未だサッカー強国となれない理由のひとつを、いささか乱暴なやり方ではあるが、わかりやすい形で指し示しているとも言える。

 町田は完全にJリーグの悪役と化した。それは今季の観客動員を見てもわかる。今季はホーム(町田GIONスタジアム)よりもアウェーでの1試合平均年間観客動員が多く、既に2万人を突破した。町田のスタジアムが交通の便が悪く、収容規模が少なめという理由がある一方で、町田と対戦する時は、相手サポーターの「ヒール・チームに負けられない」との意識が高まり、応援の熱量が増すという側面もあるのだろう。

 町田のサッカーをどう評価するか。それはその人のサッカー観の写し鏡である。誹謗中傷が許されないことはもちろんだが、それを前提とした上で、この問題の是非をファンがタブーなく議論することは、日本サッカー界の発展のために必要なことではないだろうか。

小田義天(おだ・ぎてん) スポーツライター

デイリー新潮編集部